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残り火  作者: 相沢蒼依
第一章
9/51

第一章 火種9

***


 穂高さんの財布をちゃっかりチェックしながら、職場であるコンビニを目指す。


 使い古された茶色の長財布の中には、一万円札が一枚と大量の小銭。特に五百円玉が、ぱっと見で五、六枚は入っている。持った瞬間に妙に重たいと思った理由に、思わず苦笑した。


 これで煙草を買い、俺から確実にお釣りをせしめていたのか。


「……お疲れ様です」


 呟きながら同性の俺のどこがいいのか、相変わらず理解できないままでいる。


 コンビニでレトルトのお粥とスポーツドリンク、売れ残りそうな弁当を選び、店を出た。


 家に戻ると穂高さんは薬が効いたのか、すでに静かな寝息を立てていた。財布を背広に戻し、買ってきたものを冷蔵庫へ入れる。


 時計は午前二時を回っている。慌ててシャワーを浴びに浴室へ向かった。


 大学の授業は昼からだった。普段なら少しはゆっくりできる。この人がいなければ、の話だけど。


 シャワーを終え、着替えながら横目で穂高さんを見る。さっきまでの出来事がふと蘇った。


 熱でだるそうにしていたせいか、いつもより動きが鈍かった。その様子が、大人と子どもを同時に思わせて、つい手を出してしまった。不思議な人だと思う。


 丸くなって眠る姿を見ていると、出会った頃の記憶が鮮明になる。


 柔らかな笑み。煙草を美味しそうに吸う仕草。好きだと言いながら突然咬みついてきたことや、息が止まるほど強く抱きしめられたこと。


 ——それが今は三十八度にも満たない熱で、情けないほど無防備だ。


 頼りなく、甘えたで。目が離せないと思ってしまう自分に、軽く舌打ちする。


 気持ちを振り切るように身を翻し、タオルで髪を拭きながら台所へ向かおうとした、そのとき。


「……寒い……」


 振り返ると、ベッドの上には布団にくるまった大きなミノムシがいた。


「どうしたんですか? 熱、上がりました?」


 布団をめくり、汗の滲む額に触れる。


「……少し、上がったみたいですね」


 この感じは、三十八度は超えているかもしれない。


「千秋……頼む。一緒に布団に入ってくれ」

「ゲッ」

「このままだと凍え死ぬ……」


 小刻みに震えながら、必死な目で縋られる。


(確認しちゃったからな……熱が上がってるの)


「条件があります。俺に手を出さないこと。咬んだり、触ったりも禁止。ただ暖を取るだけです」

「……わかった」


 信用はできないが、恐るおそる布団に入る。


(なんで自分の布団に入るだけで、こんなに緊張するんだ……)


 腰を下ろした瞬間、太い腕が後ろから回された。


「うわっ!?」

「暴れないでくれ。風が入る」


(我慢っ、我慢しなければ……)


 念仏のように繰り返す俺を穂高さんは優しく抱きしめ、首にかけていたタオルを外して床へ落とす。


「千秋……いい匂いだ。落ち着く」


 首筋にかかる吐息がくすぐったいが、動けば文句を言われるのは目に見えている。


「やっぱりあたたかい。寒気が消えた」


 肩に頬を寄せ、安心したように息をつく。確かに、さっきまでの震えはない。


「苦しくないかい?」

「……大丈夫です」


 優しく包み込むような抱擁。逃げようと思えば逃げられるはずなのに、体勢を変える気にはなれなかった。


「……よかった」


 穂高さんが呟いた直後、首に軽い感触。


 ちゅっ。


 約束は、あっさり破られた。


「……何もしないって言ったのに」


 苛立ちながらも伝わってくる体温と疲労に抗えず、俺はあっさり眠りに落ちた。


 ——数時間後の目覚めが、最悪なものになるとも知らずに。

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