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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔導戦入門編
20/72

風を打ち破りし者

 風間実の周囲に風が集まっていくのが分かったムイは、ニヤリと口角を上げた。何もこの二十分間、彼の技からただ逃げ回っていたわけではない。


 ムイは森の中を駆け抜けながら、ミノルの技を観察していた。射程距離は? 威力は? 攻撃範囲は? 次弾発射までの時間は? それらの情報が出そろった時、彼女に一つの閃きが浮かんだ。


 風間実の放つ“風神の一太刀(アイリオス・エッジ)”には致命的な弱点がある。

 あるいはそれは他の相手なら弱点にならないかもしれない。それほど些細なことだ。人によっては長所と捉えるかもしれない。


 ムイは魔力をその両手に握られた白い魔剣ブレイドへ注入した。魔力は“魔石”を通して増幅され、“力場”を生み出す。

 準備体操でもするかのように、トン、トン、とその場で軽く跳ぶと、ふっと息を吐き目を見開いた。


 発生した“力場”を足元に集中――身体を弾丸のように急加速。地面の土を巻き上げ、その少女は射出された。加速、加速、加速。ただひたすらに。ブレーキの壊れたレーシングカーのように。


 二人の距離――およそ5メートル。


 計算上、ムイがその距離を移動する間、ミノルは四発の風の刃を放つことができる。


 ミノルが剣を振るう――風の凝縮――最高の切れ味の再現。


 最初の一撃は陽動――冷静な判断――ムイは僅かに身体を屈めてこの見えない斬撃を回避。髪の毛がほんの一摘まみ宙に舞う。


 第二撃――本格的な迎撃――敵の動きを注視。そして回避。右へ6センチメートル。斬撃が頬を掠める。


 第三撃――ほんの少しの焦り――十分な隙。ピョンと12センチのジャンプ。靴底の一センチ下を豪風がすり抜けていく。


 第四撃――もはや悪あがき――幸運を願った一撃。しかし間合いが近すぎる。左へ一歩ステップ。それだけで回避するには十分だった。


 ステップからの着地と同時に次の“力場”を発生させる。そしてミノル本体への跳躍――受けようとするその緑色の魔剣ブレイドを勢いのまま弾き飛ばした。


 魔剣ブレイドが宙を舞い、彼の後方3メートルの位置に突き刺さる。


 ムイはミノルの首筋にピッタリ片方の魔剣ブレイドを当てて静止した。


「まさか、“風神の一太刀(アイリオス・エッジ)”が完全に見切られるとは……」

「あなたの頑張りすぎです」

「頑張りすぎ?」


 ミノルは復唱して尋ねた。

 ムイは魔剣ブレイドをすっと下ろしながら答える。


「確かに自由飛行と目に見えない風の刃は強力な組み合わせです。でもその分、消費魔力が大きくなりすぎてしまった」

「僕は全く疲れてはいないが?」

「それが頑張りすぎなんすよ」


 どういうことだ? とミノルが視線で聞き返す。


「それだけの魔法の精度を身に着けるには相当努力したんでしょう。常に均一に魔力を放出していれば疲れにくい。マラソン選手が一定のペースで走ろうとするようなものっすね」


 だから、とムイは言葉を繋げる。


「あなたの魔法は綺麗すぎるんすよ」


 ムイの指が、これまで追いかけっこをしてきた森の方に伸びる。ミノルは指示されるまま指の方に視線を向けた。


「見てください。木についた傷が、大体同じ間隔でしょう? あれであなたの刃の幅と厚さが分かりました。それと、攻撃パターンも。だから避けるのはそう難しいことじゃなかったっす」

「たった、それだけを見ただけで……?」


 ミノルは驚愕のあまり言葉を失っていたが、やがてすぐに笑いが込み上げてきた。そうか、自分は負けたのだ。この強敵相手に全力を尽くした上で――そう考えたら。笑わずにはいられなかった。後悔なんて微塵もない、潔い負けだ。


「やられたよ。僕の負けだ」

「そうっすか。勝てて良かったっす」

「君でもやはり勝ちたいと思うのかい?」

「いやー、わたしがっていうより、友達がっすね。わたしが勝つって信じてたみたいで」


 チラリ、と観客席の方へ視線を向ける。その場所からは観客ギャラリー一人一人の顔を識別することはできないが、しかしユカのことだからきっと昨晩の試合のように神様に祈りを奉げているのだろう、と簡単に想像できた。


「最後に一つだけ聞いても良いかな」

「何すか?」

「君は最初、僕の申し入れを断った。でも今日、君は来てくれた。それはなぜだい?」

「あー」


 何だか気恥ずかしそうに、ムイは頬を掻く。そして僅かに俯きながら答えた。


「大好きな人に頼まれたから、っすかね」

「それは君の友達?」

「……まあ」

「そうか」


 ミノルは夜空を仰いだ。市街地から幾分か離れているせいか、星や満月が綺麗に見える。

 果たして自分にそこまでの友人がいただろうか、と彼は回想していた。例えば羽柴優斗とは交流はあったが、しかしそれでさえ、魔導戦がなければ繋がらなかった関係だ。ただひたすらに魔導戦に打ち込み、それに全てを懸けてきた。果たして自分の青春はそれで正しかったのだろうか。


「別に良くないっすか、それが青春でも」

「え……?」

「そんなん言ったらわたしだって友達なんて一人しかいませんし。というか、魔導戦みたいに打ち込めるものがあるだけマシっすよ」

「それは、そうかもしれないが……」

「何すか、自分の青春に後悔でもあるんすか? 意外と小さい男なんすねー」

「……」

「青春なんて、どうせ後から思えば一瞬のことっすよ。その後の人生の方が圧倒的に長いんすから」


 だから――


「これからまた探していけば良いんじゃないっすかね。魔導戦じゃなくても、青春以上に懸けられる何かがきっと見つかるっすよ」

「君は……」


 ミノルは何かを言おうとしたが、しかし言葉は不要だと悟ったのだろう。言いかけた言葉を飲み込み、代わりに優しく微笑んだ。


「なるほど。君がどうしてそんなに強いのか、少しだけ分かったきがするよ」

「わたしは別に強くなんてないっすよ。ごく普通の女子中学生っす」

「フフ……そうだね」


 話は終わりと言わんばかりに、彼は両手を広げた。もう後悔なんて何一つなかった。魔法なんて使わなくとも、自由に空を飛べるようにした。


 そして――一閃。


 ムイの魔剣ブレイドがミノルの魔導着スーツを掠め、彼の身体は光の粒子へと変わっていった。

風間実かざま みのる

風間塾所属。

得意魔法“自由飛行エアロ・ウォーク”“風神の一太刀(アイリオス・エッジ)”。

パワー……B スピード……A スタミナ……A 火力……B 射程距離……B

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