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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔導戦入門編
17/72

交渉/成立

 思わぬ来客と別れてから、ムイは畳の上にゴロンと寝転がりただひたすらに考えを巡らせていた。


 自分は特別な人間なんかじゃない。どこにでもいるごく普通な中学生だ。


 少なくとも数日前までの彼女なら自らのことを迷わずにそう判断しただろう。しかし、今は違う。


 羽柴勇人と戦ってしまった。

 魔導戦という世界に足を踏み入れてしまった。

 色々な人間に特別だと言われた。興味深いとも。

 自分が注目されているということを、嫌でも実感せざるを得ない。その上、今回の試合の申し込みを受け入れて、あの風間実と対戦しても良いものだろうか。


 これ以上注目を集めて面倒なことにならないだろうか。自分の望む平凡な生活から離れてしまうのではないだろうか。だけど戦わなければユカや周りの人間に嫌われてしまうのではないだろうか。いや、嫌われたからといってどうだというのだ。自分は他人に避けられることを恐れているのだろうか。


 そんなことがただひたすら頭の中をグルグルと回り、現れては消え、現れては消えを繰り返していた。


「おい、ムイ」


 呼びかけられてムイははっと我に帰った。見るとそこには彼女の父親が煙草を咥えて立っていた。片手には携帯灰皿があり、彼の煙草への執念が改めて感じ取れる。


「一流の料理人は煙草を吸わないらしいよ」

「馬鹿、お前、俺が煙草を吸ってんのはハンデだよ。もし俺が禁煙してみろ、世界中の三ツ星シェフの仕事がなくなっちまうぞ」


 ムイは身体を起こしながら尋ねる。


「で、どうかしたの?」

「どうかしたじゃねえよ。呼んでも降りてこねえから来てやったんだろうが」


 ムイはぐうっと背伸びした。身体がすっかり固まっていて、自分はそんなに深く考え事をしていたのかと実感する。それから机の上に置いてある時計を見た。時刻は午後の七時。いつの間にか出前をする時間が来ていた。窓の外もすっかり暗くなっている。


「身体でも悪いのか」

「いや、何でもない。ちょっと考え事」

「そうか」


 言いながら父親はふぅ、と煙草の煙を吐いた。


「ねえ、仕事のことでちょっと話があるんだけど」

「バイト代なら上げねえぞ」

「悪徳店長め……じゃなくて、あの“剣”のこと」

「ああん? 魔剣ブレイドがどうかしたのか」

「わたしに嘘ついてたでしょ。あれ、本当は魔導戦で使うものじゃん」

「言ってなかったか?」

「言ってない! お陰でこっちは魔導戦なんてものに巻き込まれるしさ」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないけど、めんどくさい。てか、親父って魔導戦やってたの?」


 父親は煙草を携帯灰皿に押し付けた。そしてじっとムイの顔を数秒ほど見ていたが、直ぐに彼女に背を向けた。


「昔ちょっとだけな。良いからさっさと出前行け」

「へーい」


 部屋を出ていく父親を見送って、ムイは立ち上がった。そして魔剣ブレイドを収納するとホルダーベルトを巻くと、階下へと降りていく。


 階下では既に父親が魔剣ブレイドを用意していた。店内には相変わらずほとんど客が入っていない。ムイはそれを受け取りながら尋ねる。


「今日の運び先は? またいつもの雀荘?」

「いいや」


 父親は首を横に振って、一枚のメモ用紙を取り出した。


「この住所だ」

「ってことは新規のお客さん!? 珍しいこともあるもんだね……」

「お前、さり気に失礼な奴だな……良いからさっさと行って来い」

「……」


 料理を岡持ちに入れていざ出発しようとしたムイが、ふと立ち止まる。そしてクルリと父親の方を振り返ると、


「何か、おかしくない?」

「……何が」

「いつもってそんなに急かしてくるっけ? 何かあるの?」

「いやぁ?」

「嘘だあ! だって目ぇ逸らしてるもん! 何かあるんでしょ!」


 父親はチッと舌打ちを挟むと、新たな煙草を咥えながら続ける。


「これだから勘の良いガキは……あー、黙って出前行ったら小遣いやるぞ」

「小遣いィ?」

「一万」

「一万!?」


 そんな大金、ムイはこれまでもらったことがなかった。いつもは一カ月で大体三千円前後だ。昔は文句を言うこともあったが今ではすっかり慣れてしまい、というか文句を言うだけ無駄だということに、彼女は気が付いている。

 そんな中で提示された一万円という額に、ムイは動揺を隠せないでいた。


「ぐ……金で釣ろうと思ってもそう上手くは、」

「9時までに戻れたらもう一万やろう」

「行ってきます!」


 いつにもない勢いで、ムイは駆け出した。




「って、騙されたあああ!」


 ムイは頭を抱え、後悔の悲鳴を上げた。


 彼女の父親に渡されたメモ用紙に書かれた住所は、雀荘・国士無双ではなく、勿論他の雀荘でもなく、加えて一般の住居でもなかった。


 ムイが現在いるのは、巨大な卵型の建造物。そこはつい昨日は彼女自身の意思で訪れた場所であったが、逆に今は絶対に来たくなかった場所だ。


 闘技場――入り口には見知った顔が二つ。


「ああ、ムイちゃん、こっちこっち」


 と、丸岡が手を振る。その隣ではユカがいて、笑顔でムイを迎えていた。


「出前頼んだのって丸岡さん?」

「そうそう、どうもありがとう」

「一体何なんすか、寄ってたかって! わたしは普通の中学生なんすよ!」


 ムイが乱暴に岡持ちを丸岡に押し付けながら声を荒げる。


「あの風間って人も! 羽柴兄弟も! わたしは普通に生きたいだけなのに!」

「キリノ」

「何すか! ハルミさん!」


 返すと、ハルミが勢いよく頭を下げた。


「私からもお願い。戦って」

「な、何なんすか、改まって」

「本当は昼間に言おうと思ってたんだけどね」


 顔を上げる。


「私、キリノに戦って欲しいって思ってる。あんたがどれだけ嫌がっているのかも知っているつもり。これが私のわがままだってことも分かってる。でも、昨日のあんたを見てたらすごすぎてさ、ずっと見ていたいと思った」

「……お世辞を言ったって無駄っすよ」


 ユカが首を横に振る。


「お世辞なんかじゃないよ。私には魔導戦の才能がないから……昼間、風間さんに言われたこと、覚えてる?」

「わたしを最後の対戦相手に選びたいとか、そういう話ですか」

「そう。私、その気持ちちょっとだけ分かるんだ」


 ユカがいつになく真剣な表情で続けた。


「私も魔導戦が好きだから……もし最後の試合があるなら、キリノみたいに特別な相手と戦いたい」

「そんなこと言われても……第一、わたしは初心者なんすよ? 期待に応えることなんてできないですよ」

「そんなことない!」


 より一層、ユカの語気が強くなった。


「キリノは強い。速く動けるし、何より綺麗だもの。たとえ勝てなかったとしても、戦うだけで価値があるわ」

「うう……そんなこと言われても……」

「お願い、キリノ! 戦って! 誰のためでもない、私のために!」


 ユカは再度勢いよく頭を下げる。彼女にここまで真っ直ぐにものを頼まれたことのないムイはタジタジだった。「いや」とか「あの」とかの言葉になり切れていない言葉を漏らしている。


 そして数秒考えて、ムイはとても深い息を吐いた。身体の中の空気を全部放出したような、それでいて圧倒的なまでの脱力を含んだ溜め息だ。


「分かりましたよ。そこまで言うなら、やれば良いんでしょ!」

「さっすがキリノ! 話が分かる! じゃ、早速準備しよっか!」

「は? 準備?」

「いやー、実はもう風間さんの方は準備できててね。はいコレ」


 そう言ってユカは見覚えのある白い球体を取り出した。ムイからすれば少しばかり嫌な記憶のある物体だ。


「えっと、ハルミさん、それ自分でできますから、」

「はーい、失礼しまーす!」


 そう言ってユカは、普段では考えられないほど俊敏な動きでムイの背後に回り込んだ。あっという間に捕まってしまったムイは昨夜と同じようにジタバタを悪あがきをしてみせるが、それは無駄なことだった。


「ちょっ……だから、自分でできるって……! てかハルミさん、どこ触ってんすか!?」

「はいはい、動かないのー」


 ギュッと、ムイのその小さな胸部に球体が押し付けられた。ひんやりとした物体が触れることでムイは僅かに身震いする。


 圧力がかかった球体は簡単に弾け、ムイの身体を服の下で包み込んでいく。二、三秒もすればその半液体が彼女の身体を覆うには十分で、それは身体にフィットした魔導着スーツへと姿を変える。


「準備完了!」

「だから強引すぎるって……」

「じゃ、いってらっしゃーい」

「え、ちょ、」


 ムイの心の準備なんてお構いなしにユカは端末の赤いボタンを押した。するとムイの身体は端から順に――しかし物凄い速さで光の粒子に変わっていく。


「私、あんたが勝つって信じてるからね!」


 その言葉が、ムイがフィールドの外で聞く最後の言葉だった。再び言葉を交える時は雌雄を決した後だ。

 ムイが完全に転移されたのを見届けたユカは、丸岡に尋ねる。


「これで教えてもらえるんですよね、あいつの父親の話。何でキリノにあんな訓練してるのか、どうしてシルバー・スターズのメンバーに入れられているのか」


 丸岡はどこか寂しげに遠くを見つめながら答える。


「ああ……ムイちゃんにも必要なことだと思うしな。試合が終わったら、全て話そう」


 その夜は眩暈がするほど月の綺麗な日だった。


「まあ、本人は自分がクラブメンバーになってる理由のことなんて、すっかり忘れてましたけどね……」

「うん……やっぱりどっか抜けてるよな、あの娘」

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