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無気力少女ですが、実は最強です  作者: 冬野氷空
魔導戦入門編
14/72

対戦依頼

 屈強な男たちに拉致されたムイとユカは車に乗せられ、どこかへ運ばれていた。二十分ほど車に揺られていたかと思うと、停止し、再度謎の男たちに担がれて建物の中と思われる場所に運び込まれる。

 そこで二人はエレベーターに乗せられているのが、耳の中がキーンとする独特の感じから推測できた。


 エレベーターを降り、さらに運ばれると、どかり、と二人は椅子の上に座らされた。

 頭に被せられた布袋を外され、ムイとユカは眩しさに目を細める。


 そこはどこかのビルの、おそらく最上階と思われるところだった。その部屋で二人は来客用か、とても豪華な装飾を施された椅子に腰かけていた。正面の壁は一面ガラス張りで街を一望できる。は強い夏の日差しが差し込んではいるが、室内には冷房が効いていて暑さを感じることはない。


 そしてその窓の手前――そこには一人の少年が如何にも高そうなデスクについて何やら書類整理をしていた。


「やあ、手荒な真似をしてすまないねお嬢様方(フロイライン)?」


 少年はあくまで作業を続けながらそう尋ねた。


 年齢は十代後半といったところか、どこかの私立高校のものではないかと思われるオシャレな制服を身に着けていた。その佇まいから少しばかり大人びて見えているかもしれない。僅かにパーマがかったふんわりとした髪の毛、それからかなり整った顔立ちが特徴で、それは異性に大して興味を持つことのないムイから見てもそう判断するくらいだった。


「まだ仕事が残っていてね……待ってもらっている間、お茶でもどうかな?」

「結構ですっ!」


 と、ユカが答える。これ以上ないくらいに憤慨しているのだということは、付き合いの長いムイでなくとも理解できるほどだ。


「強引な手段をとってしまって悪かったと思っているが、何分、これから君たちにする話は公にはできなくてね。そればかりか、こうして会っているのも本当は良くないくらいなんだ」

「はあ? あんた何言ってるわけ?」


 ユカが眉をひそませる。


「ここはどこで、あんたは誰なのか、ちゃんと説明しなさいよね!」

「なかなか元気なお嬢さんのようだ。でも、今回用件があるのは君ではなく――」


 少年が書類をまとめ、顔を上げる。そして視線をムイの方へ向けた。


「君だよ、霧野夢衣さん」

「……」

「なぜ名前を知っているのか、という顔をしているね。簡単だよ、調べたのさ。君と君の周りの人間をね」

「はあ、まあ、そんなところだと思いましたが」


 そう答えるムイにユカは「どういうことよ」と疑問の視線を投げかけた。


「いやだって、連れ去られる時、あの黒服の男の人たちがわたしたちの名前を呼んだじゃないですか。名札でも掲げてたわけじゃあるまいし、少なくとも突発的な犯行じゃないってことっすよ」


 そう答えると今度はムイが少年の方に目を向ける。


「わたしからも知ってることを話しても良いっすかね?」

「知ってること? 僕についてかい?」


 コクリ、とムイは頷く。

 少年は口元を歪めると、「どうぞ」と言わんばかりのムイに向かって右手の掌を晒した。


「まあ、知ってることって言っても大したことじゃないっすけどね。例えばあなたがあのショッピングモールのオーナーの息子で名前を風間かざまと言うことや、魔導戦の強豪選手であること、それからわたしをここに呼んだのは魔導戦の試合を申し込むことってくらいです」


 それを聞いた少年は目を丸くし、一瞬だけ言葉を失っていた。それは少年だけではなく、彼女の言葉を隣で聞いていたユカも同様である。


「あ、あんた、何でそんなことまで分かるの……?」

「え? だって、まずここが風間カンパニーの支社ビルじゃないっすか」

「は?」


 ユカはますます頭を悩ませた。一体どうしてここが「風間カンパニー」の支社ビルだと分かるのだろう。


「まあ、そんなに難しくない推理っすよ。風間カンパニーの支社ビルはここらで一番高い建物っすから覚えていました。そして窓から見える景色と、車に乗っていた時間、それからどっちに何回曲がったかそれだけでどこに運ばれてきたのか、大体想像つきます。犯行現場が人の多いあのショッピングモールだったのも、むしろホームスタジアムだからでしょう。で――」


 視線をまた少年の方へ。少年は興味深そうに傾聴している。


 風間カンパニーは国内に多くのショッピングモールを建設している大手企業だ。その活動範囲は多岐に渡り、独自のブランドを持っているほどだった。

 数年前、ムイたちの住む町にショッピングモールができるとなった時、商店街の人間が反対の声を上げ、それなりの騒ぎになった。結果的に商店街からも一部商品を卸すという条件でショッピングモールが建設されることになったが、その企業の情報は当時小学生だったムイのところにも聞こえてきていたというわけだ。


「そんなビルで偉そうにふんぞり返り、まだ未成年にも見えるにも関わらず仕事を手伝わされているってことは、まあ、風間の人間で間違いはないでしょう。風間カンパニーは一族経営っすからね、大方、高校生の今のうちから勉強させてもらっている、と言ったところでしょうか」

「僕が魔導戦をやっているというのは?」

「このビルがどこかという問題より、もっと簡単なことっす。昨日、試合中に観客席にいるのを見ました」

「だが、そんなに長い間見ていたわけでもあるまい。一瞬だったはずだ。それに、試合中の君の記憶を信用しても良いのかな」

「記憶力だけは良いんすよねぇ、わたしって」


 ムイは身体を傾け、少年のデスクの内側を横から覗き込む。


「それに貧乏症なんで、イケメンの顔は忘れても、歳に似合わない高級な靴は忘れません」


 服装や髪形を変えることはあっても、靴を変えることは少ない。ムイにとっては少年の履いていた靴を覚えるには一度見るだけで十分だった。


「なるほど……」

「ハルミさんの話によると強豪校ばかりが集まって練習試合をすることになってたんすよね。昨日の羽柴勇人とかって人も……」


 と、言いかけたところで、ムイの表情が一気に変わった。まるで何かマズイことにでも気づいたように、どんどん真っ青になっていく。


「ああ! すっかり忘れてた! ハルミさん、昨日の試合ってどうなったんすか!? 丸岡さんはやっぱりクビっすか!?」


 昨晩の羽柴勇人との試合の後、ムイは事情を説明することなく闘技場を後にしたのだった。彼女の頭の中では既に次のこと――雀荘・国士無双に置いてきた岡持ちのことで一杯だったのだ。


「あんた、今頃それを言う……? 心配しなくとも、監督のクビは無事よ」

「あ、そうなんすね、良かったっす」

「羽柴優斗が気を遣ってくれたのよ。団体戦だったけど不規則な形式だったし、自分たちのエースが負けたんだったら試合も負けで良いって」

「はー、あの人が……」


 と、ハヤトに“兄貴”と呼ばれていた少年を思い出す。確かに弟に比べれば話の分かる人間に見えたが、そこまでとは、とムイは感嘆の息を漏らした。


「強者の余裕ってやつっすかね?」

「さあね……それに、エースっていうなら羽柴優斗からすれば自分のことでしょうに」


 というやり取りを繰り広げていると、目の前の少年が話を戻そうと咳払いをした。


「それで、最後の僕が君に対戦を申し込もうとしている、というのは?」

「全国に支社を持つ天下の風間カンパニーの御曹司にして魔導戦の強豪選手が、何の特徴もないわたしをわざわざ拉致してまで話したいことっていうのは、つまり何か頼み事をしたいってことっす。それも魔導戦に関するね。となれば、試合の申し込みしかないでしょう」

「君に一目惚れしたのかも」

「それはないっすねー」

「なぜ? 自分に自信がないのかい?」

「そりゃあ、わたしはとびっきりの美少女ですけど! でも、あなたは女の子より魔導戦が好きなんでしょう? だからわたしに興味を持った。ハルミさんいわく、わたしは“おかしいプレイヤー”らしいですから」


 思わず少年は息を呑む。

 それは少年にとって図星をついた言葉だった。


 生まれながらに風間カンパニーという大きな看板を背負わされた彼に言い寄ってくる人間は多々いる。彼はそんな人間たちにうんざりしていた。

 しかし、魔導戦だけは違う。自らが強くなればなるほど、相手も強くなる。真摯に向かってくる。それはまるで対等な友人を得られたようで、彼には堪らなく快感だったのだ。


 少年はデスク上で組んでいた手を解放し、椅子の背もたれに身体を預ける。


「参ったね。見事な推理だ」


 少年は立ち上がり、ムイたちの前に立った。そして右手を自身の胸の前に持ってきて、甲斐甲斐しく頭を下げる。


「改めまして、僕は風間かざまみのる

「どうも。霧野夢衣です」

「霧野さん、君に魔導戦の試合を申し込むよ」


 ミノルが右手を差し出す。

 対してムイは満面の笑みを浮かべて、こう答えた。


「お断りします」

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