3 白砂の庭
武官は一同に、中庭の中央
白砂の上を指し、彼方へといざなう
正面には数段の朱塗りの階を備え
玉座を据えた正殿が重々しく構えている
いかにも古色蒼然とした様式だ
玉座を取り巻いている
朧げな人影が、何人も立ち交っている気配
ただ、その人影にはまったく生気を感じ取れない
思えば、案内の武官も同じ様だった
手輿は白砂の上に静かに置かれた
白衣の神官は、玉座に向けて平伏した
舁き手の白丁四人もそれにならって膝をつく
墨染めの衣の僧は仁王立ちに正面を睨み
旅人は白砂の端にたたずんだ
そのまま、ひそかに剣の緒を解く
音もなくざわめいていた気配も静まり
いつしか空席だったはずの玉座の上に
薄闇が渦巻き、ひとりの人影になる
これこそ、城の主
白砂の生者一同の上に重圧がかかる
きららかな装束をまとった人影は
軽く手を上げると
それに応じて脇侍の文官が声をかける
「常夜の国は、御主の君との約定を今年も果たすや」
平伏した神官がそのままの姿勢で答える
「果たしまする」
文官は続ける
「約定により娘一人、御前に奉るや」
「ささげまする」
文官は静かにうなずくと、玉座を顧みる
「これにて、今年も約定は成されました」
玉座の主の手が翻り、開いた扇の銀泥に月の光が反射する
「しばし待て、その者とその者」
扇は仁王立ちの僧と端に立つ旅人を指す
「何者か問え」
文官の声より早く、僧侶が身を乗り出した
魔性の圧をはねのける力はあるようだ
「拙僧はみ仏の教えを奉ずる者」
「恵心と申す旅の僧」
「たまたま宿を借りた家の娘が」
「生ける亡者の贄にされると聞き及び」
「化物調伏に推参した」
「汝が変化の首魁とみた。覚悟せよ」
恵心が数珠を手に握って突き出すと
玉座の影はいかにもおかしげに笑った
「これは、思いもかけぬ座興よな」
「浮屠の輩、豪語するからには手並みを見せよ」
恵心は即座に印を結んで陀羅尼を誦した
みるみる、中庭の中空に四天王が顕現した
四天王は仏教護持の神々
憤怒相に第三の目を見開き
革鎧をまとい、それぞれに武器を振りかざす
いわく
持国天は刀剣を
増上天は戟を
広目天は三鈷戟を
多聞天は宝塔を
四方から玉座に迫った
影は軽やかに立ち上がると
扇で四天王の打撃を払う
扇が薙ぐと、四天王は次々と雲散霧消した
恵心は脂汗を浮かべて歯噛みする
「浮屠の輩、口ほどにもなくこれまでか」
「なんの!!」
恵心は再び数珠を扱くと、裂帛の気合を発した
数珠から無数の光の矢がさし、玉座の影を乱れ撃つ
影は笑い声を残して四散した
「見たか!あやかし」
恵心は快哉をあげた
一陣の風が渦巻く
銀泥の扇は宙を飛んで数珠の緒を断ち切った
白砂の上にばらばらと落ちる数珠玉
恵心は呆然として腰を落とした
影は何事もなかったかのごとく
玉座にもどっていた
「これまでかな」
「ほざくだけのことはある、というべきか」
「まあ、それなりに楽しめた」
影はあでやかに微笑んだ
「では、そちらの者、名乗れ」
扇は旅人を指した
旅人の左手は短刀の鍔をなぞる
右手は静かに垂れている
「灰狐と呼ばれている」
「あてない旅をしている者」
「その娘の母親に見届けるよう頼まれたゆえ」
「この場所にいる」
「そこな浮屠の輩と同じく」
「我を倒しに参ったのではないのかな」
笑いを含んだ声で、影は訊ねた
声に応じて、中庭には次々に花が開いていく
あたり一面百花繚乱、季節を選ばず咲き狂う
「その腰のもので、我が切れようかな」
「野の獣ならば、あるいは現し身のものならば」
「切れば温かく血飛沫く命ならば」
「だが、我らのごときあやかしが、尋常の鋼で切れようか」
殿上の影たちが一斉に声なく嘲笑う
浮屠の輩 : 仏教徒