2 結界のうちそと
先に立つ手輿
その脇に従う神官と旅人
そして今度は後についた僧侶の一同は
続いて楼門を通り抜けた
通るまでは、門内は霧に巻かれたように朧げで
何物も見定められなかったのに
一足抜けてみれば
目の前には、咲き乱れる花園と長い階段があるのだった
そして、かえりみれば
こちら側には同じく青白く輝く楼門が立ち
その向こうはまた見えないのだった
「門の見えるうちは、まだ引き返せると聞いている」
「階段に足をかければ、最後まで登るほかない」
「私たちは娘を届ければ帰される掟だが」
「お二方には戻れる保障はござらぬよ」
神官は声をひそめて語りかけた
「妖魔調伏!」
「この国の闇を払うが我が務め」
数珠を握った拳で天を衝く僧侶
「迷惑千万。おやめくだされ」
「もっとも、ご領主さまには歯がたつまいが」
神官は旅人に顔を向けた
「私はその領主にまみえたいだけ」
「そちらの娘御の親にも、先を見届けると約束した」
白衣の娘は青ざめて堅く目をとじている
一同は階段を登り続けた
両側の花園の花は季節を問わず咲き乱れ
その間を夜光蝶が舞う
こちらの世界は常に夜なのだった
ひんやりと水の匂いがする中を
甘い花の香りがただよい
それが妙に底に沈んで
時が凍りついたように感じる
階段は続く
右に左に折れ曲がりながら
そして、突然
一同は眼前に蜃気楼の城を見る
蜃気楼の城
それは三百年の昔にこの地を治めていた
常夜の国の王城だ
その時代の国々のうちでも、五指に数えるほどの
繁栄を誇った国であったというが
武より文を尊ぶ国風があだとなり
時の覇権争いに巻き込まれた挙句
盟友とも思う国にも無残に裏切られ
城下まで焼き討ちされて
呪詛の中に滅亡したはずの城
その滅びた最後の王の名を
雨月
という
一同が城門の前に到着すると
誰何の声とともに門衛が現れた
おぼろな影をまとった漆黒の武官だ
手輿はおろされ、神官は膝をついて平伏した
「約定により、今年の娘を連れて参上いたしました」
「約定により、今年の娘をあらためる」
「中庭に進むがよかろう」
城門は静かに開き、手輿は舁き上げられ
先導する武官に率いられて
一同は城の中庭にはいっていった
そこもまた
狂い咲く花の饗宴のただ中にあった
みあげれば、すさまじく蒼い弦月が
中有を切り裂いて、天守閣にかかってみえる