風に愛されし者
“風に愛されし者”。
人々は彼のことをそう呼んだ。
風間実――“風神の一太刀”。
風を操る魔法で自由自在に空を飛び、空中からの正確無比な攻撃を相手に浴びせかける。
高校三年間を通じて公式戦の戦績は42勝6敗。最高で全国ベスト16という結果だった。
全国大会に出場するだけでも注目選手扱いはされるのだが、彼の場合は中でも異彩を放ち、優勝候補という呼び声もあったほどだ。
そんな彼が準々決勝で敗れることになった。
試合を見ていた人間の大半はこう言うだろう。
――相手が悪かった。
彼を打ち負かした相手こそ、突如彗星の如く現れ、初出場で全国三位入賞という偉業を成し遂げた天ヶ崎学園からの刺客だった。
圧倒的なまでの実力差にねじ伏せられたミノルは悟った。自分には魔導戦の才能がないのだと。そしてその自覚は大学に進学しても魔導戦を続け、いずれはプロに――という彼の野望を完膚なきまでに打ち砕き、進路を迷わせることになった。
そんな折、ミノルは父親によって高校卒業後は会社の経営を学ぶように、というお達しが出た。それはもはや選手としてのミノルの死亡宣告に等しい。風間家では――風間カンパニーでは経営者である父親の言うことは絶対なのだ。
彼にはもはやそれに抗う力は残されていなかった。
圧倒的なまでの才能の差。父親の宣告。それらはもはや一人の高校生が抵抗するには大きすぎる壁だ。
彼はすぐに魔導戦の道を諦めた。そして高校卒業までの短い時間で自分に残されたできることと言えば、クラブの後輩の育成、および他のクラブとの交流の維持だと理解した。
そのすぐ直後である。“レッド・フェニックス”の羽柴優斗から連絡があったのは。
ミノルとユウトはよく全国区の大会で顔を合わせる仲だった。好敵手であり、友人関係だ。そんなユウトから天ヶ崎学園に練習試合を申し込もうと提案があったのだ。
ミノルは一も二もなく賛成した。
そしてその前哨戦とも言うべき“レッド・フェニックス”と“シルバー・スターズ”の試合の日――その少女を発見した。
少女は夜空を背景に華麗に飛び、ミノル自身も認める好敵手の弟を下した。まるで戦いながら円舞曲を踊っているようだと、彼はその美しさに息を呑んだ。
そして直感した。
――この少女こそ、自分の選手としての人生に幕を引くのに相応しい。
少女――霧野夢衣ならば、自分自身の本気を引き出せる、と。
そして――
「いつまで逃げているつもりだい!」
ミノルは対戦相手――ムイを追いかけていた。
深い緑の木々が生い茂る森の中、少女は超低空で高速移動している。地面を蹴って――あるいはその魔力でできた“力場”を蹴って。速く移動することに特化した一切無駄のない動きだ。あれだけの動きを身に着けるまでに、彼女は一体どれだけの努力をしてきたのだろう、とミノルは想像力をはたらかせる。
少女が答える。
「そりゃ、相手が追ってきたら逃げますって」
さらに跳躍――あり得ない速さで接近してくるであろう障害物を、これまたあり得ない動きで回避しながら、少女は進む。
「それじゃあ、僕も追わせてもらうよ!」
ミノルは魔剣に意識を集中――自らの後方に激しい風を巻き起こし、飛翔した。
心地よい風が頬を撫でるのが分かった。これまで幾度となく得てきた快感であり、戦場にいることの――戦士でいられることの昂揚だ。そしてこれからも感じていけるだろうと思い込んでいた安らぎでもある。しかし、それは叶わない。たとえこの戦いに勝っても負けても、彼は自身の魔導戦人生を終わりにすることを決めていた。
再度魔剣に魔力を注入――しかし、その感覚は先程の飛翔の感覚とは異なる。自由飛行発動時の感覚が柔ならば、今度のは剛の感覚だ。空気を流れる風という風を固め、圧縮し、鋭く研磨する。
――“風神の一太刀”!
彼は心の中で叫びながら、魔剣を振るった。
ビュウッ、と音を立てて射出された風の刃は草木を切断、切断、切断――一直線に前方を走るムイに向かっていく。空間さえ切り裂きかねない勢いで。
不意にムイが軌道を変えた。左右にランダムで動き、ミノルの狙いを攪乱する。
ムイが動きを変える度に、それに合わせてミノルは新たな刃を放った。何度でも。彼の魔法は羽柴勇人の火球や“炎の不死鳥”と異なり、ほぼノンリロードで連射できる。
“自由飛行”で制空し、上空からの正確かつ連射性の優れた“風神の一太刀”による攻撃。
それが風間実という選手が強豪にまで到達した理由――数多の努力により生み出された“戦術”。
高速かつ複雑な追跡劇がどれだけ続いただろう。
ミノルは飛翔しながら自身の端末に目を落とす。
制限時間――10分52秒――試合の三分の一の経過。
魔導着耐久値――100%――一撃必殺の接近戦の前には何の意味もない。
敵との距離――およそ5メートル――10分前から変化なし。
拮抗しているようで、それは違う。
確かに彼の攻撃はムイには直撃こそしていない。だが、幾度となく掠っているのだ。おそらく彼女の魔導着耐久値は半分を切っているだろう。
ここで逃げに徹すれば――この状態のまま制限時間が過ぎてしまえば、ミノルの勝ちになる。自由飛行が可能な彼にしてみれば逃げ切ることは朝飯前だし、事実公式戦でもその手法で何度も勝ちを重ねてきている。
だが、今の彼に逃げるなどという選択肢はなかった。
ミノルにとってこれは最後の試合だ。それを逃げ勝ちなどという結果で終わらせてしまえば、悔やんでも悔やみきれないだろう。
ミノルは飛翔速度を上げた。
が、次の瞬間急停止することになる。
「遂に、観念したのかな?」
前方を走っていたムイが停止したのだ。
そこは大樹の根元で、森とは違って障害物の少ないエリアだ。枝を伝って大樹を上っていけば彼女の得意な立体戦闘に持ち込めるだろうが、しかしそれは自由飛行のできるミノルが相手ではできない芸当だ。
「観念というか、勝つ手段を思い付いたら、そりゃあ止まりますよ」
「勝つ手段?」
眉をひそませる。
この圧倒的に有利な局面をひっくり返す方法があるのだろうか。
「ありますよー。必勝法ってやつっす」
「へえ……」
ミノルが魔剣を構える。
「それじゃあ、見せてもらおうか。その必勝法ってやつを!」
そして再び彼の周辺に風が渦巻いた。
200pt突破記念SSです!
感想、ポイント、ブクマ、アクセス、全部嬉しいです。ありがとうございます!
とある休日、ショッピングセンターにて
ムイ「まだ何か買うんすかー、ハルミさーん」
ユカ「当ったり前でしょ! まだ一時間も経ってないじゃない」
ムイ「もう十分っすよ。目当てのものは買ったんでしょう?」
ユカ「あんたね……大体、今選んでるのはあんたの服なのよ」
ムイ「わたしのって、なんでハルミさんが……」
ユカ「だってあんた私服ジャージしか持ってないじゃない。年頃の女の子としてそれってどうなの?」
ムイ「良いじゃないっすかジャージ。機能性重視で」
ユカ「TPOってものがあるでしょ。せめて買い物に行くときくらいはまともな服着なさいよ……あ、このスカートなんて良いんじゃない?」
ムイ「ヒラヒラしてますね」
ユカ「そりゃあスカートだもの、ヒラヒラしてるわよ」
ムイ「買い物はまたの機会にってことで」
ユカ「はい、じゃあこれ試着してみましょう。脱がせてあげよっか?」
ムイ「いいです! いいです! 自分でできます!」
ユカ「あらそう? じゃあできたら呼んでね」
ムイ「……できましたけど」
ユカ「お! 結構良いじゃない」
ムイ「絶対変に決まってますよ。だって何かスース―するし」
ユカ「女装した男子みたいなこと言わないでよ……制服のスカートはちゃんと履いてるじゃない」
ムイ「まあ、そうっすけど」
ユカ「じゃあ、それで決まりね」
ムイ「え!? これっすか? わたしとしてはもうちょっと布面積の大きなのが良いんすけど……」
ユカ「そんなことないよー。それが一番良いって!」
ムイ「ホントっすかあ?」
ユカ「ホントホント。超似合ってるよ。もうアイドル顔負け」
ムイ「そうっすかね……ヘヘヘ……じゃあ、これにしよっかな」
ユカ「あんたちょろすぎて心配になるわ……」