オリビアと塔2
本編続きです。
次は最後の話になります。本日12時の投稿を予定してます。
「来たよ、来たよ」「人間だわ、人間だわ」
「あなた達は妖精さん?」
氷の滑り台がすうっと消えると同時に目の前に二人の小さな女の子が現れました。
「そうよ私は雪の妖精」「そうよ私は氷の妖精」
「「さぁ、行きましょう」」
二人はオリビアの手を取って先に連れていこうとします。
「待って!私は冬の女王様のところへ行かなくてはならないのよ」
「それは遊ぶよりも」「大切なこと?」
「もちろんよ!春のタペストリーを届けなきゃ」
「春が来るの?嫌よ!」「私達は消えてしまうじゃない」
あの雪おばけ達と同じようなことを言います。彼女達も襲ってくるのでしょうか。
「でも、それがさだめだと二柱の騎士様は言っていたわ」
「彼等はそう言うでしょうね」「いつだって存在していられるのだもの!」
あまり良くない流れです。それに、彼女達に付き合っていると冬の女王様のところへ行くのが遅くなってしまいます。
「冬の女王様の場所を知らないのだったら私は行くわ。遊んであげられなくてごめんなさい」
「私達が」「行くのを許すとでも?」
二人の妖精は雪と氷のつぶてを飛ばしてきました。オリビアは慌てて逃げます。しかし、突然吹いた横風にあおられてどこかの扉の中に入ってしまいました。扉はバタンと閉まり開きません。オリビアは閉じ込められてしまったのです!
「見失ってしまったわね」「見失ってしまったようね」
妖精達から逃げることはできたようでした。しかし、オリビアにはその部屋から出るあてはないのでした。
「ここは何の部屋かしら?氷の彫像がたくさんあるわ」
すました顔の氷のうさぎ、凛として立つ氷のトナカイ、前足を持ち上げた馬、その上には勇ましい顔つきの騎士様……その他、ありとあらゆるいきものが氷の姿で立っていました。
「とてもきれいね」
毛の一本まで氷で作られています。今にも動き出しそうだと思いました。次の瞬間、じっと見つめていたうさぎの瞳がふるりと動きました。
「ほめていただき、ありがとうございます。お嬢さま」
「えっ!?」
驚いたことに、氷のうさぎが一礼してきたではありませんか!
「我等は冬の女王様によって作られた存在でございます。あの方の孤独を癒すため、つかの間の命をいただいたのです」
騎士様も馬からおりてオリビアと視線を合わせてくれます。
「娘よ、我等を恐れる必要はない。そなたに危害を加えはせぬ。……妖精どもとは違ってな」
妖精というと、あの雪の妖精と氷の妖精のことでしょうか。
「彼女達も悪い子ではないのよ。ただもう少し冬を謳歌できると思ってしまっただけ」
トナカイが近付いて来てそう言いました。
「ところでお嬢さま。背負っていらっしゃるのは何でしょうか」
「我も気になっていたところだ。それには春の力が宿っているようだからな」
春の力と言われてもオリビアにはさっぱり分かりません。そういえば、おばあさんは春の女王様と友達でした。何らかの特別な方法で作っていたのでしょうか。
「これは春のタペストリーよ」
「おお。それならば無事に春へ移ることができるであろうな」
「そうね。一時はどうなるかと不安だったけれど」
彼等は春への変化を受け入れているようだ。
「では、冬の女王様のところへ行かねばならぬな、娘よ」
「こちらへおいでください」
騎士様達に先導されて向かった先には見覚えのある渦がありました。
「お嬢さま。ここに飛び込めばすぐに冬の女王様のところへ行けますよ」
二度目なのでためらわずに飛び上がります。予想通り、オリビアの体は吸い込まれていきました。完全に渦に入ってしまう前に氷の彫刻達にお礼を言いましたが、聞こえていたか定かではありません。
渦の先は滑り台ではありませんでした。今度は一本の道です。道の端に一つの立て札があります。それに書かれているのはたったこれだけです。
『|ただまっすぐ進め《GO STRAIGHT》』
何か隠された意味があるのでしょうか。しかし、オリビアは立て札に従う以外に思いつかなかったため、とりあえず道を行くことにしました。
道を歩くと不思議な現象が起こります。逆さまに歩くことになったり、カーブを描いている場所を通ると突然体が重くなったりしました。しかも、ある地点から景色が変わらなくなり、全く進んでいる気がしません。
オリビアはもう一度立て札の言葉を考えてみます。あの立て札はまっすぐ進めと指示していました。だからオリビアはここまで道を外れずに進んできました。しかし、その道は時には曲がっていたりしました。もしかしたら、そこを道なりに進んでしまったのがいけなかったのではないでしょうか。
今度はたとえ道が曲がっていてもただまっすぐ進むようにしました。すると、今まで時が止まったような景色だったのが驚くほど早くに後ろに流れていきます。
そしてすぐに道の終点が見えてきました。どこかへ続く扉が現れたのです。今度こそ冬の女王様のところへたどり着いてほしいものです。
オリビアはおそるおそる扉を開きます。そして、その先を見て驚いて固まってしまいました。そこは氷で装飾された謁見の間だったのです。そして、玉座には一人の女性が座っていました。
「娘よ、春のタペストリーを届けに来たのではないのか?」
「冬の女王様、ですか?」
「いかにも。冬を司る者よ。そんなところに立っていないでこちらへ来るといい」
冬の女王様は冷え冷えとした美しさです。しかし他者と話すのが楽しいのか、口元は柔らかい笑みが浮かんでいました。
「よくぞ参った。多少、この塔の者がイタズラしたようだが、許してくれるとありがたい。雪と氷の妖精達はすでに仕置きをしてあるから、これ以上襲われることはない」
「雪と氷の妖精さん達については、助かります。ですが、イタズラとは何のことでしょうか」
すると、冬の女王様はくすくすと笑い始めます。
「彫像どものことだ。あれらはわざとあの道を教えたのさ。もっとも、一番ここに近い道ではあったのは間違いないが」
「それくらいなら、かわいいイタズラです」
「そうか。ところで、春のタペストリーを見せてもらえるだろうか」
「はい」
冬の女王様が春のタペストリーを触ることはできないようです。ただ見るだけでしたが、確かめたいことは確かめられたようで、満足した様子で頷いていました。
「あの子にもちゃんと気が許せる人の子がいたのだな。いいことだ」
見るだけで分かるものなのでしょうか。不思議に思っているオリビアを見て冬の女王様はくすりと笑って教えてくれました。
「この、二人が描かれている場所があるだろう。これがあると普通なら扉としての効果がなくなるんだ。でも、このタペストリーはあの子の扉として使える。それは、この部分に春の魔力を織り込んでいるからだ」
春の魔力ということは、目に見えるものではありません。
「どうやって織り込んだのでしょうか」
「おそらくはこのような粉を使ったんだろう。これは魔力を形にしたものだ。よほど信頼している相手にしか渡さない」
そうして見せてくれたのは小さい瓶に入っている雪のような粉でした。
「そのタペストリーをこちらへ。少し使って見せてあげよう」
冬の女王様は粉をタペストリーに振りかけます。瓶から出た粉はきらきらと輝いてとてもきれいです。
「これでこのタペストリーは冬から春への扉としての機能を持った。さぁ、掛けに行こうか。娘よ、ついておいで」
冬の女王様について行った先は八角形の部屋でした。対角線上に四つのタペストリーが掛けられています。しかし、春のタペストリーだけに大きな引っ掻き傷ができていました。大きな獣の爪痕のようです。
「ひどい……」
「雪嶺の狼をここへ連れてきた者がいたんだ。かわいそうに、突然見知らぬ場所へ連れてこられて混乱したのだろうな。彼は暴れ、タペストリーはこのように無惨な状態になってしまった」
「一体誰がそのようなことをしたのでしょうか?」
冬の女王様は怒りを堪えるようにして教えてくれました。
「妖精達だ。だから、仕置きとした。私の近くにいる存在だというのにさだめに逆らうというのは許されない」
女王様の怒りは大きいようでした。主たる冬の女王様にここまで怒られては、今後、あの妖精達は考えを改めるしかないでしょう。
話はそこまでにして、オリビアは春のタペストリーを替えました。新しいタペストリーはぼうっと桜色に光っています。
「交代の準備ができている証だ。サリナがこの扉を開けば外の世界に春がやって来る。まぁ、今すぐというわけではなさそうだが」
そう、未だ春の女王様はすねているのでした。そのために明日、春のお祭りを開催するのです。
さて、ずいぶんと長いこと塔にいた気がしますが、太陽はまだ出ているのでしょうか。
「冬の女王様。そろそろ帰りたいのですが、どうやって出ればいいのでしょうか」
「ああ、庭園までは道をつないであげよう。そこからは月の精霊が先導してくれる。雪の夜道は危険だから、彼の灯りを頼りにして行くといい」
そう言って女王様が腕を振るとまた見覚えのある渦が現れます。
「前のタペストリーは持っていって構わない。おばあさんに渡せばいい。私が『構わない』と言っていたと伝えてもらえるかな」
「それだけでいいのですか?」
「彼女なら分かるだろう。さぁ、話しているとどんどん遅くなってしまう。もう行きなさい」
「はい。お邪魔しました」
渦の向こうは滑り台です。最初とは逆の順番で景色が変わっていきます。そして今度はきれいに着地することができました。
「お嬢様。月の精霊にございます」
気付いたら目の前にいた中性的な容姿の月の精霊が優雅にお辞儀してくれます。オリビアは慌ててお辞儀を返すことになりました。
「よろしくお願いします。月の精霊さん」
「任せてください。無事に村へお連れいたします。春村でよろしいですね?」
「はい」
庭園の入り口は一つだけ。二柱の騎士は今度は動くことはありませんでした。それでも助けてもらったので、オリビアはもう一度お礼を言っておきました。
―――我等はいつでもここにいる。好きなときに遊びに来るといい。
風にのって微かにそんな言葉が聞こえてきた気がしました。
「お嬢様。行きますよ」
月の精霊は森の中をすいすいと進んでいきます。その通った後が淡く光るので見失うことはありません。そして、行きに追いかけられた雪おばけも寄ってきませんでした。
「さぁ、春村に着きましたよ。お疲れさまでした」
「えっ!? 行きよりずっと早いわ」
「ふふっ。精霊の魔法ですよ」
春村に着いたのは本当にすぐのことでした。木の隙間を数回縫っただけで着くはずがありません。月の精霊は笑うだけで詳しいことを教えてはくれませんでした。でも、いいのです。世の中には様々な魔法があると分かったのですから。
もう日が落ちていたのでおばあさんは心配しているかもしれません。オリビアは急いで家に帰りました。
「おばあちゃん!ただいま!」
何だかワ○ダーラ○ド系の物語にありそうな……。