crosscurrent(女性視点)
カーテンの隙間から覗く朝日が眩しい。普段であれば、そのような感覚を覚える事は少ない。
私は夜の世界に生きる女。この時間はまどろみに落ちている。
どうして私がこの時間に活動しているか。それは……
ーーとある大学の入学式。
私はそこで胸を鷲掴みにされる出会いがあった。
高校の時はブレザーを着ていたが、大学は違う。唯一、冠婚葬祭用に仕立てたブラックのパンツスーツに身を包んだ私は、広い講堂に押し込まれている数百人規模の学生を見て少しだけうんざりした。
人は嫌いだ。特に、このように大勢の人間が集まる場所は息が詰まる。
しかし、何とか端側のパイプ椅子に腰掛け、これからの四年間をどう過ごそうか。それと、お洒落な私服を探さないと……なんて色々思案していると、私の隣に一人の男性がパイプ椅子を動かして座った。
彼も、私と同じ気持ちだったに違いない。
何故そう感じたのか……言葉には言い表せないが、彼を初めて見た瞬間、私は目を、思考を、心さえも奪われていた。
入学式に向けて整髪したのだろう、ダークグレーのベリーショートに、サイドはツーブロックでメリハリのつけられた髪型は、多分くせ毛の残る彼に良く似合っていた。
身長はそこそこ、痩せ型で特に掘りの深い顔立ちでも無ければ、際立つオーラもない。
それでも、春風のような暖かい何かが私と彼の間を通り抜けた。一言で言うと恋に落ちたのだろう。
彼と付き合い始めたのは、入学式からまだ僅か十日ばかり経った頃だった。
私は自分からどう彼と距離を縮めようか、この気持ちを受け入れて良いのか悩んだ結果、真摯な彼の想いを受け止めた。
それからは、毎日一緒に行動を共にした。
お互いのアパートを行き来し、買い物に出かけ、旅行のプランをベッドの中で考えながら、夜も耽けると、じゃれ合うように毎日身体を重ね合わせた。
そんな生活をしていた所為か、お互い大学では友達と呼べるような人があまりできなかったように思う。
でも、それでも良かったのだ。
彼と一緒に居られれば――。
そんな私達の生活が変わったのは四年後の就職だった。
私は実家のある地方に就職することが最初から決められていたのだが、彼は大学のある地域での就職を決めていた。
どうして言ってくれなかったのか。お互い腹に溜め込んだ感情が唸りとなり爆発する。何度喧嘩をしたか、泣いて、叫んで、それでも、私達は決して別れという選択を選ぶ事は無く、遠距離恋愛をしている。
就職してからはお互いに忙しくなり、月に一度程度の逢瀬になってしまったけれども、私達は、あの日、あの時、全てを奪われた講堂での入学式。
私達は、私達のまま、何も変わっていない。
物思いに耽けると時間が過ぎるのは早い。そろそろ彼を乗せた新幹線が到着する時刻だ。
駅のホームにゆっくりと新幹線が到着するのを見つめる。
彼が出てくる場所が分かっているので、私は当たり前のようにいつもの場所で立ち止まる。
新幹線から出て来た彼は、大学の入学式の時と何ら変わらない、初々しさと、やはりくせ毛のパーマがふわりと風に靡いていた。
彼は少しだけ照れたように口元に笑みを浮かべ、シンプルなネクタイの結び目をきつく締める。
私は彼の右側に立ち、さり気なく差し出された右手をそっと握る。
暖かい肌の温もりを感じ、私の左手の薬指で輝く指輪が、久しぶりの逢瀬を嬉しそうに微笑んだように見えた。