6話 ドラゴンとの対決
あれから弁解をするのに、30分程かかった。時間で言えばそれ程でもないのは、フェリスが先を急ぐことを優先してくれたからだ。ひとまずフェリスに感謝しよう。
「ところでアスト様、その……昨日、何かありましたか?」
「昨日? 何かって?」
「いえ、アスト様にネックレスを頂いた後の記憶がなくて……」
(それは覚えていてくれたのか……良かった)
「……いや、普通にそのまま寝ただけだよ」
「本当ですか? ……私、何か変なことしませんでした?」
「え? ……いや!? 本当に、何にもないって……」
「何故そんなに動揺しているのですか? 私は酔ってしまうと、少々悪い癖が出るようで……心配していたのです」
「それであんな態度を……あ、いや、大丈夫だ。何もなかったから」
「……まあ、良いでしょう。さ、急ぎましょうか」
フェリスはまだ疑ってはいるが、この話はこれで終わりのようだ。あの態度がただの酒癖なのは少し残念だが、何よりも大事にならなくて良かった。
とりあえず、今は洞窟を目指すことに集中するとしよう。
***
どうやら洞窟は森の中にあるらしく、順調に進むことが出来ればすぐ着けるそうだ。
だが、それはあくまでも順調に進めればの話で、実際の所そう上手くはいかないようだ。
「それにしても……随分と木が多いんだな」
「ええ。そのせいか、ここに来る人は大抵迷うそうです」
「なるほど……そういうことか」
確かに、これだけ似たような景色が続いていれば、迷うのは当然だろう。しかし、そういう場合の対処法は前世で聞いたことがあった。
「どうしましょうか……」
「木に印を付けていこう。それも、なるべく1つ1つ違う形で、だ」
「なるほど……流石はアスト様。博識ですね」
「今までこういう発想はなかったのか?」
「そもそもここに近付く人が少ないですし……それに、印を付けたとしても、同じ形にする人がほとんどですから」
「で、混乱して迷うと。それじゃ明らかに無意味だろうに……」
そう言いつつ、俺は腰に帯びている両刃の剣に手を伸ばした。そして、抜刀と共に木に印を付ける――つもりでいたが、力加減を間違えた。木を丸々1本、切り倒してしまった。
しかし、驚いた。まさか、この体がここまで力が出るとは。僅かな力だけつもりだったが、それだけで木を1本切ることが出来たのだ。
「アスト様、お見事です」
「……あ、ああ」
「さ、この調子で進みましょう?」
「……そうだな。この調子、だな」
俺は苦笑を浮かべながら、次の木へと向き直った。
***
木は5本おきに印を付ける予定だったが、最初の10本程を犠牲にした。
だが、その後コツを掴み、幹の半分程度までに切れ込みを抑えられるようになった。いや、ここは前向きに考えよう。
そう、こんなに目立つ印なら、迷うこともない。
「少し休憩しますか?」
「いや、まだ大丈夫だ。フェリスは大丈夫か?」
「私は休ませて頂いていますから……アスト様ばかりに押し付けてしまい、申し訳ありません」
「良いんだよ、フェリスは色々やってくれてるから。せめて少しくらい休んでもらわないと」
フェリスは凄く働き者だが、働き過ぎている気がする。ならば、俺が出来ることは俺がやるのが一番だ。
お互いがお互いの為に行動出来る、そんな関係が理想的だ。
しかし、全く進んでいる気がしない。これもまた、この森の性質なのだろうか。
時計があるのがせめてもの救いだろう。
「もうすぐお昼ですが……どうします?」
「もう昼か。じゃあ、昼食から済ませようか」
そして俺達は、若干早い昼食の用意を始めた。
***
昼食も相変わらず美味かった。毎日これなら、俺はきっと頑張れる。
その思いとは裏腹に、俺は現状を憂いている。洞窟に近付いている実感が湧かないからだ。
行けども行けども、あるのは木ばかりで他には何もない。それが尚更、同じ場所を何度も巡っているように錯覚させる。
「アスト様? ……大丈夫ですよ。進んでいないように見えても、意外と進んでいたりしますから」
「何でもお見通しか……流石はフェリスだな」
「当然です。私はアスト様の側近ですからね」
「……ああ、ありがとう。そうだな、大丈夫だよな」
フェリスは励ましてくれたが、まだ気が晴れない。どれだけやっても成果が見られないのは、かなり辛いものだ。
1人だったら、もう駄目だっただろう。だが、俺の隣にはフェリスがいる。支えてくれる人がいるのだ。
「きっと、もう少しですよ……」
「ああ……もう少し、もう少しだ」
そして俺達は、ついに辿り着いた。大量の木々に覆われた洞窟の入り口に。
だが、何かがおかしい。まるで、木が洞窟を守っているような感じだ。否、確実に守っている。何故なら俺は今、その木々に一斉に睨まれたからだ。そう、こいつは――
「お気をつけて! トレントです!」
「やっぱりか……だが、勝てない敵じゃない!」
言うが早いか、俺は深く、鋭い踏み込みをした。瞬く間に距離を詰める。前世では、まず間違いなく出来ない動きだ。そして、音もなく剣を抜き放ち――両断。まさしく、この言葉が相応しいだろう。
「す、凄い……」
「怪我はないか?」
「ええ……その、とても格好良かったです」
「そうか? それは照れるな……」
斬撃は刃の届かない場所まで飛び、その場にいた全てのトレントを豆腐のように切り裂いた。
これが、魔王の力なのだろうか。楽観的に考えていたが、もしかすると俺はとんでもない者に転生してしまったのかもしれない。
力は使い方次第で、どうとでもなる。誤った使い方をすればただの暴力となってしまう。
だからこそ俺は、この力を上手く使わなければならない。
「では……行きましょうか」
「……ああ!」
俺は必ず、この力でフェリスを守り抜く。そう考えながら、洞窟へと進んだ。
***
洞窟の中は薄暗く、少しじめじめしている。近くに水源でもあるのだろうか。それに、壁に水晶のような物もあり、ほのかに光っている。
「神秘的ですね……」
「そうだな……あの光景程じゃないが」
「あの光景?」
「あ、いや! ……な、何でもないよ」
「……そうですか」
危ない所だった。フェリスが水浴びの件を思い出せば、また怒られてしまうかもしれない。余計なことを言うものではないな。
しばらく進んでいると、巨大な――俺の城程ではないが――湖が見えてきた。ここが最奥部だろうか、これ以上は進めそうにない。
今のところ、ドラゴンらしきものには遭遇していないが――
「なあ、ドラゴンいなさそうだな?」
「ええ……何か、見落としはないでしょうか」
「俺の経験則で言えば……上だ!」
そう言って、勢い良く上を見た。ああ、これで何もなければ恥ずかしいな――いや、何もない方がむしろ良かった。だが、気付いた所で後の祭りだ。
奴は、そこにいた。壁に出来た空間に上手く身を潜め、こちらを睨んでいる。まさか、本当に上にいるとは。
「嘘……!? どうしてあんな所に!?」
「落ち着け、フェリス! 奴から目を離すな!」
「あ……は、はい!」
「来るぞ、俺の後ろに隠れておけ!」
奴は翼を広げてその巨躯を見せつけ、ゆっくりとこちらに降りてきた。奴が近付いてくることで、その全貌が明らかになる。
揺らめく炎のような赤い鱗、研ぎ澄まされた牙と爪は赤黒く、これまで葬られた獲物の怨念が宿っているように見える。
「あ、アスト様……」
「大丈夫だ。フェリスは必ず、俺が守るから」
「……はい、信じています」
俺の命は、もはや俺だけのものではない。もしここで俺が倒れてしまえば、フェリスもやられてしまう。だからこそ、ここで退く訳にはいかない。
俺は額に浮かぶ脂汗を拭い、ドラゴン――奴に向き直る。奴は俺を見下ろし、口から炎を、まるで吐息のように吐き出している。
静かな時間が過ぎていく。だが、これは単なる沈黙ではなく、互いの出方を窺っているのだ。
こちらの武器は剣だが、奴にとっての武器は牙と爪だろう。
そして俺は、静かに抜刀した――刹那、奴は口を大きく広げながら飛びかかってきた。恐らく、奴は馬さえも丸飲みにしてしまうだろう。
俺は即座に奴の牙を剣で弾き、軌道を反らした。
「くっ……馬鹿力が!」
「やはり、戦いづらいのでは……!?」
「何てことはない……! それより、怪我は?」
「はい、大丈夫です……」
「そうか、良かった!」
奴は素早く頭を振り、今後はその勢いを利用して爪を繰り出してきた。俺は咄嗟に剣を構え、それを受けた。
金切り音が周囲に響き、接触面からは火花が散っている。俺は腹に力を込めつつ、身を翻して爪を折った。
「爪が……!?」
「まだだ、気をつけろ!」
一瞬後退したかのように見えたが、奴は見かけによらぬ鋭敏さで体を回転させ、鋭く太い尻尾を槍のように突き出してきた。
俺は渾身の力を振り絞って突きをし、奴を迎え撃った。俺の剣と奴の尻尾、それぞれの先端部がぶつかり合い、爆音が鳴り響いている。
力では及ばないのか、徐々に押され始めた。しかし、こちらも退く気はない。曲がりかけていた腕を伸ばし、剣を突き出す。
「よし……もう少しで!」
「あ……危ない!」
「ッ!? がッ――」
意識が飛びそうになる。気付けば、奴の尻尾が俺の脇腹を捉えていた。俺はそのまま宙へ浮いて、壁に叩きつけられた。
「アスト様! あ……」
(まずい……! フェリスが危ない!)
すぐにそう思ったが、思うように体が動かない。何とか目だけ動かしてフェリスの方を見ることが出来た。
フェリスは俺の方を心配そうに見ているが、もうすぐそこまで奴が迫っている。このままでは、フェリスがやられるのも時間の問題だ。
「アスト様……私は……」
(約束しただろ! 守ってやるから、そんな諦めたような顔するなよ……!)
そんな声にならない叫びは、フェリスには聞こえない。だが、聞こえなくても良い。しっかり守れば、それで良い。その為には、奴を――
「《貫け》……!」
全力で、ようやく振り絞ったその言葉は、意味を持たないもののはずだった。だが、何となく意味がある気がして、思わず叫んでいた。
声と共にかざした俺の手は光を集め、その光は奴に向かって放たれていた。
そしてそのまま直進し、奴を頭から尻尾まで、完全に貫いた。奴は数秒のラグの後、力なく倒れた。
「アスト様……? しっかりして下さい!」
「フェリス……守れて、良かった……」
フェリスの無事を確認して気が抜けたのか、俺はすぐに意識を失った。