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魔王代行の理想郷  作者: 瀬川裕
第1章 魔王アスタロト
6/12

5話 フェリスと野宿

 俺達は今、何もない平原で馬を走らせている。ルフナを出てから、まだ1日も経っていない。

 ここを抜ければ森に着くらしいので、今日中には平原を出たい。


「フェリス、馬は平気か?」

「手綱を握っているのは私ですから……アスト様こそ、大丈夫ですか?」

「まあ、そうだな。俺は平気だ」


 俺達は、2人で1頭の馬に乗っている。当然のことのように、俺は前――ではなく、フェリスの後ろだ。

 俺は乗馬ができないので、仕方のないことだ。少し残念だが。


「ただの平原ですから、すぐに抜けられます。少しの辛抱ですよ。ね?」

「そうだが……何か、情けないだろ?」

「そんなことないですよ。私は側近なのですから、もっと頼って下さい」

「……分かったよ。じゃあ、お言葉に甘えよう」


 そう言いつつ、俺はフェリスの腰に手を回した。そして、その小さな背中に身を預けた。

 柔らかくて、とても気持ち良い。それに、花のような良い香りもする。


「あの……アスト様? 少し、くすぐったいのですが……」

「もう少しだけ……少しで良いんだ……」

「……アスト様? もしかして……」

「…………」

「もう……ふふ、子供みたいですね」


 温かく、柔らかい感触の中で、俺の意識は深い闇に落ちていった。


                    ***


 何かに頬を撫でられた感触で、目が覚めた。一体、何だろうか――とても優しい感触だったが。


「ん……ここは、どこだ……?」

「お目覚めですか? 森に着きましたよ」

「森……?」

「もう、寝ぼけているのですか?」


 先程の感触の正体は、フェリスだったようだ。フェリスは倒れた丸太に腰掛け、俺はフェリスの膝を枕にしていた。


「寝ぼけ……しまった!? 俺は、寝ていたのか……ごめん」

「いえ、良いんですよ……それより、もう夜ですね。今夜は、ここで野宿にしましょうか」

「ああ、そうしようか」


 俺は慌てて体を起こしつつ、フェリスと野宿の準備を始めた。

 しかし、俺は野宿が初めてで不手際も多く、ほとんどフェリスにさせてしまった。後でしっかり労っておこう――例の物もあるから、丁度良いだろう。


「準備は終わりましたね。では、私は夕食のご用意をします」

「ああ……何か手伝えることはないか?」

「いえ、大丈夫ですよ。お気遣い、ありがとうございます」

「そうか? じゃあ、俺は飲み物を用意しておくよ」


 そう言って、俺はリュックからワインを取り出した。水では、腐るかもしれないからだ。酒は初めて飲むから、少し不安だが。


「もう少しかかりそうです……申し訳ありません」

「いや、気にしないでくれ。やっぱり、俺も手伝うよ」

「あ……ありがとうございます」


 フェリス程ではないが、こう見えて、料理には自信がある。前世でよく作っていたからだ。そういう意味では、前世に感謝しよう。


「そういえば、酒は飲めるんだよな?」

「ええ……弱い方ですが」

「大丈夫か? ……早く言えば良かったのに」

「申し訳ありません……ですが、ある程度なら大丈夫ですよ」

「そうか……なら良いけど」

「できましたね……では、頂きましょうか?」

「ああ。それじゃ、いただきます!」


 やはり、フェリスは料理が上手い。一応、小鍋を持ってきていて良かった。

 フェリスは、その小鍋とワインで干し肉をローストし、食べやすい柔らかさにしてくれた。味も良く、ワインの芳醇な風味が食欲をそそる。


 急いで食べる俺とは裏腹に、フェリスは優雅に食べている。1つ1つの動作に品があって美しい。

 俺の視線に気付いたのか、フェリスもこちらを見た。そして、目が合った――が、すぐに反らされた。何だか寂しいが、仕方がないとしよう。


「ごちそうさまでした! ふぅ……美味かった」

「ふふ、お粗末様でした。足りましたか?」

「ああ……もう食べられない。じゃあ、ゆっくり食べてて良いから」

「それは良かった……では、お言葉に甘えて」


 あまりにも美味しかったので、あっという間に食べ終わった。流石に早く食べ過ぎたか。

 だが、フェリスはまだ食事中だ。フェリスは食事中の会話を嫌う為、俺はワインでも飲みながら待つことにした。


 よく考えてみれば、夜に美女と2人きりだ。前世の俺なら、想像もできなかっただろう。

 だが、俺はフェリスに手を出すつもりはない。フェリスは側近であって、奴隷ではないのだ。 


「ごちそうさまでした。では……片付けますね」

「ああ。俺も手伝うよ」

「ふふ……アスト様は優しいですね」

「そうか? 普通だと思うけどなぁ……」

「いえ、私には分かりますよ……アスト様が、とても素敵な方だって……」

「ふぇ、フェリス……? 急にどうしたんだ?」


 何てことだ。フェリスがおかしくなってしまった。

 頬を紅潮させ、普段は言わないようなことを言っている――ということは、酔っているのか。


 そこまで飲んでいたようには思えないが、フェリスは酒には弱いらしい。あのような少量でも酔ってしまうくらいの弱さとは、思っていなかったが。


「アスト様……お話ししたいことが、あるのでは……?」

「え? あ、ああ……」


 酔っているはずなのに、何故分かるのだろうか。それとも、そこまで酔っていないだけなのか。

 いや、フェリスのことだから、恐らく酔う前から分かっていたのではないか。単に、今言っただけで。

 いずれにせよ、これはチャンスかもしれない。


「あのな、フェリス……その、いつもありがとう。良かったら、これを受け取ってくれ」


 俺はそう言いながら、以前買ったネックレスを渡した。思えば、女性に贈り物をするのはこれが初めてだ。

 恐る恐る、フェリスの顔を見る。相変わらず頬を紅潮させているが、酔いなのか喜びなのか分からない。


「これって……」

「ああ。道具屋でずっと見てただろ? それで、その……喜んでくれたら良いなって思ったんだ」

「アスト様……私なんかの為に……」


 フェリスは、その水色の瞳を潤ませ、こちらを見つめている。喜んでくれているのだろうか。もしそうなら、俺は本望だ。


「フェリス……その、どうだ?」

「こんなに嬉しいのは……初めてです! アスト様……貴方が私のご主人様で、本当に良かった!」

「ちょっ……!? ふぇ、フェリス!?」


 フェリスは突然、俺に抱きついてきた。とても柔らかくて、気持ちが良い。それに、とても温かい。

 できることなら、ずっとこのままでいたいが、そうもいかないだろう。


「えっと……フェリス、お、落ち着こう。な?」

「私は落ち着いていますよ……アスト様こそ、お顔が真っ赤ですよ?」

「なっ!? そ、そんなはずは……」


 確かに、今の俺の顔は赤いだろう。先程から鼓動がうるさい。きっと、フェリスにも体温と共に伝わっているはずだ。


(間違いなく劣勢だ。何とかしてフェリスを落ち着かせないと……酔った勢いでとか洒落にならない!) 


「アスト様……どうしました?」

「フェリス、とりあえず、離れよう」 

「私のこと、嫌いなんですか……? くっつくの、嫌なんですか……?」

「……!? い、いや! そんなことはない!」


 フェリスが今にも泣きそうだった為、離れることはできなかった。こんなフェリスは見たことがない。

 しかし、意外だ。この状態自体もそうだが、てっきりフェリスは俺のことが嫌いなのだと思っていた。この様子からすると、どうやら違うらしい。


「嫌じゃないなら……良いですよね? アスト様……」

「そういう問題じゃ……」


 耳元で囁かれ、思わず理性を失いそうになった。だが、何とか堪えることができた。

 だがこのままでは、俺の理性が失われるのも時間の問題だ。ここはお互いの為に、何とかしなければならない。


「アスト様……私のこと、好きですか?」

「ッ!? いきなり、どうした……?」

「答えて下さい! 私は……貴方のことが……」

「フェリス……俺は、お前のこと……フェリス?」

「……うぅん……」

「寝た……のか? このタイミングで!? まじかよ……」


 どうやら、フェリスは寝てしまったようだ。間が悪いというか、何だか複雑だ。

 だが、これで良かった気もする。寝袋を用意してフェリスを寝かせてやり、俺は別の寝袋に寝た。


                    ***


 木々の間から射す光が眩しくて、目を覚ました。どうやら、もう朝になったらしい。

 俺は眠い目を擦りつつ、寝袋から出た。隣にあった寝袋には、既にフェリスはいなかった。しかし、まだ温かく、寝袋を出てからあまり時間が経っていないことが分かる。


「フェリス? どこに行ったんだ……」


 辺りを見回しても、フェリスはいなかった。恐らく、そう遠くに行っていないだろう。俺は眠気を覚ます為にも、フェリスを探しにいくことにした。


 幸いにも地図を持っており、近くには川があることが分かった。まずはそこで、顔でも洗うとしよう。

 距離で言えば、歩いても2、3分程度の為、そう時間はかからないだろう。


「嫌な予感がするな……何だろうか、前にもあったような……」


 そう思い、俺は足を早めた。 


                   ***  


 川に到着した。流れは穏やかで、水も澄んでいて綺麗だ。何より、美女が水浴びを――


「フェリス……!? まずい、隠れないと……」


 俺は、咄嗟に身を隠した。フェリスがそこで、水浴びをしていたからだ。

 雪のような肌と綺麗な川の光景が、何とも神秘的だ。だが、覗くような形になってしまった。本当に、そんなつもりではなかったのだが。


(身を隠すとは言っても、何もないからな……隠せていないだろう)


「はぁ……アスト様……」

「えっ!? 見つかった……?」

「あ、アスト様!? どうして……?」


 この反応からするに、気付いていなかったのだろうか。では、何故あのとき俺の名前を読んだのか。

 いずれにせよ――俺は間違いなく、かなり怒られるだろう。


           

 

    

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