5 召命
翼ある神の教団の本山から
緑陰の国の教会の司祭補たる藍玉に
頻繁に文が届くようになっていた
文はいつも読まれてすぐに燃やされた
藍玉の白皙の額は色を失い
懊悩の影はますます眉宇を覆った
ある日
それはちょうど灰狐が藍玉に拾われて
まる1年がたった、同じ季節の夕暮れ
灰狐が使いからたちもどると
裏の空き地にぽつりと藍玉が立っていた
師匠は見慣れぬ黒い外衣をまとい
おのれの背よりも高い大鎌を構えて
いきなり、空き地を所狭しと駆け巡り
天を薙ぎ、地を払い
大鎌を縦横無尽に振り回した
それは演武というより
むしろ、不吉な舞に見えた
翻る黒衣の裏は血のごとき赤だった
藍玉は大鎌を納めると額を押しぬぐった
ゆっくり振りかえると、灰狐に笑いかけた
その笑顔は初めて見るほど
悲しいものだった
「私は行かなくてはなりません」
「教主から召命をうけました」
「政治的野心と俗気の抜けぬ教主など」
「世界を相手に打つ博打の手伝いですか」
「口がすぎるぞ」
「教主は我が長上。信仰は絶対服従」
藍玉はふわりと口元をゆるめた
「いつまでも、この緑陰の国で」
「のんびり、君や町の人々と暮らしていたかった」
「残念ですが」
「時代がそれを許してくれそうにありません」
「だから、この国を守るためにも」
「私は行くのですよ」
いつしか、灰狐の後ろに霜姫が立っていた
「藍玉はあなたに会わずには出発しないと」
「待っていたのです」
霜姫は藍玉の隣に歩み寄って言った
「私たち、さきほど密かに結婚しました」
「あなたにだけ、私たちの結婚を祝福してもらいたくて」
「私は、この国に残ります」
「私はこの国の貴族。国を守るのが勤め」
灰狐は教会に駆け戻ると
自室に置いた布の包みをつかんで、空き地に取って返した
そしてそれを藍玉に差し出した
藍玉はいぶかしげにその布を開いた
「おお、りっぱな楯だ」
「師匠の誕生日のお祝いにと思って」
「まだ来月だけど」
いずれ、翼ある神の教団は動く
灰狐は予測していた
教団が動くとき、師匠がどうするかは
わからなかったけれど
国への愛、霜姫への愛
信仰との板ばさみになって
藍玉が苦しむのはつらかった
こうして
藍玉は黒衣の背に青く輝く楯を負い
黒く光る鎌をひっさげて
静かに緑陰の国を出て行った
見送るのはただ二人だけだった
翼ある神の教団は
水都の丘に眠る星船を起動させて
教団あげて乗り込んだと聞いた
その中に、黒髪の大鎌遣いもいたと
灰狐はこれまでと同様
他国に潜入して報告書を提出した
闇はだんだん近づいていた