8話 疑念の正体
依頼達成から1週間程が過ぎた頃、メフィストが城に訪ねてきた。すぐに来れなかった理由は、ギルドの受付を辞める為の手続きと、傭兵募集の呼びかけで忙しかったからだそうだ。
その呼びかけには、今回の依頼達成も含まれており、おかげでかなりの兵士が集まった。
何でも、より強い者の配下になることは、冒険者にとって誉れとなるらしい。
「ドラゴン討伐なら尚更か……。で、今は何人くらいなんだ?」
「およそ150人です。苦労の甲斐がありましたよ」
「ああ、ありがとう。おかげで助かった」
「あの、メフィストさん……。その言い方はアスト様に失礼では?」
「おっと、これは失敬。ご無礼をお許し願います」
「いや、良いんだよ。フェリスも、あまり責めないでやってくれ」
「……分かりました。アスト様が仰るなら、仕方ないですね」
どうやら、フェリスとメフィストはあまり仲が良くないようだ。これから同じ城に住むのだから、もう少し仲良くしてほしい。
しかし、フェリスは俺を買い被り過ぎてはいないだろうか。俺はそこまで立派な人間ではないのだが……。
「とにかく、この調子で集めていこうか」
「はい。それはそうと、アスト様は領地を取り戻す為――つまり、民の為に兵力を集めているのですよね?」
「ああ。誰から聞いた?」
「フェリスさんからご説明して頂きました。それで、その後はいかがするのです?」
「その後? ……特に考えていないが」
「ほう。てっきり、人の民を貶めるのかと……」
「メフィストさん!? 貴方……アスト様に何てことを!」
「2人共、やめ――」
「しかしフェリスさん。普通、それが魔王としての務めでしょう?」
やはり、そうなのだろうか。あまり考えないようにしてきたが――考えたくないだけかもしれないが――魔王は人にとって、害悪にしかなれないのか。
「いい加減にして下さい! 貴方にアスト様の、何が分かるのですか!?」
「僕はただ……魔王がそういう務めだ、と言っただけです。論点をすり替えないで下さい」
「同じことです! 貴方はそれを、アスト様に仰ったのですから!」
「2人共、落ち着け! ……俺達はもう、仲間なんだ。争っても無意味だろ?」
慌てて仲裁に入る。このままでは両者共、退かないと思ったからだ。もっとも、単にこの険悪な雰囲気が嫌だったというのもあるが。
「……そうですね。その通りです」
「アスト様がそう仰るのなら……」
「それと、俺は人に危害を加えるつもりはない。あくまでも、俺は領地の民の為に動く」
「良かった……。流石はアスト様です」
「そうですか。僕はご意向に従いますよ」
ひとまずこの場は収まったので、俺は胸を撫で下ろした。
メフィストが人間には敵対的なのかと、少しだけ疑ってしまったが、どうやら違うらしい。しかし、妙な引っかかりがある。何だろうか……。
「……まあ良い。とりあえず、今日はもう解散だ」
そう短く告げて、俺は自室に戻った。
***
この1週間、俺は何もせずに過ごしていた訳ではない。兵の指揮系統を整えて部隊を編制したり、自分の能力について考えたりもした。
兵は大きく3つの部隊に分けた。
1つは進攻隊で、敵地に攻める役目を持つ、約60名程の部隊だ。
2つ目は防衛隊で、こちらは領地に常駐し、治安維持や敵の迎撃に備える、同じく約60名程の部隊だ。
最後は遊撃隊で、臨機応変な処置をする為に、決まった役割を持たない約30名程の部隊だ。
自分の能力については、今のところ光を集めて、より強い光として反射出来るとしか分かっていない。
具体的に何を、どこまで反射可能なのか。今後はそれらを明らかにすべきだろう。
「アスト様、いらっしゃいますか?」
「……フェリスか。いる、入って良いぞ」
「失礼します」
そう言いながら、フェリスは部屋に入ってきた。あれこれ考えていても仕方ないし、フェリスと話すのも良いだろう。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ……。その、先程は申し訳ありませんでした」
「先程? 何だっけ……」
「あのように騒ぎ立ててしまって……。お気を悪くされたでしょう?」
「ああ、別に良いよ。ただ……」
「……ただ?」
「フェリスは俺を買い被り過ぎだ。言っておくが、俺はそこまで出来た人間じゃないぞ」
思い切って言ってみたが、流石にまずかったか。フェリスは呆気にとられたような顔をしているが、すぐにいつもの真顔に戻った。
「そんな……。アスト様は、とてもご立派ですよ」
「……何故そう思う?」
「えっ? ええと……民の為にご尽力されているからです」
「メフィストの手前ああ言ったが、実際はフェリス……お前の為だ」
「それでも、ご立派です」
いつもより真剣な眼差しで言われ、思わず黙ってしまう。確かに動機はどうであれ、その行為自体は立派なのかもしれない――そう納得させられる程だ。
「そうだな……。上に立つ者が弱気じゃ駄目だよな。悪かった、もう大丈夫だ」
「はい……。良かった、いつものアスト様に戻って」
「いつもの? 戻った? ……どういう意味だ?」
「ええ。今日のアスト様は、どこか変でしたので……」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。原因は分からないが、何故か陰気になるというか、言い知れぬ疑念が生じてくる。
いや、これはもしや――
「アスト様、北の砦から兵士が来ました。いかがしますか?」
不意に、扉の外から声がした。その声の主はメフィストだ。
しかし、何の為に北の砦から兵士が来るのだろうか。それが分かれば、俺の疑念の正体が分かるのかもしれない。
「その兵士と話がしたい。用意を頼む」
「分かりました。すぐに済ませます」
「……行こうか、フェリス」
「は、はい!」
こうして俺達は、最低100年は使われていなかった謁見の間へと向かうことになった。
***
謁見の間は綺麗に掃除されており、100年もの間ずっと使われていなかったとは思えないくらいだ。
彼――その兵士は疲弊しており、今にも倒れそうだった。聞けば、北の砦で何度も敵に襲われ、命からがらここまで連絡に来たそうだ。
「ご苦労だった。俺はアスト――アスタロトだ」
「あ、貴方が……!? 良かった……。これで姫様は救われる!」
「……何があった? 報告を頼む」
「はい……! 報告します。北の砦が疑魔王の軍に襲撃を受けています! 現在はアスタリード様が交戦中です!」
「なっ!? 襲撃!?」
「はい……。お助け下さい! このままでは、姫様が……!」
「……お前はもう、休んでいて良い。後は俺に――俺達に任せろ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
「メフィストは……彼を寝室へ。それと、遠出の支度を」
「分かりました。お任せ下さい」
なるほど。思った以上に事態は深刻のようだ。今は俺の妹が交戦中らしいが、それもいつまで保つか分からない。
ここはやはり、迅速な対応が最重要だろう。
「フェリスは、先に遊撃隊を半分と進攻隊を向かわせてくれ。進攻隊は急襲、遊撃隊はアスタリード達の保護だ。それと、同じく遠出の支度もだ」
「はい! すぐに済ませます!」
兵士はこれで良い。問題は敵の戦力だが……。今はそんなことを考えている場合ではない。
不安と焦燥感を抱きながら、俺は支度を急ぐ。