3 黒曜の姫
「こんにちは。司祭さまはおいでかしら」
優しい声に、草むしりをしていた灰狐は顔を上げた
ガラスのベルを振れば、こんな声なのかもしれない
目の前には、黒いドレスを着た黒髪の貴婦人がいた
「司祭さまにお目にかかりたいの」
「霜姫が伺ったと、取り次いでくださいね」
美しい貴婦人は
棒のようにつっ立ったままの灰狐に微笑んだ
これが、霜姫を見た最初だった
この貴婦人が、緑陰の国屈指の高位貴族の姫君で
しかも女王の懐刀と称される、政府要人の一人とは
この時の灰狐はまったく知らなかった
これ以降、霜姫はときおり教会を訪れ
そのつど、灰狐にも気さくに言葉をかけた
灰狐の方は、はかばかしく口をきかなかった
高貴で美麗な姫君に、なんと答えればよいか
気おくれもした
「霜姫は仕事でいらっしゃっているだけ」
「あの方は、あの若さで女王の側近なのですよ」
「布教のためには、教会で待つより出かけていかなければ」
「そして、それには、人の多い王宮が都合がいいのです」
藍玉は、微笑みながら灰狐に答えた
霜姫が教会を訪れるのは、そればかりではないだろう
と、灰狐は思ったが、黙っていた
なぜなら、藍玉が霜姫と会った日の表情が
いつもよりあかるく輝いたものだったから