オリビアと塔
本編です。長くなったので二つに分けてしまいました。
次は明日朝7時の投稿を予定してます。
オリビアは村の家を回っていました。それは、春祭りを開くことを伝えるためです。おばあさんから話を聞いて、オリビアは数年前まで春祭りを必ず同じ日に行っていた理由を知りました。全て春の女王様のためだったのです。また祭りを開く日を固定すれば、春の女王様が訪れてくれるかもしれません。そう思えば雪の中外へ行くとしてもへっちゃらです。
「ヘリングさん。こんにちは」
「あら、オリビアちゃん。こんな雪の中どうしたの?さあ、入って入って。少し温まって行きなさいな」
「ありがとうございます。あの、春祭りのことなんですけど」
「春祭り?ああ、春の感謝祭のことね。そろそろ開催するのかしら?」
「はい。暦上はもう春なので行いたいと思っています」
「ええ、ええ。そうでしょうね。このままじゃ春の女王様がすねてしまうわ!」
ヘリングさんもおばあさんと同じことを言っていました。オリビアの両親と同世代の人ですが、その親世代の人達の話をよく聞いていたのでしょう。
「春の女王様のお話を知っているんですね」
「ええ、よく聞いたものよ」
「そうですか。おばあちゃんはこの終わらない冬は春の女王様がすねていらっしゃるからだと考えているみたいです」
「ふふ。それならなおさら祭りを早く開かないとね。屋台組の説得は任せてちょうだい。オリビアちゃんは花娘役をまとめている…ペレスさんのところへ行ってもらえるかしら?」
「はい。助かります」
「いいえ。ああ、ペレスさんは頑固だけどちゃんと話せば分かってくれるわ。諦めないでね」
屋台を出す人達についてはヘリングさんに任せてオリビアは次にペレスさんの家に向かいました。花娘役への連絡や造花の手配などを行っている人です。花娘役というのは春の精霊を模した服を着て町を歩き、人々に幸せの花を渡す少女達のことです。春祭りに欠かせない存在です。
「ペレスさん。いらっしゃいますか?」
「……なんだ、オリビア嬢ちゃん」
「春祭りを開催したいと思っているんです。花娘役はそろっていますか?」
花娘役は基本的に四人と決まっています。ですから、オリビアは花娘役がそろっているかどうかを確認しました。しかし、ペレスさんはそのことには触れず、祭りを開催するという言葉に反応しました。
「春祭り…春の感謝祭を開くだと?この雪の中でか?」
顔をしかめてそう言われるとただの質問でも非難されているように感じてしまいます。それでもオリビアは春の女王様のためと考えて言葉を続けました。
「暦上は春なのにまだ冬なのは祭りを開かないから春の女王様がすねてしまっているんですよ、きっと。だから、春祭りを開くことで機嫌を直してもらえないかと思って……」
「ハッハッハッ!なるほどな。春の女王様がすねていらっしゃるのか。それは確かに祭りを開いた方が良さそうだ」
思ったよりもすんなりと理解してもらえました。もしかして、ペレスさんも春の女王様のお話を聞いたことがあるのでしょうか。
「ペレスさんも春の女王様のお話を知っているんですか?」
「ああ。うちの婆さんから耳にたこができるほど聞いたよ。眉唾物だと思っていたが、ご老人達が皆して言うんだからもしかしたら実話かもしれないな。まぁ、話の真偽はともかくとして、花娘役は一人だけ足りないんだ。だから、いつ祭りを開催するかは分からないが、あまり早くは無理だぞ?」
それは困りました。皆できるだけ早く春を迎えたいのです。そんなにのんびりしていられるとは思えません。
そのとき、ペレスさんは何かに気が付いたかのようにオリビアの方をじっと見ていました。
「そうだ、オリビア嬢ちゃんがいるじゃねぇか」
「私、ですか?」
「うんうん。背丈もちょうど良い感じだし、やってくれないか?もしオリビア嬢ちゃんがやってくれればもうちっと急ぐこともできるぞ」
それならば、とオリビアは花娘役を引き受けることにしました。
そこに屋台組の説得に向かっていたヘリングさんがやって来ます。
「オリビアちゃん、開催日なんだけど、明日は無理だけど明後日なら良いらしいわよ」
「明後日!そんな早くても大丈夫なのですか」
「明後日か…こっちもたぶん大丈夫だな。必要なもんはそろっているし」
「あらまぁ!それなら早くに春を迎えられそうねぇ」
わいわいと賑やかに二人は話しますが、三人がいるのは雪降る寒空の下でした。オリビアは少し震えつつその場の解散を提案するのでした。
「ただいま、おばあちゃん」
「あら、おかえりなさい、オリビア」
「お邪魔しているよ、オリビア」
家に戻ると冬村の村長の息子…オリビアの叔父がやって来ていました。
「叔父さん、お久しぶりです。お母さんの様子はどうですか?」
今オリビアの両親が居ないのはオリビアの母に新しい命が宿っていたからでした。冬村はこの春村よりも大きいので出産のためにそちらへ移っていたのです。
「元気も元気さ。臨月だけどね。でも、今日僕がここに来たのはそれを伝えるためだけじゃないんだ」
「オリビア、こちらへいらっしゃい。大切な話だから、しっかり聞いておきなさいね」
一体何の話でしょうか。不思議に思いつつもオリビアは叔父の方を向きます。
「ええとね、オリビア、僕の所に王様からのお触れが届いたんだ。冬がいっこうに終わらないからね、何とかしろとおっしゃりたいのだろうね。それで、同時に冬の女王様からの伝令もやって来たんだよ。どうやら塔の中にある春のタペストリーが使えなくなってしまったらしい。それがないと春の女王様は扉を開けないんだ」
オリビアはあまり詳しくは知りませんでしたが、塔を交代する際、魔力を通して扉となるのはその季節の模様が織り込まれたタペストリーのようです。
「そのことは春の女王様は知っているのですか?」
「いや、たぶん知らないと思うよ。冬の女王様も春の女王様についてはすねているとかなんとかおっしゃっておられたし…居場所が分かっている様子ではなかったからね。それは逆にも言えることだから」
オリビアはここまで聞いたことを整理してみました。最も重要なのは春のタペストリーが使えなくなってしまったことでしょう。つまり…このままでは例え春の女王様の機嫌が良くなっても春が来ないかもしれないのです!
「大変だわ……!」
「そう、大変な事態なんだ。タペストリーを直すにも時間が掛かる。どんな壊れ方をしているかは分からないけど、元通りにするにはかなり長い時間が必要だね」
しかし、暦上ではもうすでに春なのです。これ以上冬が続いては困ります。春が来ないのはもっと困ります。
「ダニエル、あまりオリビアを怯えさせないでちょうだい」
少し笑いながらおばあさんが叔父をたしなめました。
「オリビア、タペストリーについては問題ないわ。あたしが長年作っていたものがあるからね。少しアレンジが入っているけれどたぶん大丈夫でしょう」
「問題はどうやってそれを塔に持って行くのかということなんだ」
塔に入れるのはごく一部の人だけです。かつては各村の村長の一族がその資格を持っていましたが、代を重ねるにつれてその数を減らしていきました。
「僕は冬の女王様の伝達魔法を受け取ることができる。だけど、塔に入る資格は持っていないんだ」
では、今の時代では一体誰が塔に立ち入る資格を持っているのでしょうか。
「おばあちゃんは資格を持っているけど無理させられないわ。お母さんは臨月だから頼めない」
夏村、秋村の人に頼むのは筋違いでしょう。今回は冬と春の問題なのですから。では、残る人物といえば……
「一番動けるのはオリビア、君なんだ」
そう、オリビアもまた塔に入る資格を持っているのでした。消去法ではオリビアが行くしかありません。
「今日はもう時間がないから行くとしたら明日だねぇ」
「それよりディーおばあさん。オリビアにタペストリーを見せないと」
「そうだったね。オリビア、ちょっとあたしの部屋においで」
春の女王様に献上できるほどのタペストリーがおばあさんの部屋にあるそうです。きっととても大きくて豪華なのでしょう、とわくわくしていました。
「これがあたしの作ったタペストリーだよ。サリナ様との思い出を織り込んだものなの」
「わぁ……!」
一番目立つのはやはり巨大な桜でした。この部分は普通のタペストリーと共通しています。おばあさんが入れたアレンジとは、その桜の根元にある二つのシルエットのことでしょう。ドレス姿の大人の女性と少女が手を取り合っています。別れを惜しんでいる場面なのか、それとも……。
「あたしとサリナ様は友達なんだと自慢したかったのよ」
「おばあちゃん、これを塔に持って行ってもいいの?」
塔に持って行ってしまったらそう簡単に見ることができなくなります。このタペストリーには春の女王様との大切な思い出が込められているはずです。簡単に手放していいものではありません。
「いいのよ。自己満足で作ったものがサリナ様の役に立つなら、これ以上ない喜びだわ」
翌日、オリビアはタペストリーを巻いて背負って塔へ向かいました。
「気を付けるんだよ。よく知っている道だとしても暗くなる前に戻ってくること。約束だよ」
「うん。行ってくるね」
塔はオリビアの家から見える位置にあります。しかし、そこまでの道のりは短くはありません。まず目指すのは女王様の庭園です。
家を出たときはそこまでひどい天気ではありませんでしたが、歩いていくうちに吹雪になってしまいました。痛い寒さに体を縮ませつつも歩みは止めません。
それも全ては春の女王様のため。春村の住人であるオリビアも春の女王様のためならばどんな苦行も厭わないその気質を受け継いでいるのでした。
「娘よ、どこへ行く」
突然雪のおばけ問いかけてきました。不思議なこともあるのねと思いながらオリビアは正直に答えます。
「春のタペストリーを届けに塔へ行くんです」
「ふむ…春になってしまったら俺達は存在できない。それは困るな。娘よ、悪いが行かせはしないぞ」
そう言って腕らしきものを伸ばしてきたのでオリビアは慌てて逃げます。
「春が来なくては私が困るもの!」
「身勝手な。人の都合など我らは知らぬ。春になられては我等が消えてしまうではないか!」
「そっちだって身勝手な理由じゃないの!」
さて、困りました。逃げているうちに道を逸れざるを得ず、しかも追いすがってくる雪おばけの数は膨れ上がっていく一方です。
「「「春など来させはせぬ!」」」
そうして逃げているうちにどこをどう走っていたのか、気付けば女王様の庭園の近くまで来ていました。あの庭園では争い事は許されません。ですから、雪おばけも庭園まで行けば諦めるでしょう。オリビアに希望が見えてきました。
オリビアは女王様の庭園についておばあさんから言われたことを思い出していました。
『女王様の庭園の入り口は必ず二柱の騎士がいるのよ』
遠目に見える白い柱。あれはきっと女王様の庭園を守る騎士なのでしょう。あそこまで行けば雪おばけなんて怖くありません。
「さだめに逆らおうとする者達よ」「不遜に過ぎる。去るがいい」
オリビアは二人の横を通り抜けることができましたが、雪おばけ達は二柱の騎士に追い払われてしまいました。
「災難であったな、お嬢さん」「怪我はないかな、お嬢さん」
二柱の騎士がオリビアを見下ろします。彼等の体は大きいですが、やさしい声で安心できます。
「はい。助けてくれてありがとうございます」
オリビアは再びおばあさんの言葉を思い出します。女王様の庭園の騎士様は塔への道を知っているということでした。
「二柱の騎士様。塔への行き方を教えてもらえませんか?」
「なるほどなるほど」「女王様の愛し子であったか」
嬉しそうな声で歓迎する様子を見せる騎士様ににつられてオリビアも笑顔になります。
「それならば」「是非なし」
騎士様が氷の槍の柄で地面を叩きます。すると一部の雪が舞い上がって空中に渦を作りました。
「飛び込んで」「行くがよい」
その言葉に従ってオリビアは渦に向けて飛び上がりました。すると、体が吸い込まれて行くではありませんか。そして、渦の向こうにあったのは長い長い氷の滑り台でした。きっとこれを滑り降りた先が塔なのです。
滑り台から見える景色は様々に変化していきました。最初は普通の平穏な雪景色でしたが、粉雪が降ってきて…吹雪に変わり…なぜか大きな雪結晶が舞い降りてきました。しかし、滑り台の周辺はその変化に影響を受けることはありませんでした。幸いなことに、吹雪になっても風に煽られて落ちてしまうなんてことはなかったのです。
そして、最後にはオーロラの景色になりました。滅多に見られないとても美しい景色です。それに気を取られてしまい、滑り台から降りるときに少し痛い思いをしましたが、呆けるほどきれいな景色を見ることができて満足です。