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序4

 ニューロンドン市に入った列車は、そのまま駅を素通りし、市内を通る高架を走っていく。行先は、大時計塔ビッグベンだ。ウォッチメイカーたちの本拠地であり、時間に関する業務を全て行う役所である時計管理局の局舎であり、また、命を時間エネルギーに換える唯一の施設でもある。


 ビッグベンの内部にあるホームで降りるのは、僕とハームのみ。先頭以外の車両は、そもそもドアが開きすらしないように、機械的にロックされている。逃げ道はない。ニューロンドン市行きの後部車両は、ただの走る棺桶だ。


 上に報告するために携帯端末を開くと、着信があった。上司のスミス二席からだ。一級ウォッチメイカーのベルトマンという男と、休憩室で合流するようにと書いてある。今後の仕事は彼と組んで行うことになるそうだ。

 一級というのは、ウォッチメイカーに割り振られている階級を示す。一級から三級まであり、数字が小さいほど階級が高い。つまり、ベルトマンはウォッチメイカーの中では一番階級が高いグループにいて、反対に僕は一番低い。


 一緒に行動するときは、階級が高い方の命令で動くことになる。

 階級による違いは、命令権だけじゃない。サイボーグ動物の装備品にも表れる。


 三級の相棒の装備は、リニアカノンという実弾兵器。経験が浅いので、殺傷力のある武器が支給される。

 二級だと、電撃を放つテイザーガン。ある程度経験を積んでいるため、捕縛が求められるようになる。

 一級になると、逆に殺傷力が跳ね上がる熱量兵器が与えられる。広範囲を殺傷できる、熱線を放てるようになるのだ。これは、ベテランのウォッチメイカーの安全性を高める為と、地方都市での軍人としての立ち回りが求められている為である。


 休憩室につき、壁にもたれかかる。

 無機質な部屋にあるのは、灰皿とダストシュート、無料の飲み物の自動販売機。それとベンチ。なんだか、座る気にはなれかった。


 胸の奥が、痛い。ちくしょう。


 あの子たちは。あの家族の未来は。

 見てしまった笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。

 なんで、僕はこんなことをしているんだ……ッ。

 ウォッチメイカーになろうと思ったのは、この時間の仕組みの闇を知ったからだ。だからこそ、どうにかこの間違いを正したいと思ったんだ。そうだったはずなのに。まだ、僕は何もできていない。何も変えられていない。

 そのせいで、また数百の命を、この手で奪った。この手で!


 目の前が暗くなる気がした。宙に振り抜いた、握りこぶしがぬるりと温かい。


「はぁーーーーっ。はぁぁぁぁ」


 深く息を吐く。心臓が、怒りで激しく暴れまわる。

 不甲斐ない、自分に腹が立つ。この世界の仕組みに腹が立つ。ニューロンドン市の強大さに腹が立つ。

 罪なき人ならいくらでも殺せるのに、ニューロンドン市に傷一つ負わせられないこの手に、腹が立つ。

 壁を叩く。馬鹿みたいに硬くて、僕の拳だけが痛かった。


「メルン」

「……なんだよ」

「ねえ、メルン。つらい、ね……」


 奥歯がぎりりと鳴った。


「……うん。忘れてしまったわけじゃないんだ。変えるために、ここに来たんだよ。それなのに、どうしたらいいのかわからないんだ」


 床に落ちた、赤の点が目に入る。

 ああ。爪が手のひらに食い込んでる。

 ゆっくりと手を開いて、皮を突き破った爪を引き抜く。黒のズボンで血を拭った。


「大丈夫? 医療用ナノマシン打つ?」

「いや。大丈夫」


 今は、痛みが気持ちを慰めてくれる気がするんだ。

 パシュ、と場違いな音を立て、休憩室のドアが開いた。


「失礼する」


 低く、ぞっとするほど冷たい声で、一気に現実に意識が引き戻された。心臓ごと、胸倉を掴んでねじり上げるような声だ。ウォッチメイカーのコートを身にまとった男が入ってきた。

 背が、高い。二メートル近くあるんじゃないか。病的に痩せていて、針金のような印象を受ける。いや、針金じゃない。蛇だ。

 白のオールバック。やせこけた頬。青白い顔色。くまの浮かんだ、切れ長の目。そして、そこから放たれる冷たい光。

 体が動かない。動けない。


「ベルトマン一級ウォッチメイカーだ。君がメルン三級ウォッチメイカーかな?」

「は、はい。メルン三級ウォッチメイカーです」

「そうか。スミス二席より通達のあった通り、君と私で組んで仕事をすることになった。なお……これについて、君に拒否権はない」

「はい」


 ベルトマンは長い脚を振り出すように歩き。床に落ちている、赤い点を踏み潰した。


「人の命を買い上げるだけの、簡単な仕事だ。とはいえ、君は経験が浅いようだ。この階のカフェテリアで簡単な打ち合わせをしよう」


 真上から注がれる威圧的な視線。僕は、ベルトマンの革靴から視線を上げた。高い位置にある双眸を、睨み返す。

 いきなり現れたあんたが、それを踏みにじるなよ。

 ぽぅっと浮かんできた怒りが、体を縛っていた冷えを溶かした。


「そうですね。行きましょうか」




 ビッグベンにあるカフェテリアでは、注文すればほぼなんでも食べることができる。安っぽいブロック状の栄養強化食品から、本格的なコース料理まで。オートミールにテキーラをかけて、その上で川魚の踊り食い、なんていう頭のおかしい食事もやろうと思えばきっとできる。きっと。ちなみに、ウォッチメイカーは無料で利用できる。

 僕はブルーベリーのタルトを頼み、ベルトマンはクラッカーとサワークリームを頼んだ。カエルやネズミじゃないんですね、という言葉は飲み込んだ。


「ブルーベリーのタルトか。眼精疲労に良さそうだな」


 ベルトマンが僕の目を覗き込むように言う。


「ここのところ目が疲れることが多いんですよ」

「そうか。最近の薬局には、やたら効果が高いものが置かれているようだ。たまにニューロンドンに帰ってくると、技術の進歩には驚かされる」

「そうですね。今度時間があったら寄ってみますよ」


 お互いに意味がない言葉を投げつけ合いながら、なんとなく様子を探り合って、食べ物がくるのを待つ。


「ところで、サイボーグ動物はどうしたんですか?」


 ウォッチメイカーならば、連れているのが当たり前のことなのに。


「アレか。どうも動きが悪いので、メンテナンスに出した。次の仕事までには返ってくる。問題ない」


 ベルトマンはつまらなそうに吐き捨てた。まるで、道具のような言い草だ。

 ハームがぴくりと耳を動かした。押さえつけるように、やや強めに撫でる。


「そうですか」


 ウェイターが運んできた紅茶に口をつける。心なしか、シュガーポットが僕寄りに置かれているのはなぜだ。

 タルトにフォークを突き刺し、角を切り落とすようにして、口に運ぶ。


「美味しいかね?」

「ええ。ベルトマンさんは?」

「味などよくわからないが……これは食べやすい」

「味覚障害には亜鉛が効くそうですよ」

「サプリメントでも探してみるとしよう」


 ベルトマンは手早くクラッカーを口につっこむと、懐から出した錠剤をザラザラと飲み干した。

 なんだあの量。サプリメントかな。


「さて、君はゆっくりと食べながらでいい。仕事の話をする」


 ベルトマンの腕時計から、四角いホログラムの板が飛び出した。それをスワイプしてこちらに投げつけてきた。僕のタブレット状の端末に、同じものが表示される。

 そこに記されている文字に目を走らせ。


「は?」


 思わず、そう呟いた。

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