第一章 火種7
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それからというもの、井上さんは毎晩飽きずにやって来て、いつも通り煙草を買い、外で出待ちする日々が続いた。深夜の午前一時だというのに、よく続くものだと思う。
呆れながらも、今日もなぜか一緒に帰っていた。宣言どおりに手を出さずにいるので、一応安心してる。それと……一緒にいるときは煙草を吸わなくなった。
「千秋、今日は忙しかったのかい? 疲れた顔してる」
ワザとらしく俺の顔を覗き込む。それに対し、俺は無言で顎を引いた。毎日こうやって顔を突き合わされていたら、疲れないはずがない。
「ちょっとだけ忙しかった、です……」
だけどそれを口にできないのは、井上さんがすごく悲しそうな目をするせい。あれを見せられると、言葉が出てこなくなる。
「疲れが取れるマッサージ、してあげようか?」
なぜか、クスクス笑いながら言う。
(――それって絶対、アヤシイものに違いない!)
「結構です。寝れば疲れは取れるんで」
「いいな、若いって」
気がついたら、自然と会話に巻き込まれてしまった。それはけして楽しいものではないのに、きちんと返事をしている律儀な自分がイヤになる。
「……井上さんは、疲れないんですか?」
「ん?」
俺が話しかけたのが嬉しかったのか、すっと目を細めて微笑みを口元に湛える。
「だって俺、ずっと素っ気ない態度とっているのに。気を遣って、煙草も吸ってないし」
俺がイヤイヤ会話してるのを、きっと肌で感じ取ってるはずだ。
「確かにね。煙草は君が嫌がってるのがわかったから、吸っていないだけだよ。これ以上、嫌われたくないし」
「そうですか……」
「今はこうやって、傍にいられるだけで幸せ、かな」
あからさまな態度をとっている、俺と一緒にいて幸せって。
「同じ空間で、同じ空気を吸えるだけでいい。オマケに会話も成立しているし、俺としては満足だよ」
噛みしめるように呟くと、ぴたりと足を止めた井上さん。
「それじゃあ千秋。また明日」
いつも通り踵を返して帰りながら煙草に火をつけ、歩いて去って行く。こんな不毛なことを、いつまで続けるつもりなんだ、あの人――。
困り果ててその場に立ちつくしていたら、不意に井上さんが振り返る。俺と目が合うと柔らかく微笑んで、手を上げてきた。
「わざわざ見送ってるワケじゃないのに。何やってんだ……」
上げかけた右手を慌てて引っ込め、向きを変えて自宅に向かう。頬にじわりと、熱を持ってしまった。




