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王の鳥  作者: 朔良こお
9/24

09

 どこでどう間違えたのか?――あの日からずっと、自問自答が続いている。


 だが、問うばかりで、答えは今だ出ていない。


「何故だ」


 昨年、歴代最年少の王宮召喚士首座となったヴェリは、白皙の顔を更に白くし、酷く強張った表情で、美しく整えられた庭を宮女と一緒に散歩している少女の姿を目で追っていた。王の庇護下にあるものの、だからといって王宮内を好き勝手に出歩くのは許可されておらず、少女の行動範囲はひどく狭い。眼下に広がる庭は、その狭い中の一つであり、召喚省内にあるヴェリの執務室から見ることができた。そのため時折ではあるが、こうして彼女を見かけることがある。


 少女――羽衣歌の姿を見るたび、ヴェリの口中に苦いものが広がる。


 何故“飛鳥”ではなく、異世界の“人”が現れたのか?……誰もその答えを知る者はいない。故にヴェリの心は、誕生祭から四ヶ月たった今もまだ、ざわつき落ち着かないままだ。


「何故なんだ」


 己が力の全てをあの日、あの場所で、儀式を成功させるために注ぎ込んだ。


 己が描いた召喚の陣は完璧だった。


 己が唱えた召喚の呪文は、一言一句間違いはなかった。


 失敗など、絶対にありえない。


 失敗など、絶対にするはずがなかった。


「完璧だったのに……どうして……」


 ヴェリの術が完璧であった証拠に、今、王宮内の飛鳥舎には雪のように白い羽毛と、夜空に浮かぶ月のような金色の目をした飛鳥がいる。


「それなのにどうして……どうして人が……何故なんだっ!!」


 誕生祭で犯した失態は、首を刎ねられてもおかしくはなかった。

 きっとそうなるだろう――ヴェリ自身、拘留された地下室で死を覚悟した。

 だが結局は、たった一ヶ月の謹慎で済んでしまった。視線の先にいる少女が、そう王に願ったからだ。元の世界に帰れないのは悲しくて辛いけれど、だからといって、そのせいで誰かが死ぬのは嫌です――と。


 家族や友人に二度と会えないというのに、少女はその場で床に額づき頭を垂れる召喚士達のことを心配したのだ。しかも彼女は、失敗には必ず原因があるからと、それを突き止めてくださいと、彼らに向かって微笑んだ。


 本人は上手に隠したつもりなのだろうけれど、その笑みの裏に隠された彼女の悲しみの大きさに、深さに、気がつかなかった者など一人もいない。ヴェリはそれを見た瞬間、自分よりも年下の少女の、他者を許す慈悲深さに心が震え、それと同時に己が犯した過ちの深さを思い知らされた。許され生き長らえるよりも、怨まれ首を刎ねられた方が楽だ――と、彼はその場で叫びそうになった。


 けれど、それを言うのは許されない。

 死んでしまえば、責任を負わずに済むのだから。

 死ぬ事は一番楽で、そして一番卑怯な方法であり、とても失礼な事なのだ。

 この異なる世界で、家族もなく、友もなく、たった一人で生きていかなくてはいけない彼女に対して………。


 謹慎が解けた五日後、王命により、再び飛鳥の召喚が非公開でおこなわれた。


 召喚陣の中央に現れたのは、夜空に浮かぶ月のような金眼の飛鳥であった。


 飛鳥は目の色によって格付けがされており、金色のそれは一の位――飛鳥の中の飛鳥と呼ばれる最高位の飛鳥である。飛鳥は召喚士の能力が高ければ高いほど、高位のそれを召喚することができるのだが、過去に金眼の飛鳥を呼び出せた召喚士はいない。故にヴェリは、あの日、歴代一の召喚士であることを、自ら証明することができたのだ。それなのに現れたのは飛鳥ではなく、黒い髪と瞳をした不思議な服を着た少女だった。


「何故なんだ」


 召喚の陣を描くのは、首座一人の仕事である。代々の首座が、次代に引き継ぐ際にそれを口頭で伝えてきたからだ。だからヴェリ以外に、召喚の陣を知る者は、前の首座だけである。


 あの場にはヴェリだけではなく、彼を含め七人の召喚士がいた。

 ヴェリ以外は皆、飛鳥が現れる際の爆風に備え、防御壁を作るのがあの日の仕事だった。

 皆、術者としての能力は高く、中には首座になっていてもおかしくない者もいた。

 もちろんそれは、ヴェリがいなければ――の話である。


「まさか……あの中の誰かが、召喚の陣を描き換えたのか?」


 そんなバカな――ヴェリは目を閉じると、己が考えを払拭するかのように大きく(かぶり)を振り、胸元で揺れる雨垂れの形をした宝石を強く握った。そして深く深く息を吐き出すと、目を開け再び庭に視線を向ける。が、少女の姿は、そこにはもうない。ヴェリは僅かに双眸を細めると、長衣の裾を(ひるがえ)した。




**********




 飛鳥の檻がある飛鳥舎には、エルネスティの飛鳥だけではなく、“緑の君(みどりのきみ)”と呼ばれている先々代の王――エルネスティの祖父――の飛鳥もいる。

 彼の瞳は若葉色をしており、飛鳥の格は四の位であった。

 緑の君は自分の世話をしてくれる者達を、いつも優しげな眼差しで見ており、それはまるで、彼らを見守っているかのようである。

 どうやら彼は、人間という生き物が好きらしい。飛鳥舎の責任者であるベルクが時折連れてくる、孫娘が特にお気に入りのようで、彼女が来るとグルグルと嬉しそうに喉を鳴らしては、小さな頭に嘴を擦りつけていた。


 エルネスティの父の飛鳥は、主である王が崩御した際、悲しげに一声したあと飛び去っていった。

 この飛鳥の目は、燃えるような赤であり、金・紫・に次ぐ三の位であった。

 これを召喚したのはヴェリの師であり、恩人でもある前首座――ヘルマンである。


 飛鳥は、こちらでの主である王(または王太子)が亡くなると、元の場所――太陽神の庭と伝えられている――に還ると言われているのだが、稀にヴァルータに残るものもいた。先々王の飛鳥が、まさにそうである。過去の記録を見ても、数代に一度の割合で残る飛鳥がいるのだが、その理由は分からない。還るのが面倒なのだろうと言う者もいたが、ヴェリはそれを少しも信じてはいなかった。


「飛鳥よ……“金の君”よ……」


 檻の中でじっとこちらを見ている飛鳥――金の君に、会いに来るたびヴェリは、それを問わずにはいられない。


「何故私は、あの時お前を呼び出せなかったのだ……」


 答えが返ってこないと分かっていても、彼を見るたびに、それを訊かずにはいられないのだ。何故お前ではなく、あの少女が出てきたのか――と。



――ったく、毎度毎度、この男は同じことを(われ)に問う。鬱陶しいったらないぞ。


――ふぉっふぉっふぉ。諦めなされ。自分が召喚術を失敗するなど、この者は微塵も思っていなかったのですからのお。



「っ!!」


 頭の中に響いたそれに、ヴェリは周囲をきょろきょろと見回した。が、自分以外、この中に人はいない。まさかと思いつつ、彼は目の前の飛鳥達を見上げた。



――おや? どうやら我らの声が、この者には聞こえるようですぞ。ほうほう。相当な力の持ち主のようでございますな。


――当たり前だ(じじい)。そうでなければ(おさ)たる我が、召喚士一人ごときに易々と呼ばれるわけがない。


――ふぉっほっほっほ、それもそうですなぁ若長(わかおさ)殿。



「ま、まさか……。これは……お、お前達の声なのか!?」


 ギョッとして、二頭の飛鳥を交互に見ると、若長と呼ばれた金の君がグルルと喉を鳴らした。



――おい、人間。いい加減にしろ。毎度毎度同じことを愚痴愚痴と……。大体、召喚の陣も呪文も完璧だったからこそ、長たる我がその呼び声に応え、今こうしてここに居るんだろうが。それくらいも分からないのか。



「じゃ、じゃあ、どうして」



――どうして? お前が考えている通りだ。



「じゃあ、やはりあの中に」



――ああ、それは違うぞ。あれは……



 そこで金の君は言葉を止めて目を細めると、食い入るようにこちらを見るヴェリを見下ろした。



――あの時、我が求めに応じようとした瞬間、陣の一部が描き換えられた。呼び出す対象……この場合“飛鳥”だな。その部分が“人”にされたのだ。



「そ、そんな……そんな事を、一体誰が……」


 召喚の陣ごと描き換えるには、それこそとんでもないほど強い力が必要だ。だが一部だったら……実はできないこともなかった。


 ヴェリの顔から血の気が引き、わなわなと唇が戦慄き、握った拳がぶるぶると震えた。動揺を隠せない彼に、先々王の飛鳥は幼鳥を見るような目で彼を見やった。



――若き首座よ。例え一部であっても、そなたほどの力の持ち主が描いた召喚の陣……それを描き換えるのは至難の業じゃ。故に、それができるということは………。



「私以上の力を持っている者がいる――ということだろう? 分かっている」



――否。お前以上の者など、この国には……この世界にはいない。我自身がその証明だ。



「そ、それじゃあ一体……」


 誰がそんなことを――ヴェリの叫び声にも似た問いに、金の君は瞬きを一度すると、ヴェリのよく知る人物の名を挙げた。そしてその人物が、既にこの世にいないということも………。


「う、そだ……どうして……」



――奴はお前を憎み、お前に嫉妬していた。だから失敗すればいいと、己が命と引き換えにお前の陣を描き換えた。他者の描き召喚の陣を壊すには、それ相応の対価がいる。ましてやお前は長である我を呼び出せるほどの力の持ち主……その陣は優秀な召喚士が十人がかりで描くものよりも強力だ。一部であろうと、それを換えるのだから、奴は初めから死ぬ覚悟であったのだろうよ。


 人とは愚かな生き物だな――と、金の君はゆるりと頭を振った。


「兄上……ラウノ兄上……」


 がくりと膝から崩れ落ち、ヴェリはその場に座り込む。床についた両の手の甲に、ぽたりぽたりと透明な雫が落ちた。


 七つ年上の兄ラウノはヴェリの自慢であり、そして憧れであった。

 何をしても上手くできるラウノが、召喚士首座につくものだと誰もが思っていた。だが、ヘルマンが指名したのはラウノではなく、召喚士としてはまだ半人前なヴェリであった。


 自分の補佐にすらなれないと思っていた出来損ないの末弟が次の首座に選ばれたことに、ラウノは納得がいかずヘルマンに詰め寄った。そしてヴェリの中に、強大な力が眠っていることを知ったのだ。


 頭では納得できても、人とは厄介なもので、心はそうではなかった。

 ただでさえ自尊心の強いラウノは、次の首座と自分をちやほやしていた連中が、掌を返したようにラウノに冷たくなったのが腹立たしく、また、ヴェリの下につくことに我慢ならず、誰にも何も告げずに王都から姿を消した。今から五年前のことである。


 以来、ヴェリはラウノに会うことはなく、ヘルマンの厳しい指導と訓練により、己の持つ力を開花させた。

 そして昨年、召喚士の新首座となったのだ。


「でも……でもどうして……どうして異世界の少女だったんだ?」



――己が力を試したかったのだろう。換えられたのは対象物だけではない。対象場所も、だ。我らが棲む山ではなく、ここではない場所……つまり異なる世界とした。



 普通の召喚士が、異世界から人を召喚しようとして陣を描いても、それは成功しなかっただろう。

 だが、最強の力を持つヴェリの描いた召喚の陣……完璧すぎるが故に、一部を描き換えたのが実の兄だった故に、描き換えられた部分は拒絶反応を起こすことなく正常に発動してしまった。


「あぁ……私への憎しみのせいで彼女は、家族や友人から引き離されてしまったのか。私はどう償えばいいのだ……どう……」


 やはり首を刎ねられた方がマシだと声を震わせるヴェリに、金の君はキュルルと喉を鳴らした。それは飛鳥が機嫌の良い時に出す声だった。



――そう悲嘆することはないぞ人間。小娘は小娘なりに、この世界に馴染もうと前向きに努力しているのだから。男の、しかも大人のお前が、いつまでもウジウジするな。悪いと思っているのなら、お前ができる事をすればいい。簡単であろう? お前にできる事など、決まっているのだからな。


「決まっている?」



――ああ。あの小娘がこちらで何一つ不自由しないですむように、毎日笑って過ごせるように、こちらにきて良かったと思うようにする事だ。それが小娘への償いになる――と、我は思うぞ。



「金の君……」


 本当にそれで良いのだろうか?――ヴェリは胸元に揺れる宝石を握り締め、苦しげに金の君を見上げた。


 本当にそれで、罪は償われるのだろうか?


 本当に?


「お前の言うことが正しいのか否か……私には分からない。だが、私が彼女にできる償いは、お前の言う通りだろう……」


 この命続く限り、彼女が笑って過ごせるよう、自分は彼女の剣となり盾となろう――ヴェリはそう強く誓うと、胸元から雨垂れ形のそれを引き千切った。


 召喚士の試験に合格した際、ラウノから祝いに貰った聖玉を………。


飛鳥の格付けは、目の色で決まります。

一の位(金)

二の位(紫)

三の位(赤)

四の位(緑)

五の位(青)

六の位(茶)

七の位(灰)


召喚されるのは、何故か雄だけだったりします。

でもって、奴らはものすご~く長生きです。



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