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春の村

これで最後になります。

 家に帰ったオリビアは暖かい暖炉の前を陣取り、ここまでの冒険を語ります。


 女王様の庭園(クイーンズガーデン)に着く前に雪おばけに追いかけられました。そこを二柱の騎士様が助けてくれました。


 彼等が出してくれた雪の渦に飛び込んで、滑り台で塔まで行きました。きれいなオーロラの景色になって驚いていると着地に失敗して少し痛い思いをしました。


 塔では雪と氷の妖精達に攻撃されてしまいました。ある部屋に入って助かりましたが、扉が開かなくなってしまいました。けれど、氷の彫像が道を開いてくれたので無事に女王様のところへたどり着きました。


「冬の女王様は最後に前のタペストリーを渡してくれたの。『構わない』と言っていたわ。何を言っているのかおばあちゃんは分かる?」


「ええ、ええ。分かりますとも。冬の女王様はね、これを使ってあたしがサリナ様と会ってもいいと言っているのよ」


「それはすごいね!」


 特定の人とはそう簡単に仲良くできないのが季節の女王様なのです。それが、おそらくは春の女王様限定でしょうが、タペストリーを与えてまで会ってもいいという許可が出るのは珍しいことなのです。


「ディジーばあさん、それ、俺がいるとこで話しちゃダメだろ」


「あれまぁ、そうだったねぇ。黙っていておくれよ」


「……まぁ、いいけどさ」


 おばあさんと春の女王様のことは春村のトップシークレットとなるでしょう。叔父さんは冬村の住人なのであまり知られてはいけない人物です。もっとも、冬の女王様が四季の女王様の中では長女だと言われているからか、冬村の住人は比較的大人の対応というものを心得ているため、おばあさんはそんなに心配はしていませんでした。


「オリビア、タペストリーが使えなくなった原因というのは何だったんだい」


「見れば分かるわ」


 オリビアはタペストリーを広げます。大きな引っ掻き傷が見えたところでおばあさんと叔父さんは驚きの声を上げました。


「これはひどいねぇ。まぁ、直せなくはないけれど」


「こんなのを直せるのか?ディジーばあさん」


 叔父さんが不安そうな顔でおばあさんを見ます。おばあさんは大丈夫だと微笑んで頷きます。


「ああ。これも誰にも話さないでほしいことだけど…このタペストリーは春の女王様のものだ。だから春の女王様の魔力が直してくれるよ」


 爪痕は塔でつけられたため、直すにも直せなかったのです。冬の女王様が塔にいる間は他の季節の魔力は力を失ってしまうため、タペストリーは替えるしかありませんでした。


「オリビア、これはあたしが預かるね。さぁ、明日は春の感謝祭だ。もう寝なさい」


 おばあさんはタペストリーを持って部屋へ引っ込んでしまいました。確かに、もう夜も遅い時間でした。春祭りのために体を休めるべきでしょう。しかし、目をつむれば今日の冒険が思い浮かんでくるのでそう簡単に寝付けそうもありませんでした。


 また来年にでも冬の女王様のところへ遊びに行けたらいいなと思いながら、ようやくオリビアの意識は夜闇に沈んでいきました。



***



 さぁ、いよいよ春祭りの日になりました。幸い、天気が良い日だったので皆外へ出ています。オリビアもまた花娘として町を歩きます。


「おや、今年はオリビアちゃんも花娘かい」


「はい!リリーお婆さんもどうぞ。良き春を!」


 花娘の役割は人々に幸せの花を渡すことです。人々の幸せが春を呼び込むと考えられてきたのです。


 どの家も花で飾られており、この村だけ春がやって来たようでした。人々も先日までの不安そうな顔は鳴りを潜め、今日は目一杯祭りを楽しむと意気込んでいます。


「おーい、オリビア嬢ちゃん。おお、花娘も似合うじゃないか。問題ないか?」


「大丈夫ですよ、ペレスさん。はい、ペレスさんにも。良き春を!」


「おう、良き春を。ああ、花は家族の分を残しておけよ。人に幸せを渡して自分達のことを忘れるなんて笑い話にしかならないぞ」


 そうでした。おばあさんにも花を渡さなくてはなりません!籠を見れば花は残り二つでした。


「私があげられる分は後一人ね」


「そうか。ここにいるとオリビア嬢ちゃんだと花を渡したい人ばかりになるだろ?忘れないうちにディジーばあさんに渡してくるといい」


 ペレスさんの言葉に従ってオリビアは一旦家に帰りました。しかし、おばあさんがいつもの定位置、暖炉の前のソファにいません。まだ部屋にいるのでしょうか。


「おばあちゃん?」


 おばあさんの部屋からは何やら話し声が聞こえてきます。その場所はタペストリーがあった部屋です。


「あら、オリビア。花は配り終えてしまったの?」


「ううん。おばあちゃんにも渡さないとって思って…おばあちゃんにも、もっと幸せになってほしいの。だから、はい。良き春を!」


「あら、ありがとう。良き春を。そうだ、あなたにも紹介しなくてはね。この方がサリナ様よ」


 おばあさんの部屋に来ていたの春の女王様でした。桜色の髪のきれいな女性というところで、もしかしたらとは思っていましたが、まさか本当に春の女王様だとは思いませんでした。


「初めまして、春の女王様。オリビアといいます」


「ええ、初めまして。我が名はサリナ。春を司る者よ。本当にディジーにそっくりね」


「あたしの孫ですからね。……あたしがいなくなる前に二人を引き合わせることができてよかったわ」


「ディジー。そんな悲しいことを言わないで。あなたはずっとわたくしの友達よ。それとも、人が一生を終えかねない時を会いに来なかったわたくしはもうあなたの友と認めてくれないのかしら?」


「そんなことはありませんよ。でも、あたしに時間がないのも事実なのですよ。サリナ様はきっとあたしがいなくなれば泣いてくださるでしょう。あたしはそんなことを望んではいません。オリビアはやさしい子です。きっとあなたの力になってくれるでしょう」


 おばあさんがオリビアを春の女王様に紹介したのは自分が亡き後、春の女王様がひどく悲しむことを心配してのことでした。


「ディジー!わたくしはオリビアをあなたの代わりに見ることはしないわ。それに、人の子のさだめも分かっています」


 喧嘩のようになってきた二人をオリビアはおろおろとして見ます。おばあさんが春の女王様を心配するのももっともです。しかし、春の女王様の言葉も間違ってはいないのでした。


 けれど、塔での冒険を経てオリビアは分かったことがありました。それは、さだめを受け入れている者の方が穏やかに生きられるということです。しかし、そのさだめをなかなか受け入れられないのが人間です。


「おばあちゃん。おばあちゃんの代わりに私が春の女王様の友達になるのは違うでしょ。私は私でサリナ様と友達になるの」


「オリビア……」


「私ね、塔で氷の彫像と出会ったわ。彼等は冬の間のつかの間の命をいただいたのだと話してくれたの。でも、悲壮感何てものはなかったわ。昨日、彼等は道を開いてくれたと話したけど、それはイタズラのために教えた道だったんだって。彼等はさだめの内に出来る限り楽しく生きようって思っているのよ」


 それに対しておばあさんはどうでしょうか。せっかく春の女王様と再会したのに小難しい話ばかり。ちっとも楽しそうではありません。


「そんな風に後のことを頼むだけの余生は楽しくないでしょ。春の女王様…サリナ様と本音で話してよ。このまま二人の関係がこじれるのは嫌よ」


 おばあさんがさだめを素直に受け入れられなくてもいいのです。でも、春の女王様の気持ちだけは大切にしてほしいとオリビアは思いました。


「ありがとう、オリビア。わたくしはこの頑固者とじっくり話しますから、少し二人にしてもらえるかしら」


 春の女王様は腰を据えておばあさんを説得するつもりのようです。そこまでやれば流石のおばあさんも考えを変えてくれるでしょう。


「しばらくお祭りを楽しんでいます。ああ、サリナ様にもこれを。幸せを呼ぶ花です。では、良き春を!」


「あら、ありがとう。良き春を、でいいのよね?」


「はい!」



 さぁ、今年も無事に春がやって来ました。この年以降、春村ではたびたび女王様の姿が見られるようになります。最初は彼女の姿に驚いていた村人も次第に驚かなくなっていきました。そして長い時が経っても、外からやって来た人々が春村のことを知ってとても驚くのです。







「なぁ、一年中景色が変わらない場所があるのはこの村か?」


 一人の男が酒場にやって来て聞きました。


「ああ、そうだよ。あんた、旅人だね」


「ああ、分かるもんなんだな。ここの噂を聞いてな。詳しい話を知りたいのだが、話してもらえるか?」


「まずは『常春の地』へ行ってみろ。話はそれからの方が良いだろうな」



 常春の地の最も景色の良い場所で人々はまずある文を目にします。


『春の腕に抱かれて』


 そうして紡がれるのは春の女王様と少女の物語でした。


終わり方には悩みました。

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