交渉/決裂
如何にも飄々とした感じの風間実でもそのムイの返答は予想外だったようで、流石に目を丸くしていた。
「ちょっとムイ、この話の流れで断る? 普通さ」
「いやー、でも戦う理由ないっすからねー。前回のは丸岡さんのクビがかかってましたけど、今回はそんなことなさそうですし。それに、魔導戦の試合は疲れますし」
「あんた昨日は余裕そうだったじゃない!」
そう言ってユカはムイの両肩を責め立てるように揺らした。しかしムイはまるで与り知らぬことのように視線を逸らし、頬を掻いている。
――これ以上面倒に巻き込まれては堪ったものじゃない。
と、彼女は息をついた。
「霧野さん、どうしてもダメかな?」
ミノルが尋ねた。
「僕としては、君こそ最後の対戦相手に相応しいと思っているんだがね」
「最後?」
「そうさ。僕は今年で高校三年生。卒業したら実家の跡を継がなくてはならない。全国大会では個人ベスト16だったけど、とてもではやり切れる結果じゃないよ」
「はあ、ベスト16でも立派だと思いますけど」
ムイは以前ユカにしてもらった話を思い出して言った。確か全国で魔導戦をやっている高校生は十万人以上なのだとか。その中で上位16名に入る実力ならば大したものだろう。
「ありがとう。だが、僕はそれでは納得しないんだ。才能がないなりにこれまで魔導戦に打ち込んできたんだ。最後はそれに相応しい相手と、全力でぶつかりたい」
「それがわたしっすか」
「本当は天ヶ崎学園の全国三位に頼むつもりだったんだけどね、どうにもその人は気まぐれな性格らしくて勝負してもらえないらしい。けれど君の実力なら申し分ない……迷惑かな?」
「正直かなり」
「そうか」
ミノルが俯く。
そして少し考えた後、こう切り出した。
「では、商店街を人質に取ろう」
「は?」
と、声を上げたのはユカだ。反応が良いのはムイよりユカの方だと判断したミノルは、彼女の方に視線を移して続ける。
「知っての通り、あのアーケード商店街は売上が減っている状態だ。ショッピングモールのせいでね。モールが優先して品物を卸しているから辛うじて息を永らえているというのはもう分かるだろう? その量を減らせばどうなるかも」
「そんなやり方汚いわ!」
ミノルが肩を竦ませてみせる。
「僕だってそんな手段を取りたくはないさ。けれど霧野さん以上に僕の相手に相応しい人間はいないと思っているんだ。何としても、君と戦ってみたい」
真っ直ぐにムイに向けられた視線は、真剣そのものだった。それは傍から見ていたユカにも分かったから、思わず反対意見を飲み込んでしまう。
ユカは「どうするの?」と尋ねる代わりに隣のムイの顔を覗き込んだ。
「え? わたしは戦いませんよ?」
「なんであんたはそんなに薄情なのよー!」
「ハルミさんさっきから揺らしすぎ……」
するりとユカの手から抜け出すと、ムイは言葉を付け加えていく。
「まあ、商店街の皆さんには気の毒っすけど、それも仕方がないんじゃないっすかね? 時代の波ってやつです。それとわたしが戦わないのは別の話っすよ」
それに、とミノルの方を見直した。
「口ではそう言っていても、あなたはそんなことをしないでしょう? あなたほど魔導戦に真摯な人間が」
ふ、とミノルは僅かに瞼を閉じて微笑んだ。
「僕はあくまでそういうことができるんだ、と言いたかっただけさ。君の言う通り、本当にそうするつもりはないよ」
そして目を開くと、
「なるほど、君の考えは分かったよ。僕も無理強いはするつもりはない」
「じゃ、そういうことで」
ムイは立ち上がる。それにユカも続く。
「部下に送らせよう」
「必要ないっすよ」
「疲れることは嫌いなのに?」
「そりゃあ、疲れることは嫌っすけど、隣に一緒に疲れてくれる人がいるなら話は別です。友達とお喋りしながら帰るのって、案外楽しいんすよ?」
そう言ってムイは歩き出す。
「今晩八時、昨日と同じ闘技場で待っているよ!」
ムイの背中に、ミノルのせめてもの悪あがきがぶつけられた。
対してムイはそれに振り返ることもなく、挨拶替わりに右手をひらひらと振って部屋を出た。
「友達と一緒に、か」
まるで自分の青春にはなかったものを羨むように、一人残されたミノルは呟くのだった。
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とある日、家庭科の授業中
ムイ「ハルミさん、これは何すか……?」
ユカ「何って、炒飯だけど?」
ムイ「炒飯……わたしゃてっきり可哀想なライスかと」
ユカ「何か言った?」
ムイ「これに関しちゃ断固反論させてもらうっすよ。ええ、これは炒飯なんかじゃなくて、ただの可哀想なライスです」
ユカ「もー、あんた、まーたそんなん言うて。文句があるなら食べへんでええわ。そんかわり、後でお腹空いた言うてもおかん知らんで!」
ユカ「おかんって、あなたわたしの母親じゃないでしょう。てか何で大阪弁?」
ムイ「まあまあ、それはそうとして、文句があるなら自分で作りなさいよ。あんた、さっきから見てるだけじゃない」
ムイ「えー、しょうがないっすねぇ。炒飯ってのは……こうして、こうして……こう!」
ユカ「何かすごく手際良いわね……しかも、美味い! 何これ!? 私、こんなに美味しい炒飯初めて食べたわよ!」
ムイ「まあ、うちの父親も料理は下手っすから、自分で作るしかないんすよ」
ユカ「ううむ……何か悔しい。普段はあんなにズボラなのに。てか、あんたは何食べてんの?」
ムイ「何って、ハルミさんの作った炒飯ですけど」
ユカ「無理に食べなくても良いわよ。どうせ美味しくないし……」
ムイ「まあ、美味しくはないですね」
ユカ「はっきり言ってくれるわね……!」
ムイ「でもハルミさんが作ってくれたわけですし、それだけで価値があるんじゃないっすかね」
ユカ「もー、あんたはホンマに調子ええんやから、ほらもっと食べえ! これも食べえ!」
ムイ「むぐっ……だからなぜ大阪弁?」