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4 隠密裏行

灰狐は、この時はまだ知らなかったが

世界は大きなうねりに呑まれようとしていた

古い都市単位の小さい国々は

より大きな国家へと、徐々に収斂して行った

これを、文明の進歩

歴史の必然と呼ぶこともできようが

その時を生きる生命には納得はできまい


いくつかの大国が生まれようとしていた

周辺にある、古い体制のままの都市国家は

勢力を拡大する大国間のおもわくに翻弄された

灰狐の暮らす緑陰の国もまた

その運命をまぬがれることはできなかった


王宮のまつりごとは、ますます一般国民から見えにくく

あわただしく出入りする政府高官の姿は

国民をなんとなく不安にさせはしたが

緑陰の国の民で、迫る影に気づく者は少なかった


藍玉がたまたま戻っていた夜

暖炉を見ながら、ぽつりとつぶやいた


「漢城の動きが見えない」


「俺、見てくる」


灰狐は即座に答えた

藍玉は独り言を言ったのも無意識だったので

灰狐の声に驚いた


「何を言う」

「そんなことをさせるために」

「君を置いたのではないですよ」


藍玉の制止に、その場は黙ったものの

二日後、藍玉の留守に乗じ

灰狐は教会を出た


灰狐は海を渡って漢城に入国した

漢城は大きな国だ

国土も広く、国民の数も多い

商取引もさかんなため、旅人の出入りも多い

灰狐は、城下の旅籠の下働きに難なくもぐりこんだ

この旅籠は供する料理の味でも名高く

漢城の官吏の宴会にも利用されているところだ


灰狐は下働きをしながら

城下の噂話や

宴会で酔った官吏の口からこぼれる

情報の断片をていねいに集めていった


ひと月のち

灰狐は緑陰の国に戻った

そして、詳細な報告書を作り上げて

王宮に詰めきりの藍玉のもとに差し出した


藍玉はその報告書を机の上に置いたまま

灰狐を睨んだ

師匠は怒っている、と灰狐は思った

でも、その報告書を読まずにはいられないだろう


黙って部屋を出ると

廊下に霜姫が立っていた

彼女は灰狐にむかって深くうなずいた

それから、藍玉の部屋に入って扉をしめた


その後も、灰狐はいくつかの国に出かけた

世界の動きはもう止めようもなかった


もともと人種のわかりにくい顔立ちだ

魔族との混血なのだから

小柄ですばしこく、人目にとまりにくい特性を

灰狐は最大限に生かす方法を身につけていた


報告書は何通も何通も書かれた

だが、藍玉はけっして受け取ろうとはしなかった

そのかわり、霜姫がそれを受け取った


「藍玉は、あなたの身を案じているのよ」

「あなたの報告書で、どれだけ先手が打てたか」

「藍玉が一番よくわかっているの」

「そして、国があなたに何も報いていないことも」


霜姫は何通目かの報告書を受け取りながら

灰狐に言った

それは、焔帝国の都潜入の報告書だった

灰狐はかなりの傷を受けていた


「せめて怪我の手当てと経費の請求をして」


灰狐は霜姫の言葉にかぶりをふった


「俺が勝手にしてること」

「国も師匠も命じてはいない」

「これはそういうものでなくてはならない」


「そうね」

「あなたはわかりすぎていて、痛ましいわ」


霜姫はさびしそうに笑った


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