白の世界/炎
その存在に、ムイは気が付いた。
吐いた息すら残らないような、真っ白な空間である。その世界では実体を持つものは何一つ存在してはいない。それはムイ自身も含めて。
彼女自身の夢の中なのだから彼女の存在すら顕現していないというのは不自然かもしれないが、事実彼女には自分というのを認識することはできなかった。
――まるで誰かの夢の中を覗いているようだ。
そう考えた時期もあったが、しかしそれは間違いなくムイの夢なのである。理屈でも推測でもない、しかし彼女は直観からそれを理解することができた。
だが、それはあくまでこれまでの話である。
そこには炎があった。
しかしつい昨夜の試合で見た羽柴勇人の攻撃のような、激しい赤ではない。優しく、穏やかな、まるで母親の視線のような、そんな淡いオレンジ色の炎だった。
「何だろ……?」
ムイは手を伸ばそうとして、その手さえそこに存在していないことに気が付いた。つまりその空白の空間には、淡い炎がただ一つ浮かんでいたのである。いや、その炎以外の全てを認識できないと言った方が正確か――とにかく、そこには炎しかなかった。
ムイは炎を眺めてみた。
大きさはそれほど大きくはない。片手に乗ってしまいそうなサイズだ。
炎はただそこにあって、黙って燃えていた。しかしムイはなぜだか分からなかったが、その炎には何か意味があるように思えてならなかった。
例えば生命が放つ力のように、あるいはかつて神が人間に与えた叡智の始まりのように。
何もないならその方が良い。事が無いと書いて無事なのだから、人生においては無事であることに越したことはないのだ。
それはムイが掲げてきた持論ではあったが、ここ最近はもう少しだけならば何かあっても良いのではないかと考えるようになっていた。思春期特有の思考か、あるいはただの退屈故か、それは本人にも分からない。
――その結果生まれたのが、この炎なのだろうか。
ムイは黙ってその炎を見つめた。
炎は時にゆらゆらと揺れ動き、時にキラキラと煌めきを放っている。
炎の大きさや強さは変わることがない。太陽に比べれば遥かに弱弱しい光ではあるが、しかしその恒星と同じように、そこに燦然と存在し続けている。
不思議に思ったのはそれだけではない。
ムイはその柔らかな炎を、どこかで見た気がしていた。それがどこで、いつのことだったかは皆目思い出すことができない。しかし確かに、この炎には見覚えがあった。
――一体どこで?
記憶を辿ろうと意識を集中しようとするが途中で途切れてしまう。まるでそれがこの空間でのルールであるかのように、彼女が記憶を辿ろうとするといつも何かがそれを邪魔する。白い靄のようなものが遮って、決して夢にまつわる過去を思い出すことはできない。
「何なんすかねえ、この夢」
少女の呟きが、宙に消えた。
羽柴勇人
レッド・フェニックス所属
得意魔法「炎の不死鳥」
パワー……B スピード……C スタミナ……C 火力……A 射程距離……A