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6 暗黒襲来

緑陰の国に突如として火炎竜が出現したのは

藍玉が出国した日から数えて七日後だった

最初の火炎竜は王宮正面に出現した

続いて第二第三の竜が押し寄せた


火炎竜は竜遣いを得意とする焔帝国の兵器

焔帝国は宣戦布告なしで

緑陰の国に攻め込んで来たことになる


灰狐は潜行先の国から急遽引き返した

西の国境を越えるあたりから

空は火炎竜の吐く(まが)つ火の黒煙におおいつくされ

あたりには胸をつく悪臭が満ちていた


教会にたどりつくと、灰狐は唖然とした

町は一面の焼け野原だった

のどかな田園風景の面影は失われ

焼け焦げた瓦礫の山が残されるだけ


灰狐は燃え落ちた井戸枠の横にうずくまる

真っ黒に煤をかぶった幼児を見つけた

生きているものはその子どもだけだった

三歳ほどの子どもは口もきけず

ただじっと灰狐を見上げた


灰狐はその子を抱き上げると

王宮に向けて走りだした


市街に入ると事態は一段と酷かった

焼け出された人々が座り込み

あるいは燻る家屋に水をかけていた

その間を、武装した兵士の一団が駆け抜ける

白衣の聖職者の衣も黒くよごれ

怪我人を抱えて運ぶ手も足りないありさま


「北三番街に新たな火炎竜!」

「討伐隊は三番街に集結せよ!」


「歩ける者は王宮へ!」

「王宮へ!」


灰狐は王宮にたどり着いた

城壁はすでにあちこち欠けていたが

そこでは修復部隊が補修作業をしていた

見覚えのある黒髪のうしろ姿に

灰狐は思わず叫んだ


「霜姫!」


黒鋼(くろはがね)の鎧をまとった霜姫が振り向いた


「灰狐!」


霜姫は凄艶な微笑みを返した

人を呼んで灰狐の抱いた子どもを受け取らせる


「今朝からずっと、こうよ」

「もうひっきりなしに崩される」


「石積みならできる」


「では少しの間、代わって下さる?」

「その間に火炎竜に一撃してくるわね」

「灰狐、その腕!」


補修の壁から視線を上げた霜姫は

灰狐の腕が黒く焦げているのを見た


「ここに来る途中で一匹叩いたからね」


灰狐も煤でまだらになった頬に笑いを刻む


「補給部隊なのに、もう命令系統もずたずたよ」

「水と薬は勝手に持ってってちょうだい」


霜姫は鎧の下のドレスの裾をくくると

剣を抜き放って出て行った


夜が来ても、火炎竜の吐く火の色が

王都の空を赤く焼く

城壁を攻撃する衝撃が途切れない


疲労と絶望の極限に朦朧となる民を叱咤しながら

明るく励まそうとする一握りの人々

官吏であれ民間人であれ

そこにあるのは、ただ一個の人間としての

絶対に諦めまいとする意志の強さだけだ


水と食べ物を配る少女たち

薬を塗り、包帯を巻く貴婦人

まだ少年の身で火炎竜叩きに名乗り出て

火炎をあびて重傷を負った学生

家族にはぐれた子どもたちの一団

その中には、灰狐が運んで来た子どもの姿もある


「食べられなくても無理にでも食べるのよ」

「眠れるうちに眠れ」


不安な夜は明けようとしていた


朝が来ても、火炎竜の勢いはいっこうに衰えず

何人もで取り囲んで、やっと一体倒す間にも

続々と新たな竜が出現する

火炎竜攻撃の騎士も、傷つくものが増え

家を失った民が王宮につめかけて

薬や食料はみるみる乏しくなった


昼すぎ

突然轟音と閃光が世界を覆った


灰狐は霜姫を探した


「北天に閃光。円環都市の方向だ!」


「あれは、星船の最後の光よ」


二人は北の空を見つめた

円環都市の上空にあって圧力をかけていた

翼ある神の教団が乗った星船は

円環都市の砲撃を受けたのだ

教主は落ちるより自爆を選んだらしい

教団全員を道連れにして


「海岸に漢城軍上陸!」


伝令が飛び込んでくる


「軍務大臣は?」


「既に主力を率いて出陣」


「内務卿は?」


「大塔に円環都市の飛竜部隊の襲撃!」

「大塔は持ちこたえられずに崩れ落ちました!」

「内務大臣はもろともに!」


「やれやれ」

「もう誰も残っていないのね」


霜姫は苦笑した


「私は補給部の次官にすぎないのに」

「今、まともに機能してる部隊はないのよ」

「女王陛下は昨夜のうちに」

「地下通路をつたって神殿に向かわれたわ」


霜姫は小部屋の扉を開けた

そこは次官執務室らしい


「少し話したいの」

「とっておきの貴腐葡萄酒を飲みましょうよ」


霜姫は灰狐に椅子を勧め、自分も腰をおろした

机の引き出しからワインの小瓶を取り出し

ナイフで封を切って小さなグラスに注いだ

二人は向き合って、黙ってワインを飲んだ


「ずっと、ね」

「あなたにお礼を言おうと思っていたの」

「藍玉を見送った夜に、よく黙っていてくれました」

「ありがとう。それだけは言いたかった」


霜姫はぽつりと口を開いた


「あなたが彼を愛していたのも知っていたの」

「藍玉は心が素直すぎて、わかってなかったみたいだけど」

「でも、私も藍玉がほしかったから」


灰狐は黙ってグラスを傾けた


「あなたが初恋のすべてをかけて」

「藍玉を愛していたことを」

「黙っていてくれてありがとう」


霜姫の手がそっと灰狐の手に重なった


「あなたにこそ、これを持っていてほしい」


霜姫は左手の指輪をはずした


「これはね、あの日結婚の誓いに取り交わした指輪」

「私の指輪は藍玉の指で、星船とともに消えたでしょう」

「これは藍玉の指輪なの」

「藍玉と霜姫の形見に」


青い宝石(アズライト)を抱いた指輪は、灰狐の掌で冷たく燃えた


「もうこの国はもたないわ」

「焔帝国の火炎竜に崩された上に」

「漢城と円環都市の正規軍の攻撃をうけてはね」


霜姫はふっと微笑んだ


「この大陸の三大国すべてに攻め込まれるなんて」

「うちの国、すごくない?」


霜姫は両手で、指輪を乗せたままの灰狐の手を押し包んだ


「あなたには生きてほしい」

「今ならまだ出られます」

「灰狐は独りで生きられる強い子だから」

「藍玉はそう言ったのよ」


手を握ったまま、立ち上がると

霜姫は灰狐を抱きしめた


「生き延びたらまた会いましょう」

「そうでなければ」

「いつかかならずまた生まれて会いましょうね」

「輪廻の円環のどこかで」


「さあ、行って」


灰狐は頷くと、扉を開けた

あたりは、轟音と炎熱とふりそそぐ瓦礫の海だった

踏み出そうとした足は、敷居で止まり

黒曜の貴婦人を振り返る


「またいつか、かならず会う」

「そして今度は譲らない」


霜姫は莞爾として笑った


「私も負けなくてよ」

「ね、最後に教えて」

「あなたの本当の名前を」


灰狐は目を閉じて口を開いた


「星読みの清雅」


扉は静かに閉じた

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