初恋の後味
此れは僕の本当の初恋だった話です。
良く初恋は実らないと言いますよね??
笑わないで此れを読んでくれますか??
「あ、お早う御座います」
僕は須藤彰彦、ちょうど二十歳の現役大学生でただいま毎朝欠かさず続けているランニングの真っ最中。
中学と高校では陸上部だった彼は今でも習慣として体力づくりをしていた。
そして度々出会う人々に挨拶を交わしていく。
近所のご老人達からはちょっとした好青年として良い評判に噂になっていた。
「お爺さん、お早う御座います」
「お早う…今日も早いんですねぇ」
「此れだけは欠かせられませんからね」
この人とは最近仲良くなったランニング仲間で一緒に走っている。
微笑み交わすと隣に並んで走っていた老人と一緒に進んでいくと、ふと彰彦の足が止まった。
老人も連れて足を止め彰彦が目を取られている方向を向くと、犬を連れた女性が一人ベンチで休んでいた。
彰彦が見かけたのは、その女性のペットの犬のゴールデン・レトリバーとじゃれ合っている場面で見惚れてしまっていたのだ。
「あ〜…瞳さんじゃないですか」
「瞳さん??」
「はい、最近引越しなさってきた方なんです…呼びましょうか??」
「い、イイんですか?!」
彰彦が慌てて口を抑える、その様子を老人は笑みを浮べながら手をあげ向こうにいる女性に呼びかける。
「瞳さ〜ん」
「お爺さん、お早う御座います」
礼儀正しくお辞儀し微笑みながら老人と彰彦の方へ向かってくる。
老人も軽く挨拶を交わし早速彰彦を紹介してくれたのだ。
「此方は彰彦さん、今大学生なんだ」
「は、初めまして…須藤彰彦と申します」
彰彦は妙に緊張してしまい照れながら自己紹介をする。
すると瞳という女性も少々照れ気味になってしまいつつも
「初めまして、華灯瞳といいます…あ、この子はジンっていいます」
「あ、此れからよろしッ?!」
瞳が犬の紹介をすると行き成り飛びつかれ地面に倒れてしまった。
その表紙に地に頭を打ち付けてしまいクラクラさせながらも飛びついてきた犬を撫でる。
すると犬は尻尾を大きく振りながら彰彦の頬を舐めていた。
その様子に瞳は呆然とする。
「どうかしましたか?」
「…あ、いえ…ジンが簡単に他人に引っ付くだなんて…彰彦さんは動物に好かれるタイプなんですか??」
「いえ、子供の頃は寄り付きもしませんでしたね」
「そうですか…あ、重いですよね!今退かせますから!」
瞳は慌ててジンを動かそうとするが全く動こうともせず彰彦から離れない。
此れには流石に彰彦も困り自分からも離れようと手に力を入れるが動いてくれない。
「…ど、どうしたんだろう…こんな事今まで一度も無かったのに…」
彰彦は瞳の困った様子を見てはいられなくなり、そのままジンを抱き上げ起き上がる。
そしてジンの背を撫でながら瞳に微笑みかけ、
「…このままじゃ埒が明きませんから近くまで連れて行きます」
「で、でも!」
「言いんですって、ではお爺さん、また明日の朝一緒に走りましょうね」
「はいはい」
そう言って老人は一人で走って行った。
ぼくはあの人の後姿に本当に感謝していた、あの人が居なければ僕は瞳さんと話す機会なんてなかったからだ。
「…じゃあ…お願いします」
「いえいえ」
瞳はジンのリードを彰彦に手渡そうと手を伸ばす。
彰彦は瞳の行動に首を傾げてしまいながらも反射的に手を伸ばしリードを掴む、それと同時に2人の手が触れ合う。
彰彦と瞳は慌ててお互い自分の手を引いてしまいリードが落ちる。
「「あッ…」」
「す、すみません!!」
「こ、此方こそ!!」
落ちたリードを慌てて屈み再び手を伸ばすと、またまた手が触れ合う。
照れあうように2人の頬が赤らめる。
ただ2人を安心させたのは、この光景を他の誰にも見られていないということだけだった。
このまま無言の状態が2人を覆いつくす。
「ひ、瞳さんは犬が好きなんですか??」
「私は…どちらかというと猫派ですね」
「え?!でもジンを飼ってますよね?」
「この子は彼が飼ってる子なんです」
「彼…彼氏が居るんですか?」
「はい…結婚を前提にお付き合いを…」
「そう…だったんですか」
何だろ、この気持ちは??
ただ、この人に彼氏が居るって結婚相手が居るってだけで、俺には何の関係来ない。
何で心がモヤモヤとかムカムカとかするんだよ。
気持ち悪い、吐き気がする、今すぐこの場から立ち去りたい。
「どうかなさったんですか??」
「い、いえ!瞳さんほどの綺麗な方だから…もしかして、と思って聞いただけです」
「で、予感が的中…ってコトですね♪」
「はい、で何時なさるんですか??」
「式ですか?一応2ヶ月後なんですよ」
「きっと素晴らしい式になるんでしょうね」
「そ、そんな事ないですよ!!」
照れながら答える瞳に彰彦は笑いながら茶化す。
でも彰彦は心の奥底では苦しんでいた、でも何故だか分からない。
僕のこの苦しい気持ちは一体何なんだ??
「彰彦さんは彼女いないんですか??」
「はい、未だに彼女1人も作ったことないんです」
「えッ?!そうなんですか??」
「モテないんですよ」
「凄く意外です…格好良いのに」
「有難う御座います」
そうやって会話を弾ませながら瞳の家まで時間を潰していく。
でも、もうじき着くらしく彼女の足取りが速くなっていく。
其れに連れられ僕の足取りも徐々に速くなっていく。
そして…とうとう着いてしまった。
「あ、此処までで結構です」
「そうですか?じゃあな、ジン」
『ワン』←犬の鳴き声
「この子、そうとう彰彦さんに懐いてますね♪」
「そうですか??でも、嬉しいなぁ…ジンは大人しいから余計に嬉しいや」
「何でしたら、今度遊びに来て下さい」
「結婚前なのに…彼に誤解されますよ」
僕がそういうと瞳さんは笑顔を絶やさず僕と向き合いながら
「大丈夫ですよ、その時はその時で彰彦さんに責任を取ってもらいますから…ちゃんと私を貰ってくださいね?」
「…はッ?!」
彼女の冗談だったのだろうか、この時の僕には笑う事しか出来なかった。
そして瞳さんも僕と一緒に笑ってくれる、僕はこの空間だけ時間が止まって欲しいと思うようになっていた。
そうすれば、瞳さんとずっと居られるから…でも、其れは叶わない。
「瞳!!」
「修司さん」
「…お、お早う御座います」
「お早う、瞳…散歩にしては長すぎだぞ」
「だったら自分で行って下さい…あ、この人が噂の彰彦さんよ」
瞳さんから直々に紹介された、本当に嬉しかったのに彼氏が来た途端に瞳さんの眼には僕は映されなかった。
彼女はずっと彼だけをみていたのだ。
「じゃ、じゃぁ僕は失礼します」
僕はまるで負け犬のように逃げていく
それが悔しくて悔しくてたまらなかった
あの日から僕は貴女以外の女性を見詰る事は出来ません
本当に貴女が好きになってしまったから
だから、この初恋の味を覚えさせてください
僕のたった一つの初恋の後味。