4話 ギルドの依頼
あれから3日経った。僅かではあるが、兵士も集まりつつある。もっとも、ほとんどは城の兵士だと説明すれば帰ってしまったが。
やはり、長い間領主が留守で、敵から侵攻されているのでは求心力もないのだ。そう割り切り、地道に集めていこうと思う。
「今は何人くらい集まった?」
「はい……10人程です」
「心もとないな……分かった、ありがとう」
フェリスに確認を取りつつ、次の手立てを考える。恐らく、このままではまともに集まらないだろう。さて、どうしたものか――
「そういえば、お聞きしたいことがあるのですが」
「ん? ああ、何だ?」
「どうして領地を取り戻そうと思ったのですか? 失礼ですが……私はアスト様が、現状維持をお望みなのではと思っていたのです」
「何でだろうな……多分、フェリスが悲しそうだったからだと思う」
俺はゆっくりと――自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「領地や兵力の話をしたとき、俺にはフェリスが……とても、悲しそうに見えた。だから、何とかしないといけないと思ったんだ」
「そう……ですか。その、ありがとうございます」
そうだ。俺はフェリスの為にも、しっかりしなければならない。改めて、そう決意した。
***
その日の内に、俺達は再びルフナに行くことにした。掲示板だけでは効果が薄く、このままでは兵士が集まらないと考えたからだ。
ルフナに到着したのは、昼下がりだった。目的は掲示板――ではなく、その隣のギルドだ。
フェリスに聞いたところ、ギルドではやはり依頼などが募集されているらしい。そこを上手く使えば、きっと兵士も集まる――気がする。
「フェリス、少し買い物でもしないか?」
「買い物ですか? しかし……」
「そう急ぐこともないだろう。大丈夫だから、俺を信じてくれ」
「アスト様……! は、はい! さ、行きましょ?」
フェリスがやけに上機嫌になったが、喜んでくれるのなら俺も本望だ。
しかし、この前から何か引っかかる。フェリスの様子が変だからだろう。時折俺を見ながらぼんやりしているし、俺の発言に対する反応もかなり大きい。
もしかすると――俺は知らずのうちに、フェリスを怯えさせていたのだろうか。そのようなことをした覚えはないのだが、した方は忘れていても、された方は覚えていることが多い。単に、俺が忘れているというだけなのかもしれない。
(これからは……もっと気をつけないといけない)
「ええと……フェリス、どこに行こうか?」
「そうですね……では、道具屋に行きましょう」
「あ、ああ……!」
「どうしました? ……ふふ、変な人ですね」
しまった、不審に思われたか。自然に振る舞おうとしたつもりだったが、むしろ不自然だったようだ。やはり、余計なことはしない方が良いな。
あれこれ考えていると、いつの間にか道具屋に着いていた。大きな店構えで、この辺りでは一番の道具屋らしい。外装も内装も綺麗で、品揃えも良い。
「なるほど……良い店だな」
「そうですね……こういう店はお好きですか?」
「ああ、まあな。フェリスはどうだ?」
「私は……好き、ですよ」
「そうか。なら良かったよ」
(今の間は何だったんだ……?)
フェリスの言葉に違和感を抱きつつ、俺は商品を見て回る。
「わぁ……これ、良いなぁ……」
「何見ているんだ?」
「ひゃぁ!? あ、アスト様……驚かせないで下さい!」
「え? あ、ああ……すまん。で、何見ているんだ?」
「え? ……いえ! 何でも、ないんです……」
「そうか? ……まあ、良いけど」
(あのネックレスが欲しいのか……後で買っといてやろう)
一通り見てから、俺は時計を買った。一度フェリスには店の外で待ってもらい、こっそりネックレスも買った。勿論、後で驚かせる為だ。
「お待たせ。じゃあ、行くか?」
「はい……他に何か買ったんですか?」
「いや、何も」
「そうですか……」
フェリスが残念そうにしているが、今はまだ言わないでおこう。その方が、後からの喜びが大きいだろうからな。
***
ギルドに到着した。
中には冒険者風の者や魔術師風の者などがいた。しかし、人間は1人もいない。ここは魔族の領地なのだから、当然のことではあるが。
「ここも割と活気があるな」
「そうですね……依頼を探しましょうか」
「ああ……とりあえず、受付に行こう」
俺達は人混みをかき分けて、受付へと向かった。
受付には、聡明そうな青年がいた。長身痩躯で、さらりとした黒髪。目が悪いのだろうか、眼鏡をかけている。
「こんにちは。ご依頼をお探しですか?」
「ああ。すまないが、まだ依頼を受けたことがなくてな。種類を教えてくれるか?」
「はい。依頼は大きく分けて3つ――採取と狩猟と、捜索です」
「ああ……他2つは分かるが、捜索は何をするんだ?」
「捜索は行方不明の人やペット、道具、犯罪者などを探すものです。場合によっては、犯罪者は見つけ次第、その場で捕らえて頂くことになります」
「なるほどな……分かった。ありがとう」
さて、どうしたものか。手っ取り早くて効率が良いのは、狩猟だろう。しかし、危険性については不安ではある。
もっとも、魔王の力ならそんじょそこらの敵には負けないだろうが、油断禁物だ。
「アスト様、何にしましょう?」
「ああ、狩猟で良いか?」
「私は良いですよ……信じていますからね」
「……ああ、そうだな! じゃあ、依頼を見せてくれ」
「はい。では、まずはチーム登録と同意書にサインをして下さい」
チーム登録か。やはりそういうものがあるか。
しかし、同意書とは何だろうか――
「なあフェリス、チーム名はどうする?」
「そうですね……名前から取れば良いのではないでしょうか?」
「そうだな……じゃあ、アスフェで」
「……! 私の名前も……よろしいのですか?」
「勿論、良いよ。2人のチームだからな」
「アスト様……ありがとうございます!」
そんなやり取りをし、チーム名を決めた。後は同意書か。
「チーム名アスフェ……リーダーはアスト様でよろしいですか?」
「ああ。そういえば、ランク制限とかはないのか?」
「ランク制限? いえ、ありませんよ。その為の同意書ですから」
「なるほど、やっぱりか……書類はこれで良いか?」
「サイン確認……はい、これで登録完了です」
予想していた通り、同意書は『何が起きても当ギルドは一切責任を負えない』という内容だった。何でも、任務達成の効率性を求めた結果らしい。
「じゃあ早速、狩猟を頼む」
「では、ランクをお選び下さい」
「ああ――」
ランクは下から順にC、B、A、Sというものだった。内容は状況によって異なるそうだ。
今はCがゴブリン。
Bがトレント。
Aがトロール。
Sがドラゴンとなっているらしい。
AとSで難易度が違い過ぎる気がするが、これも状況によるのだろうか。何にせよ、迷うこともない。
「なら、ドラゴンを頼む」
「ドラゴンですか? ……あまり、お勧めはしませんよ」
「ああ、大丈夫だ。必ず達成してくる」
「……分かりました。では、お気をつけて」
不安そうな青年を残し、俺達はギルドを後にした。
***
ドラゴンは、ルフナから東へ行ったところにある洞窟にいるらしい。人里離れた場所で、馬でも2、3日はかかるそうだ。
途中で野宿をしながら向かうのが無難だろう。俺は恐らく平気だが、フェリスは大丈夫だろうか――
「野宿することになるだろうけど、平気か?」
「私は大丈夫ですよ。アスト様の為ならば……」
「……? そ、そうか」
少し不安なことがある。もしかするとフェリスは、俺の提案は聞かなければならないと――命令だと思っているのだろうか。
だとすれば、フェリスに無理をさせている可能性もある。これからはより一層、フェリスを尊重しよう。
「では、食料の用意もしましょうか」
「ああ、是非行こうか!」
「……急に、どうしましたか?」
「い、いや……さ、行こう」
「は、はい……」
フェリスに訝しまれたが、それは仕方のないことだ。俺は全力で、フェリスを大切でしなければならない。それでフェリスに報いることができれば本望だ。
こうして俺達は、市場に向かった。
***
市場は相変わらず、活気があった。しかし、まだ違和感がある。人は多いのだが、何かが足りない。一体、何だろうか――
「ここ、人は多いんだよな……」
「ええ。ですが、皆さんの表情は暗いですね……」
「表情? そういえば、そうだな」
なるほど、どうやら違和感の正体はそれのようだ。人は多く活気があるように見える。そう、見えるだけなのだ。実際は誰もが暗い表情で、まるで何かを諦めているかのようだ。
「やはり、不安なのでしょうか……」
「……早く何とかしないとな」
「アスト様……はい! 私はこれからも、アスト様を支え続けますね!」
「頼もしいな。それじゃ、よろしく頼む」
俺達は、互いに信頼を深めることができた。こうして少しずつでも、フェリスとの距離を縮められれば良いと思う。
「では、何を買いますか?」
「なるべく、長く保存できるものが良いな。例えば……乾物の類とか」
「でしたら、干し肉などでしょうか」
「そうだな、買い集めていくか」
「ええ。ですが、買い過ぎると荷物になりますから……程々にしましょう」
「ああ、確かに。気をつけるか」
必要最低限の物を買い、俺達はルフナを出た。これから起こることに、期待と不安を抱きながら。