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魔王代行の理想郷  作者: 瀬川裕
第1章 魔王アスタロト
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1話 魔王アスタロトの命令

 気がつくと、荒野のような場所にいた。とても暗く、遠くまで見渡すことはできそうもない。しかし 、1つだけわかることがある。


「この世のものではないな……」


 そう、明らかにこの世のものではない。根拠はないのだが、そういう空気というものがある。何より、こんな気味の悪い場所がこの世にあるとすれば、俺の部屋ぐらいのものだ。それ故に、俺の好みではある。

 だが、両者にははっきり とした違いがある。


「俺の部屋は……さすがにここまで臭くはない」


 先ほどから、嫌な臭いが立ちこめているのだ。言うなれば、ゴミ処理場のような、そんな臭いだ。要するに、ハエが好きそうなくらいの臭さなのだ。

 しかし――俺はなぜだか、不安感を抱いている。原因がわからないからこそ、なおさら不安になる。


「冷静に考えるか……まずは、状況の確認と整理からだな 」


 俺の考えは単純なものだ。恐らくこの不安の正体は、状況の関係性にあると――ただ、そう思っているだけだ。実のところ、心当たりがある気がするからでもあったが。


「まずは場所からだ。この雰囲気、いわゆる地獄っぽさがあるかな……俺、悪いことをした覚えはないけど。そして臭いは……」


 ふと、あることが頭をよぎる。だがそれは、俺の不安をより一層あおるものだった。場所も場所なら、臭いも臭いで問題がある。なぜなら、このような不気味な場所と、近づきたいとは思えない臭いと言えば――


「魔王アスタロト……いや、まさか、そんなはずは――」

「ご明察。貴様、ヒトの子にしては随分と賢いではないか 」


 その男は、突然声を出した。本当に、突然だった。口から異臭をたれ流しつつも、聞く者に畏怖の念を植えつけるような低い声で、確かにそう言ったのだ――『ご明察』と。 だとすれば、よけい不安になる。確かに俺は怠惰な生活を送ってはいたが、アスタロト(この男)に呼び出される程ではない……と思う。自信はないが。


「……聞いているのか、ヒトの子よ」

「えっ……? えーと……その」


 まずい、何か言わないと。いや、言うべきではないのかもしれない。だが――何か言わざるを得ないと思わされるには、彼の声は余りあるのもまた事実だ。言葉を慎重に選ぶ。


「アスタロト様、なのですね。だとすればここは……魔界、でしょうか?」

「いや、違う。我はここに封印されたのだ……忌まわしき勇者によってな」


 ますますわからなくなってくる。俺がこの正体不明な場所にくるべき理由が見当たらない。しかし、勇者がアスタロトを封印か。凄く気になることではある。それとなく聞くのが無難だろう。


「アスタロト様、つかぬことをお聞きしますが……」

「何だ。申してみよ」

「先ほど封印と仰っていましたが……それは、どういうことでしょう?」


 まずい。思った以上にはっきりと聞いてしまったか。アスタロト(この男)は確か、かなり強力な悪魔だったはずだ。ベルゼビュートに次ぐ支配者だったか――どちらにせよ、そもそも魔王相手にただの人間が太刀打ちできるわけがない。


「ほう……興味があるか。良かろう、聞くが良い。あれは今から、100年ほど前のことだ――」


 話し始めてくれたことから察するに、気にも留めていないようだ。俺はひとまず胸を撫で下ろす。


 とりあえず、おとなしく聞いておく――と言いたいところだが、彼が話すたびに悪臭も広がる。内容には凄く興味があるのに、この臭いには耐える自信がない。どうすべきか――


「我がいざヒトの民を怠惰へ貶めんとしたとき、勇者はやってきた。そして我を封印したのだ――語るにも忌まわしい」

「あ……えっと、ごめんなさい。そ、それで……?」

「む? 以上だが……他に何かあるのか?」

「い、いえ……何も」


 どうやらもう終わりらしい。だが、明らかにこれが本題ではないだろう。もっとも、誰かに聞いてほしくて、話の通じそうな俺を呼び出したなら別の話だが。

 

 しかし、そのようにはみえないのも事実だ。ここは、はっきり聞くのが良いだろう。


「アスタロト様……その、単刀直入にお伺いしますが」

「何だ。答えられるものならば答えよう」

「あの……本題は別、ですよね? 何か目的があるとか。もしや、あなたの未来視の能力も関係している……とか?」

「ふむ……貴様、思った以上に見込みがある。だが……未来視とは関係ない。残念だが――貴様の過去も未来も、ぼやけていて見えぬのだ。こんなことは初めてだ」


 それはひょっとしたら、彼は俺には干渉できないということか。だとすればそれは一体、なぜだろうか。魔王の能力が及ばない何か――いや、それだけじゃない。彼は先ほど、勇者に封印されたと言ったのだ。そんな話は聞いたことがない。まるっきり、何かが違うのだ。そう、俺の知る世界と――


「そうだ。俺は、死んでいる……のか」

「急に何だ。貴様、自覚がなかったのか?」


 いや、自覚はあった。そうではないのだ。俺が知りたいのは、もっと根本的なことだ。これらの関係性――俺の死、俺が知らないアスタロトの末路。そして、魔王である彼の能力が俺には干渉できないということ。つまり――


「俺は、この世界の人間じゃない……? するとここは……?」

「ほう! よもやここまで鋭いとはな……間の抜けた顔からは想像もつかぬ。いかにも、ここは貴様からすれば異世界だ。その中で言えば……冥界だな」


 間の抜けたは余計だろう。まあ、否定はできないが。しかし、異世界か。ある意味理想に近いが、悪臭を嗅ぎ続けないといけないのはごめんだ。加えて、冥界ならば尚更希望は持てない。生き地獄ならば死んだ方が救いがある。


「そう暗い顔をするな。まだ話し終わっていないだろう?」

「あ……確かに、それもそうか。そ、それで、本題とは?」

「うむ……貴様を転生させる。今日から貴様がアスタロトと名乗れ」

「……えーと、ごめんなさい。話が急でついていけません」


 何が急かというと、話の展開がだ。転生とかは覚悟していたが、この魔王様は途中の説明を省き過ぎている。どうして、俺が転生してアスタロトを名乗ることになるのか。嫌な予感しかしない。


「急? 確かに、言葉が足りなかったか。説明する、心して聞くが良い――」


――彼の説明を要約すると、封印されたのは魂だけで、肉体は残っている。その肉体に再び魂が入れるように、術をかけておいた。

 だが、自分の魂は封印されていて復活できず、代わりの者を求めていた。そこへ俺が来たと。

 なるほど、それで俺が転生してアスタロト、か。だが、まだ気になることがある。


「アスタロト様。それの理由を……目的を教えて下さい」

「ああ。我に代わってヒトの民を怠惰に貶めよ。そして、忌まわしき勇者に復讐するのだ!」

「復讐? しかし勇者は……もう死んでいるのでは?」

「ふん……何も、直接的なものだけが復讐ではない。奴が必死になって守ったヒトの国を、アスタロトの名で滅ぼすのだ! これこそが、我が復讐だ……もっとも、我が手でそれができぬのは不満だがな」


 背筋が凍りつきそうになる。しばらく話していて忘れかけていたが、アスタロト(この男)はやはり、正真正銘の魔王なのだ。ここで断れば、間違いなく俺は殺される。

 だが俺とて、国を滅ぼしたくなどない。知らぬ国と自分の命、どちらかを選ぶとすれば、間違いなく自分の命だ。


「どうした……何か、言いたいことでもあるのか?」


 まるで、俺には拒否権がないような言い方だ。いや、そもそもないのだろう。

 アスタロトはあくまでも、言いたいことがあるのかを聞きたいのだろうが、俺には、早く了解しろと言っているような気がしてならない。こうなれば、賭けてみるか。


「アスタロト様、先ほどの術の内容を教えていただけないでしょうか?」

「術か? ……まあ良いだろう。単に、魂がなくとも肉体が潰えず、元々の魂ではないものでも肉体に適合できるようにする。それだけの術だ」

「なるほど……ありがとうございます」


 アスタロトは明らかに訝しんでいるが、別に構わない。彼の話を信じるとすればつまり、適合後の魂に対して、彼は拘束力を持たないということだ。


 例えば、適合してすぐに人間を襲う命令があるとかだ。そういうのがないのなら安心だ。なにせ彼の未来視は、俺には通じないのだから――そう、たとえ俺がこれから、彼の意思に背こうとも、彼にはわからない。


「わかりました。そのご命令、喜んでお受けします」

「よくぞ言った! それでは……貴様を転生させよう」


 アスタロトは嬉しそうだが、俺には関係ない。自分の復讐くらい、普通自分で処理するものだろう。


 だからこそ俺は、目の前にいる魔王のようにはならない。たとえ俺がアスタロトの名を持つことになろうと、悪臭を放つ者になろうとも、だ。できればなりたくはないが。


「言い忘れていたが……我の肉体は今、我が城にある。側近に任せておいた故、城も我も無事だ。その側近も、好きに使え」

「はい……ありがとうございます」


 やはり、彼を好きにはなれそうもない。きれいごとを言うつもりはないが、自分を世話してくれている側近を『使え』など、いくら自分の身分が高いとはいえあんまりだ。その側近に会えたら、家族同然に大切にしよう。


「貴様が何を考えているのかわからぬが……安心しろ。少なくとも、貴様が好みそうな娘だ。無論、主従関係はしっかりしている故、好きにして構わん」


 その側近は、どうやら女性らしい。しかも、俺が好みそうな人のようだ。見た目だろうか、性格だろうか――いや、彼女は家族同然だ。この男の言葉に乗せられてはいけない。


「最後に教えろ。貴様の好きな道具は何だ?」

「道具? ……か、鏡です」

「鏡か……本当に、それで良いのだな?」

「え? はい……大丈夫です」


 とりあえず答えたが、質問の意図が読めない。ちなみに俺は、鏡は姿を見るためではなく、儀式的なものに使う。決してナルシストではない。


「……では、行くが良い。我の復讐を果たすことを、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」


 そして俺は、再び意識を失った。


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