9話 疑魔王ソネイロン
各隊を先行させ、後を追って俺はフェリスと2人で、メフィストは1人で馬を走らせている。
「フェリス。北の砦まではどれくらいかかる?」
「およそ3時間程です」
「3時間!? 意外と近いが、今は致命的だな……」
「最善を尽くします!」
「ああ……。頼む」
片道3時間。だとすると、俺達が到着する頃に は、交戦開始から6時間は経つことになる。
それくらいの時間であれば、到着した時に勝敗が決していてもおかしくはないだろう。
敗北条件は2つ。アスタリードの死亡、及び北の砦を突破されることだ。このどちらか1つでも達成されれば、俺達の負けとなる。
勝利条件はただ1つ――無事に砦を防衛することだ。
「……アスタリード様は、とてもお強いですよ」
「……そうなのか?」
「ええ。ですから……あのお方を信じましょう」
「信じる、か。……そうだな、信じよう」
アスタリードがどれくらい強いのかは分からないが、俺はフェリスの言葉を信じる。
今はただ、一刻も早く到着することだけを考えよう。
***
永遠にも感じた3時間が過ぎた頃、ついに砦が見えてきた。砦はやはり石造りで大きく、重厚感がある。
戦いは未だ続いており、現在は進攻隊を筆頭に交戦している。この様子なら恐らく、アスタリードも無事だろう。
「アスタリード様はどこなのでしょう……」
「それについては遊撃隊が既に動いているはずだ。ほら、来たぞ」
「あ……。アスト様! ご報告です!」
「アスタリードは見つかったのか?」
「はい! 現在、砦正面にて疑魔王と交戦中です!」
「疑魔王と……!? まさか、直々にお出ましとは……。分かった、すぐに向かう!」
魔王が相手なら、いくら魔王の妹であるアスタリードでも、厳しい戦いになるだろう。負けてしまう可能性だって、大いにある。
想像はしていたが、それ以上に事態は深刻だ。急がなければ――
「アスト様! 敵の攻撃を処理して下さい!」
「ああ! 手綱は任せた!」
「僕は部隊の指揮を執りましょう」
「メフィスト! ……頼んだ!」
どうやらこの2人も、実戦ともなれば協力的なようだ。2人の思いを無駄にしないよう、俺も最善を尽くそう。
***
俺達が着いた時、アスタリードは既に追い詰められていた。ピンク色の髪を揺らしながら、肩で息をしている。
だが、その血を想起させる赤い瞳には、まだ戦意は残っていた。
「思ったより遥かに人っぽいな……。で、あれがソネイロンか。こいつは異形だな……」
「それより、早く助けましょう!」
「ああ……。行くぞ!」
俺達は馬から降り、すぐに駆け出した。今のところ、ソネイロンが仕掛ける様子はない。しかし、油断禁物だ。
「退き際を見誤ったな、姫君よォ?」
「退く気はないもの……。皆が無事ならそれで良いから」
「ふん、部下を逃がす為に囮になったと? くだらないな! それでも領主かァ!?」
「……領主はわたしじゃなくて、お兄様」
「そいつはのん気に寝てんだろうが!」
「それはどうかな?」
こんな台詞を言ったのは初めてだ。前世では冷ややかな目で見られても、この世界では許される。本当に、良い世界だ。
「何だァ、お前は!?」
「その、アスタリード……大丈夫か?」
「えっ? あなたは……?」
「無視してんじゃねぇ! なめやがって……オレを誰だと思ってる!?」
「……疑魔王だろう。意外と、頭が悪そうなんだな」
「アスト様!? どうして挑発なんか……」
「フェリスさん……!? 助けにきてくれたんだ……」
「……お前ら! 皆殺しがお望みなんだなァ!」
ソネイロンはそう言いつつ、こちらを睨んでいる。異形と言えど人型で、体格差もあまりない。
だが、流石に挑発はしない方が良かったか……。
「お前達、下がってろ!」
「アスト様、私も戦います!」
「いや、フェリスはアスタリードを頼む」
「……はい! アスタリード様、こちらへ……」
「ねぇフェリスさん、あの人は?」
「ええ、実は――」
後ろで2人が話す声が聞こえる。どうやら、俺についての話らしい。後で説明の手間が省けるから、俺としては嬉しい。
「何だ? お前だけかァ?」
「……ああ。俺1人だ」
「ふん。まあどうせ、お前の後でも良いからな」
「そうさせない為に、俺はここにいるんだが……」
「じゃあ、やってみやがれ!」
言うが早いか、ソネイロンはこちらに突進してきた。奴がどういう戦い方をするのか、それが鍵となるだろう。
そう考えながら、俺は剣を抜いた。
「早いな……。だが、読めない訳じゃない!」
「な……!? 小癪なァ!」
ソネイロンの剣を弾き、すかさず懐に切り込む。しかし、あっさりと防がれてしまった。
「くっ……! まだまだ!」
「無駄だァ! 遅いぞおい、威勢だけか!?」
「……なら、これはどうだ!」
一旦ソネイロンから離れ、すぐに鋭い踏み込みで間合いを詰める。そして、渾身の突きを繰り出す。
「こざかしい!」
「っ!? やっぱり楽には勝たせてくれないか……!」
「当たり前だァ! ……そろそろ、楽にしてやるよ」
嫌な呟きと共に、ソネイロンは手をこちらに向けてきた。この構えは、もしや――
「魔王固有能力……!? まずい!」
「もう遅い! 《疑心に眩め》!」
ソネイロンが、能力に対応するであろう文言を唱えた。直後、不気味な何かが俺を包んだ。
「何だこれ……敵は……? 敵は……後ろ?」
そして、俺は迷わず後ろ――フェリスとアスタリードに切りかかった。