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魔王代行の理想郷  作者: 瀬川裕
第1章 魔王アスタロト
3/12

2話 転生

 美しい音色が聞こえてくる。恐らく弦楽器だろうとは思うが、あいにく楽器には疎く、詳しくはわからない。だが、この音色が澄んだ川のように綺麗で、穏やかであることだけはわかる。


「ここは……ベッドの上、か。どこの……いや、転生したのなら間違いなくアスタロトの城か」


 俺は目覚めたとき、ベッドの上にいた。シーツはシワもなく、とても綺麗だ。周囲は石造りで、壁や床はひび割れてはいるものの、苔などの類はみられない。


 きっと、アスタロトの言っていた側近が掃除してくれていたのだろう。いつ目覚めるかもわからない主人の為に働き続けるなんて、まさに側近の鑑だ。


「まあ、あの魔王の話からすれば……怖くて逆らえないって可能性も大いにあるが」 


 そう、どう考えてもアスタロトは側近を大切にはしていない。あんな口が臭い威圧的な魔王の側近をしてくれる人など、他にいないだろうに。


 口が臭いで思い出したが、先ほどから悪臭はしていない。それとも、自分のはく息の臭いはやはり、わからないものなのか。


 しかし、まだ気になる点がある。肌の色だ。彼の肌は赤黒いような色だったが、俺の肌は普通の人間の色に近い。もっとも、日本人よりやや白いが。


「それに、声だって違う。なぜだろうか……」


 今の俺の声はアスタロトのような威圧的な低さはなく、むしろ爽やかだ。恐らく、前世よりは良い声だろう。そのことには感謝するが、ここまで彼と違うと不安になる。

 俺は本当に、アスタロトとして転生できたのだろうか。もし違うとすれば、一体どこの誰なのだろうか――


「アスタロト様……し、失礼します」

「ッ!? ま、待て! ……誰だ?」

「え……!? お、お目覚めになられたのですか!? あ……も、申し訳ございません。側近のフェリスです」


 あまりにも突然だったので、つい大声をあげてしまった。彼女――フェリスは、明らかに怯えている。声だけ聞いていても、目覚めてほしくなかったのだろうと思うくらいだ。


 ということはやはり、アスタロトは側近を大事にしていなかったのだろう。念のため待てとは言ったが、フェリスにも話を聞いておいた方が良いだろう。どのみちいずれは会うだろうから、早い方が良いというのもある。


「フェリス、か。とりあえず入ってくれ」

「は、はい……失礼します」


 そう言って、フェリスは扉を開ける。当然、彼女を見るのはこれが初めてだ。雪のような白い肌と澄んだ川のように綺麗な水色の髪。動きやすそうなメイド服を着用しており、元々豊満であろう胸部は、コルセットで更に強調されている。そして、おどおどした上目づかいがまるで子犬みたいだ。


 なるほど、確かに好みではある。つい見惚れていたせいか、フェリスが小首を傾げている。その動きに追従するようにポニーテールが揺れ、とてもかわいらしい。


「あの……アスタロト様、し、失礼ですが」

「どうした?」

「その……随分と、お変わりになられましたね?」

「変わった、か。先に言っておくけど、俺はフェリスの知るアスタロトじゃない」

「そうだったのですか……やはりあの方の術は、成功したのですね」

「ああ。だから、その……」

「その?」

「もう怯えなくても良い。いや、怯えないでくれ」


 フェリスは目を見開き、呆然としている。俺は何か、変なことを言ってしまったのだろうか。なるべく自然に言ったつもりだったが、いかんせん経験不足でよくわからない。

 とにかく、この空気を何とかすべきなのかもしれない。そう思い、口を開こうとしたとき――


「怯えなくて、良い……?」


 フェリスが、泣いていた。何故だろうか。尚更わからなくなった。俺は早くも、フェリスを悲しませてしまったのか。家族同然に接するのではなかったのか。どうしていつも俺は、人を大切にできないのだろう。前世で駄目なら、所詮は現世も駄目なのだろうか――


「フェリス……その、ごめん」

「どうして謝るのですか?」

「……え? いや、フェリスが泣いているのは俺のせい……だろ?」

「はい、あなたのせいです……責任取って下さいね?」

「責任? それはどういう……」

「なんて、冗談ですよ」


 フェリスはそう言って、悪戯っぽく笑った。どういうことかさっぱりわからない。フェリスは泣いていたのに、何故だか悲しそうではない。これが矛盾というものなのだろうか。とりあえず、弁解しておくのが無難だろう。


「いや、その……俺はただ、フェリスが今まで酷い扱いを受けていたと思って。それで、俺はあの魔王とは違うから、もうフェリスが怯えたり、無理強いされる必要はないというか……」

「わかってますよ。ただ……嬉しかった。それだけです」

「嬉しかったって、何が……」

「ふふ……何でもないですよ。それでは改めて、これからよろしくお願いしますね?」

「あ、ああ……よろしく」


 結局、フェリスが泣いた理由が何だったのか――嬉しかったこととは何だったのか、わからない。

 ただ、最後の含みのある笑みが気になり、その含みが何なのかもわからないのは言うまでもない。

 何にせよ、俺はフェリスを大切にし、守ろうと心に誓ったことに変わりはないが。

                     

                    ***


 ひとまずフェリスには、部屋に戻ってもらった。俺自身、整理すべき情報があるからだ。


 結局のところ、俺は無事にアスタロトに転生できたようだが、相違点もある。何よりも何故相違点があるのか気になっていたが、フェリスいわく、肉体の姿は俺の精神体に影響されるとのことだった。


 要するに、俺が思い描く姿に肉体が合わせた感じなのだろう。魂と肉体の適合は、どうやら相互関係にあるようだ。そうしてあれこれ考えていると、部屋の外から声がした。


「アスト様、お食事はお召し上がりますか?」

「ああ、丁度腹が減っていたんだ。頂くよ」

「わかりました。すぐに用意しますね!」


 それはそうと、俺はアスタロトではなく、アストと名乗ることにした。その方が、俺の為にも彼女の為にもなると思ったからだ。せっかく容姿も違うのだから、アスタロトという人生のレールを辿る必要もないだろう――俺は俺で、別人なのだから。


「それにしてもこの城、人の気配が少ないな……」


 実は先ほどからあったこの違和感は、未だに残っている。城というものは、もっとこう、活気があるものではないのか。そう思う程、閑散としている。


 しかし、これも仕方ないことだ。長い間領主が不在なら、配下がいなくなってもおかしなことではない。むしろ、フェリスのような忠臣こそ稀なのだ。こういう話も、後でフェリスとしておくべきだろう。


 そう思った矢先、足音が聞こえてきた。あれから10分程しか経っていないと思うが、もう用意が終わったのだろうか。もしかしたら、フェリスは料理が得意なのかもしれない。


「アスト様、ご用意できましたよ」

「わかった。少し待っててくれ」


 そう言いつつ、俺は立ち上がる。転生して初の食事に、胸を躍らせながら。


                   *** 


 フェリスは本当に料理上手だった。しかし、食事の途中に先ほどの話をしようとしたら、下品だと注意されてしまった。仕方なく無言で食べ続け、ようやく食べ終えて今に至る。


「領地とアスト様――アスタロト様を守り、ある者は戦死し、またある者は敵に捕らわれてしまいました……」

「そうだったのか……他には?」

「他は……自らの意思で去ったり、妹君の預かりとなりました」

「なるほど……ちょっと待った。今、妹君と?」

「え? あ、はい……アスタリード様です。現在は北の砦を防衛されています」

「そうか……俺には、妹がいるのか……」


 フェリスが訝しんでいるが、気にしている場合ではない。素敵なメイドに、なんと妹までいるというのだ。これで胸を躍らせないわけがない。

 俺の希望が、また1つ増えた。いずれはその妹にも会いに行こう。だが、気がかりなことがある。


「あの……どうかしました?」

「……その妹ってさ、アスタロトの妹なんだろ?」

「まあ、そうなりますね……それが何か?」

「まさか……アスタロトに似てたりとか、しないよな?」

「いいえ? とっても素敵な方ですよ」

「そうか、良かった……!」


 俺は心から安堵した。異形で口が臭い妹だと、また少し変わってくるからだ。フェリスが何故か少しむくれているが、俺にとっては死活問題なのだ。何にせよ、会うのがますます楽しみになってきた。


「アスト様、今夜はもう遅いですから……そろそろ寝ましょうか?」

「ん? ああ、そうだな……」


 ふと、フェリスをからかいたいという衝動に駆られた。からかえば、一体どのような反応をするのだろうか――


「なあ、フェリス」

「はい?」

「……一緒に寝ようか」

「え? ……え!? えっと…………」


 まずい、思った以上に反応が大きかった。雪のような肌を紅潮させ、それきり黙ってしまった。どうしようか。いや、すぐ冗談だと言えば良いのか。


「いや、フェリス……じょうだ――」

「アスト様の命令なら……私は従います」

「えっ?」

「はい?」

「いや……フェリス、冗談なんだが……」

「…………」


 信じられないといった顔で見られた。やはり、うかつなことを言うものではないな。


「酷いです! 少し、期待したのに……」

「え? 今、何て?」

「な、何も言っていません……もう、おやすみなさい!」

「あ、ああ……おやすみ」


 フェリスの声が小さくて聞き取れなかったが、何か惜しいことをした気がする。

 

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