赤の世界
炸裂――!
少女が夜空を舞う。
何かが焦げる臭いが、とにかく鼻を突いた。
少女の着る白い戦闘用スーツは、その辺り一面を覆う灼熱から彼女の小さな身体を保護してはいるが、それもいつまで耐えられるかは分からない。スーツの所々が黒ずんでいるのは“魔法”によるダメージのせいか、あるいは強すぎる炎がそうさせているのか。
少女は空中でステップ――次々に迫りくる火球を左右上下に鮮やかに回避していく。
まるで舞踏のようだと観客は息を呑んだ。
上空からはその闘技場が一望できた。卵を半分に割ったような形をしており、その円周部には観戦用の席が無数に並んでいる。丁度、野球場を楕円形にしたような大きさ・形状だ。しかし、今注目すべきなのは観客席で不安そうに両手を合わせている友人の姿ではなく、先程から少女を焼こうとしている少年――敵の存在だった。
卵の中心で少年――敵は、彼の背丈ほどもあろうかという日本刀を、再度左から右へと振り抜く。
刀の柄の部分には周囲の炎と同じような真っ赤な“石”が埋め込まれており、それが少年の一太刀と呼応する形で光を放つ――次の瞬間、彼の刀から三つの火球が発生した。火球はそれぞれ異なる速度および大きさで、空中を漂う少女目掛けて飛んでいく。
火球の発射を目視した少女は、自身の両手に持つ小剣に意識を集中させた。
逆手で握られた左右の小剣には、目下の少年の持つ日本刀と同じように柄の部分に白い“石”が埋め込まれている。そして少女の発する力に反応し、“石”が発光――彼女の足元に目に見えない“力場”を発生させた。
少女は“力場”を蹴り、迫り来る火球をかわしていく。一つ蹴ったらまた次の“力場”を発生させ――急速転換。闇夜を切り裂く流星の如く。
火球は彼女の耳元を掠め、ゴウッという音を発生させて通過していった。あるいは後ろに束ねた長い茶髪を僅かに焦がしながら。
連続で放たれた火球の群れの全てをかわし切ると、少女の背後で火球が爆発し、ほんの一瞬、闘技場に映る彼女の影を濃く、そして大きくみせた。
炸裂――!
再度“力場”を、今度は地面方向へと蹴った少女は、加速しながら少年の方へと突っ込んで行く。
「ちょこまかちょこまかと……コイツで終わりだッ!」
少年が空に掲げた刀身に意識を集中させると、今度は袈裟斬りの要領で振り下ろした。
同時に発生する火球は最大級――しかし未だに成長を止めない。
周囲の熱気という熱気の全てを飲み込むように渦を巻く炎は、少年の背後で遂に巨大な神鳥へと姿を変えた。
――炎の不死鳥。
少年はその“魔法”をそう呼称している。
不死鳥が羽ばたき、その紅蓮の翼がキラキラとした輝きを伴う粒子を放つ。それは炎なのか、あるいはそれ以外の何かなのか、もはや判別することが難しい。それほどまでに強大な魔力を含有し、同時に対戦相手を焼き尽くすことに特化した存在だった。発生した神鳥は、もはや“魔法”ではなく神話に登場する“不死鳥”そのものに等しい。
不死鳥は言葉にし難い怪鳥音を上げ、夜空に飛び立っていく。
落下する少女と上昇する不死鳥。
少女を夜空を舞う妖精とするなら、不死鳥は人間を喰らう怪物に他ならない。その圧倒的なまでの差は、当事者である少年はおろか観客からしても一目瞭然のことである。
勝利を確信した少年は、思わずその口角を上げる。
少女ただ落下を続ける。
迫る不死鳥――敗北をもたらす灼熱。
あるいはただの敗北では済まないかもしれない。いくらスーツが身を守ってくれているとはいえ、全身にひどい火傷を負うということも考えられる。しかし少女は顔色一つ変えることはなかった。
激突――少女を飲み込んだかに見えた不死鳥は、さらに数メートルほど上昇してからまるで花火のように空中に弾けた。
――勝った!
少年は興奮のあまり叫び出しそうなのを何とか堪える。これほどの強敵に見えることはそうあることではない。ましてやかなりの接戦を制したのだ。気持ちが昂るのは当然のことだった。
が、次の瞬間――
「あのー、すみませーん。これって、私の勝ちってことで良いんすよね?」
明かに場違いな呑気な声が、少年の背中から聞こえた。
少年は背中に固いものが当たっているのを感じた。考えるまでもない、あの少女が持っていた剣だ。
しかし彼は、それが自分が仕留めたはずの少女のものだということを信じることができなかった。夢か幻でも見ている気分だった。
「お前は一体……何者だ……!?」
そんな問いかけに、少女はまるで何事もなかったかのように小首を傾げながら答える。
「ただの通りすがりの女子中学生っすよ?」