禍の瞳の令嬢と王子様
急展開で、あっさり終わります。
友人リクエストの一年と一週間遅れた誕生日プレゼントです。
※男性目線
「王子様、私と結婚しませんか?」
俺──ユーグはたっぷり一分時間をとってようやく言葉を発した。
「は……?」
※
俺には婚約者がいる。
男の「守ってあげたくなる女性」の理想像を体現したようなそれはそれは可愛い女性だ。柔らかな光を帯びる金髪。優しい色をした大きな青い瞳はサファイアのようで、うれしいことがあるたびきらきらと輝く。
そんな婚約者、シェリルとの関係性は良好で来年の春には結婚する予定だ。
にもかかわらず。
「私と結婚して下さい」
何故、婚約者の姉にこんな事を言われなくてはいけないんだ。
確かに俺は──自分で言うのもなんだが──結婚相手としてかなり条件がいい。婚約者がいるにも関わらず縁談の話が後を絶たないくらいだ。金や地位など様々な理由はあるが、縁談の山が出来る一番の理由は芸術品といわれるほどのこの顔だろうな。
貴方を愛している。愛人でもいい、なんて熱っぽい申し込みさえある。むしろ縁談のほとんどにその言葉がついてくる。迷惑な話だ。
まあ、目の前のベルにいたっては俺が好きだとか、そんな甘い理由の求婚ではない。断言できる。
ベルのとんでもない発言のせいで顔が引きつってしまった。
落ち着いて外向け笑みを張り付け直す。俺は穏やかで優しい王子様でなくてはならない。
そう言うと友人には腹黒ぉ! と叫ばれる。心外だ。俺は女性の夢を壊さないよう努めているだけだ。
「……ははは、ベルは面白いことを言うね。私は、君の妹の婚約者じゃないか」
「ええ、ですから略奪愛になりますね」
なんでもなさそうに答えないでくれ……頭が痛い。
「冗談だろう? 君はシ、すごく妹想いだったじゃないか」
危ない。口が滑ってシスコンと言い掛けた。
そう。ベルが俺の事を好きなんて甘い理由で求婚しているわけではない、と断言できる理由がコレだ。
ベルは俺の婚約者でもある妹のシェリルの事をとても可愛がっている。いや、可愛がっている、程度ではすまされないな。溺愛といっても足りないくらいだ。
ベルのシェリルへの愛は、なんというか……重い。ひたすらに重い。目に入れても痛くないという言葉があるが、ベルは実際幼いシェリルが目に触れたときもまったく痛がらなかった。
俺自身、容姿のせいで重い愛情を受ける事があるが、それでもベルほどの愛情は向けられたことはない。
そんなベルが俺を好きになったからシェリルから奪う? ありえない。
「あー、もしかして、喧嘩でもしたのかな?」
「まさか。シェリルと喧嘩になったら私は絶望で死んでます」
……重い。
張り付けた笑みがまた崩れそうになるのを気合いで維持する。
「で、駄目でしょうか。私もかなりの有力物件だと思いますが。やはり禍の瞳は嫌ですか」
ベルは目を覆い隠す包帯をさした。
「……ベル」
知らず、低い声が出た。
禍の瞳とは赤い瞳のことをいう。──……ただの遺伝上の変質だ。ベルに落ち度はない。
問題だったのはそれを前世犯した大罪のせいだという馬鹿げた伝承があること。そして、それを信じる愚か者が多いこと、だ。
ベルは赤薔薇色の美しい瞳を隠さなくてはならなくなった。
何が前世だ。腹が立つ。それが幼い少女に石を投げる理由になどなりはしないというのに。
瞳を隠すために巻かれた包帯の所為でベルの表情は読みにくい。
だから、俺には読み取れない。
この理不尽ともいえる台詞を口にするベルの本音が。
「……君から、そんな台詞は聞きたくなかったよ」
拳をグッと握りしめた。
「申し訳ありません。王子様がこの瞳をお厭いにならないとは知っています。私自身、面倒なので隠しているだけで、この瞳が嫌だとも思っていません」
「ああ、分かってるよ」
切り替えるために笑みを張り付けた。ベルが気にしていないのに、俺だけ気にしていても仕方ない。
ベルは紅茶を飲むと「それで」と、話を戻した。
「いかがでしょう。禍の瞳を除けば結婚相手としては王子様に劣らないと思いますが」
容姿は問題ないですし、身分もあります。頭は回る方です。性格は、可愛らしくはありませんが王子様とは合うと思います。
自分の売り込みを相変わらず淡々と行う。そこに俺に対する媚びが全くないのがベルらしい。いや、むしろ頬を染めてすり寄ってきても驚くが。
「たしかに君との結婚は魅力的だけど理由をきかないことにはなんとも言えないよ。僕はシェリルを愛しているからね」
「……うそつき」
「なっ」
その声に非難の色はなく、ただ事実を口にしているような温度のないものだった。
「それとも気が付いてないんですか? 可愛いとは思ってても恋愛感情なんてないくせに」
「……」
事実だ。
組んだ手に力が入る。怒るか、と思ったがベルはそれをみても気にすることなくため息をついた。
「はあ。面倒ですね。夜這いでもして既成事実を作った方が早いでしょうか」
「やめろ」
ボソッと呟いた台詞が物騒すぎる。
本当にベルならしそうだ。
「……理由は聞かせてくれない、か。そこまで信用がないのか。傷つくぞ」
投げやりに問いかける。被っていた猫はベルの突飛な発言でもう剥がれた。今更、王子様の仮面を被るのも馬鹿らしい。
「……傷つく、ですか」
ベルは考え込むように俯いた。
「事実を知った方が傷つくと思うんです。それでも知りたいんですか」
「お前、それを心配してくれていたのか……?」
シェリルの心配ではなく、俺の? じわりと何かが胸に広がる。なぜだか、心がざわついた。
ベルは無感情にこくり、と頷いた。
「……お前優しさが分かりにくいと言われたことないか?」
「で。知りたいんですか」
ああ、さっきは感情が読みにくいと言ったが、今は分かる。多分、ベルはむっとしている。
可愛いところもあるじゃないか。笑いをこらえて話すように促す。
仕方ないですね、と呟いてベルは話し出した。
「シェリルはどうやら好きな人が出来たようで」
「!?」
さすがに衝撃を受けた。
「シェリルに好かれた世界一の幸せ者は馴染みの騎士です。彼も密かにシェリルを思っています。ああ、もちろん誰も及ぶことが出来ないほど優しいシェリルはそれで王子様と婚約を破棄するつもりなんてなく、想いを封じ込んで結婚するつもりだったんです。シェリルは天上から舞い降りた天使のごとくいい子ですから誰にもそんなことは打ち明けず、ひっそり耐えていたんです」
時折入るシェリルへの賛辞がベルらしい。
「……そういうことか」
「裏切ったわけじゃないんです。シェリルはちゃんと貴方に向き合うつもりでした」
その声音がどこか心配げに聞こえるのは、俺の都合のいい解釈だろうか。
「いや、気にするな。俺もシェリルを愛してあげられなかったから、シェリルは悲しかったんだろう。恋愛結婚に憧れていたしな」
情はある。シェリルのことは好きだ。けれどそれは恋愛感情では無い。
「だから」
ベルは心なしか緊張したように手を組み替えた。
「私と結婚してくれませんか。元々王家との約束は私たちのどちらかと結婚するというものでした。それは王子様の意志できまるものでしょう。私を選んではくれませんか。王子様がシェリルを好きでないのなら、王子様にとってはシェリルより条件はいいはずです」
ベルの言うとおり、もともとこれはどちらかを選ぶものだった。幼い頃に十七歳になってから決めろと言われていたのだ。
俺は最初、ベルを選ぶ予定だった。そもそも順当にいけば俺の婚約者はベルだ。禍の瞳の事も考慮されてどちらか、という話になったのだろう。
俺自身禍の瞳をなんとも思わなかったし、ベルにしようと決めていた。
だが。そのベル本人に言われたのだ。
『どうかシェリルを選んで下さい』
と。
俺はそれを受け入れた。
ああ、でも、そうか。
つい、ククッと笑う。今更気がついた。自分は鋭いと思っていたが、なかなか……。
「なあ、ベル。包帯を外してくれ」
「構いませんが……急にどうしたんです?」
「確認がしたいんだ」
ベルが包帯をとる間にカーテンを閉めた。急に光が入ってきてしまってはベルの目によくない。
「ありがとうございます。とりましたよ」
振り返れば真っ赤な瞳が目に入る。
「……やはり、綺麗だ」
随分遠回りをしてしまった。
どうやら、俺は鈍感らしい。
幼ながらに遠回しに断るベルの台詞はショックだったのだろう。そんな気持ちを誤魔化すためにベルを選んだことに何かと理由をつけていた。
……初めからそうだった。
俺は、この情熱を煮詰めた薔薇のような瞳に惹かれていたのだ。
「綺麗だ、なんておっしゃるのはシェリルと王子様くらいですね」
ベルは少し、笑みを浮かべた。
「ユーグ」
声に自然と甘さが宿る。
「ユーグだ、ベル。ユーグと」
きょとんとするベルとの距離をどんどん縮める。
「……はあ。ユーグ様?」
「それでいい」
包帯をとれば、ベルの感情はわりと分かりやすい。
ああ、楽しい。
多分、俺はいま艶やかに笑っているだろう。さて、ベルはどんな顔をみせてくれるだろうか。
「なあ、ベル?」
すぐ隣に腰掛け、肩に手を回して笑ってもベルは不思議そうにするものの頬を染めたりしない。
長期戦は覚悟しなければいけないだろうが、まあいい。
「好きだ。俺と結婚してくれ」
今度は、きっと間違えない。
お読みくださりありがとうございます!
リクエスト受けて書くことに憧れていましたが、難しいですね……。でも楽しかったです(^^)
友人からのリクエストは「求婚で始まって求婚で終わる話」「男性目線」「外面の良いヒーロー」でした。
後々、ベル視点の話を活動報告で小話としてかくかもしれません。