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魔王代行の理想郷  作者: 瀬川裕
第1章 魔王アスタロト
4/12

3話 現状と今後の方針

 転生が夢だったのではないかとか、今後どうすべきかを考えていたせいか、昨日はすぐに眠れなかった。

 だが、転生が夢というのは杞憂に終わった。それは良しとする。


 しかし、もう1つ切実な問題がある。俺の寝室は窓がなく、日が射し込まない。何が言いたいのかというと、時間の感覚が麻痺してくるのだ。

 この世界自体は時計があるらしく、フェリスと食事をしたときも見かけたが、あいにく俺の寝室にはない。恐らく、今まで必要なかったからだろう。


「目が覚めたのは良いけど……今がまだ夜なのか、それとももう朝なのかもわからないな」


 せめてそれさえわかれば良いのだが、それすらもわからない。故に、行動しづらいのが一番の問題ではある。

 フェリスには昨日、8時頃起こしてくれと言っておいたから、少なくとも起きるにはまだ早い時間だろう。


「せっかく早起きしたみたいだし……部屋でも見てまわるか」


 俺はまだ城の内装をほとんど把握していないので、ある意味丁度良かったのかもしれない。それに、別の部屋には時計もあるからという目的もある。


 だが、フェリスとすれ違うのも面倒なので、時間次第では早く戻るとしよう。そう考えつつ、俺は部屋を出た。


                    ***


 廊下はひっそりと静まり返っている。窓から射し込む光は少なく、まだ薄暗い。見たところ、まだ4時か5時くらいだろう。

 やはり、起きるには少し早かったか。だがたとえ早くても、部屋を見てまわることに時間を使えば良いだけの話だ。とは言っても、さすが魔王の城というだけあって、かなり広そうだ。


「どうせ全部は見終わらないだろうし……この階だけにしておこう」


 今いる階が何階かはわからないが。だが、窓から外を見たら、まあまあ高い位置にあることは分かった。

 いつも思うが、どうして位の高い人が、部屋も高い位置と決められているのだろうか。どちらかと言えば、高い位置の方がいざというときに逃げづらいだろうに。


「まあ、魔族なら飛んで逃げれば良いのか……俺は翼がないが」


 そう、俺はまだしも、何故かフェリスすら翼がない。普通、魔族というものは翼があるのだと思っていたが、違うのか。それとも、単に収納しているだけなのか。ついでに言えば、角などの類もないが。とりあえず、そういうのは今度、フェリスに聞いておくとしよう。


「広い部屋に出たな。確か、ここは……」


 長机の上に、燭台が置いてある――昨日、フェアと食事をした部屋だ。昨日とは違い1人だった為か、着くまでが長かったように思える。


 時計を見たが、やはり4時頃だった。目的を1つ果たしたので、ひとまず部屋を見渡すことにした。

 どうやらこの部屋は、4つの部屋に繋がっているようだ。昨日、フェリスと別れた後、フェリスは右手側の扉へ進んでいったので、恐らくその先に部屋があるのだろう。


「待っているのも退屈だし、行ってみても良いだろうか……いや、さすがにフェリスに悪いか……?」


 それから1分程悩んだが、結局俺は好奇心に勝てなかった。先が見通せない程長く続く廊下を、俺は1人進む。


                    ***


 やはりこの廊下も、ひっそりと静まり返っている。この様子だと、フェリスはまだ起きていないのだろう。だが、フェリスを責めることなかれ。俺が早起きし過ぎたのが悪いのだ。それに、俺の方が早起きだったのなら、俺がフェリスを起こしてあげれば良いだけの話だ。


「しかし、部屋数が多いな……どこがフェリスの部屋なんだ?」


 もしかしたら、通り過ぎてしまったのかもしれない――そんな不安が、俺の頭をよぎる。

 だがこの不安は、すぐにかき消された。なぜなら、この体はどうも気配に敏感らしく、誰かがいればすぐに気づくことができるからだ。


 今のところすぐ近くに気配は感じられないので、このまま歩き続けても良いだろう。

 

                    ***


 あれから歩き続け、もう5分程経っただろうか。


「フェリスはこんな遠い道を往復していたのか……やっぱり、理想的な側近だな」


 などと感心していると、ようやく気配を感じられるようになった。目の前の扉の奥で、ごそごそと音がしている。きっとこの部屋に、フェリスはいるのだろう。そう思い、俺は扉を開けた――無遠慮に、開けてしまった。


「フェリス、起きているか――」

「あ、アスト様!? まだ……ね、寝ているはずでは……」


 フェリスは――着替えていた。コルセットを着ようとしていたようだが、顔を真っ赤にして手を止めている。それにより、白い下着が露わになっている。そこには、吸い込まれそうな深い谷があった。


(そんなこと考えている場合か!? 落ち着け俺……ここは、先手必勝だ!)


「あの、アスト様――」

「フェリス……き、着替えづらそうだな。手伝うよ」

「……え? 今、何と……」

「コルセットは1人で着るの大変だろ? だから、俺が手伝うって言ったんだ」

「な……ほ、本気ですか!?」


 まずい、言葉を間違えたか。心なしか、フェリスの澄んだ空のような瞳が、俺を睨んでいるように見える。羞恥とも怒りともつかぬ表情だ。こんなとき、どうすべきか――


「あ……フェリス、その……」

「……本気ですか?」

「……すまん。冗談だ」

「それなら、良かったです。では、また後程」

「あ、ああ……。また、後で」


 俺は逃げるように部屋を出た。確かに、あまりにも軽率過ぎた。以後、気をつけるとしよう。


                    ***


 フェリスが着替え終わった後、俺たちは、食事場に向かうことにした。朝食がまだだったからだ。


「あ、あのさ」

「……何ですか?」

「怒ってる、よな?」

「……いいえ、怒っていませんよ」


 口ではそう言っているが、明らかに怒っている。はっきり言えば、悪いのは俺だ。ちゃんと謝っておかなければならないだろう。


「フェリス……その、さっきはごめん」

「あ……い、いえ。その、私こそ……申し訳ありません」

「え? 何故フェリスが……いや、フェリスが謝ることはない」

 

 一応、許してはもらえたが、今後はもっと気をつかうべきだろう。今のところ、この城ではフェリスと2人きりなのだから。


                   ***


 朝食を済ませ、今後について話し合おうと提案したところ、フェリスは快諾してくれた。具体的には、領地や兵力の状況、それに応じた活動方針についてだ。


「まずですね……兵力はほぼ北の砦に結集し、領地は半分程を失いました」

「失った?」

「はい……疑魔王(ぎまおう)ソネイロンの侵攻の影響です」

「ソネイロンか……確か、8階級だったか?」

「以前はそうでした。ですが、現在は7階級です」


 一体、どういうことなのだろうか。俺が前世で記憶していたことと、色々異なる点があるが――


「なら……現在の8階級は俺なのか?」

「その通りです。恐らく、アスト様の魔王としての力は……かなり衰えているかと」

「だろうな……5階級から、随分と落とされたものだな」

「ご存知なのですか?」

「ん? ……ああ、一応な」


 何となくだが、前世についてはまだ話さない方が良いだろうと思う。時がくれば、フェリスにも話すとしよう。


「アスト様……今後は、いかがしましょう?」

「そうだな……まずは、国力を高めよう。兵士を集める必要がある」

「わかりました。では、呼びかけを行いましょうか?」

「ああ、頼む。それから……今度で良いから、北の砦にも行こうか」

「そうですね。それが良いでしょう」


 こうして、今後の方針が決まった。まずは兵士を集め、軍を編成する。領土奪還は、それからでも遅くはないだろう。


「そういえばフェリス、この領地に街とかはあるのか?」

「ええ、名はルフナです」

「よし、ならそこに行こう」


 フェリスは、ただ短く頷いた。


                    ***


 城からルフナへは、そう遠くはなかった。フェリスと2人で馬を走らせ、10分程の距離だった。

 

 市場があり、野菜は果物、肉類など、様々な物が揃っていた。やはり、食べ物は前世とそう変わらないようだ。俺はひとまず、胸を撫で下ろした。食事は生活の要となるから、かなり重要なのだ。


 建物はほとんど石造りで、街道も石でできている。

 全体的に重厚感があるが、大して特徴もない、そんな街だった。


 しかし、何故だろう。少し違和感がある。この世界に来てからは違和感ばかりだが、できれば全て杞憂に終わってほしいものだ。まあ、気にしていても仕方ない。今は目的を達成するとしよう。


「フェリス、掲示板のような物はあるか?」

「ここからもう少し西に行った場所にありますが……直接呼びかけた方が良いのでは?」

「いや……俺はまだ魔王になったばかりだから、求心力もないだろう」

「なるほど。流石はアスト様です」


 フェリスに褒められたのは嬉しいが、何だか情けない気もする。だが、そんなことはどうでも良い。早く素直に喜べるように、頑張れば良いだけだ。

 くだらないことを考えながら、俺はフェリスと西へ向かった。


 道中見かけたが、どうやらルフナは、武器屋や防具屋、道具屋などもあるようだ。


 掲示板はギルドの外にあった。しかし、ついギルドに興奮して中に入ろうとしたら、フェリスに連れ戻された。確かに、目的を忘れてはいけないな。ギルドは後回しにして、俺は掲示板の前に行った。 


 最初は兵士が集まらなくても、仕方ないだろう。そう思いつつ、俺は『傭兵募集』と銘打った羊皮紙を掲示板に貼りつけた。兵士が集まれば、魔王としての力も取り戻せるだろう――そんな考えでいたが、それ程単純なことではないと知るのは、少し後のことになる。

 


 

 

 

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