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残り火  作者: 相沢蒼依
第六章
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第八章 運も愛も大胆に振る舞う者の味方をする3

***


「千秋が突然目の前に現れて舞い上がってしまい、すっかり過去のことを忘れてしまった」


 だだっ広い居間で、正座のまま向かい合った穂高さんの第一声に、俺は苦笑いするしかなかった。


 トタン屋根に覆われた一戸建て。外観の古めかしさとは裏腹に、室内は同じ雰囲気を残しながらも、持ち込まれた家具の配置が絶妙で、不思議と居心地がいい。


 それがこの人らしい、と思ってしまうのが少し悔しい。


 部屋を見渡しながら、これまでの経緯を簡単に話した。


「穂高さんがイタリアへお父さんに会いに行っている間に、藤田さんがいろいろ教えてくれました」

「義兄さんが?」

「はい。『俺が先に手を回していたのに、君に別れを告げるなんて馬鹿なことをした弟を許してやってほしい』って、頭を下げられて」

「……あの人が、そんなことを」


 穂高さんは顎に手を当て、眉を寄せて考え込む。


「藤田さん、随分変わりましたよ。長かった髪も切って、表情も柔らかくなって」

「あの髪を?」

「願掛けだったそうです。話しやすくなって……その流れで、ここへ来るためのバイトも紹介してもらいました」

「なるほど」


 少し間を置いてから、穂高さんが言った。


「俺が島に来ている間に、千秋と義兄さんが仲良くなっていたわけだ」


 声は穏やかなのに、どこか棘を含んでいる。


「普通に話しただけです。それより……気になってることがあって」

「何だい?」

「さっき言っていた『現生』って言葉です」


 途端に穂高さんは大きく息を吐き、視線を逸らした。


「義兄さんが現金書留で金を送ってきたんだ。これまで働いた分だって。その額が多すぎて電話したら……『もう現生はやらない。そのうち大きなものが行くかもしれない』って」

「それで……」

「ああ」


 わかりやすい説明に、腑に落ちた。


「それより千秋、いつから島に?」

「昨日の最終便です。寝坊して船長さんに叱られてるの、偶然見ちゃいました」


 穂高さんは舌打ちして、また顔を背ける。


「一人前になったら、千秋を迎えに行くつもりだった」

「俺も……離れて、わかったことがあって」

「……何だい?」


 次の瞬間、距離が一気に詰まる。気づけば、穂高さんの顔がすぐそこにあった。


「ちょ、近いです……」

「これでも抑えてる」


 そう言いながら、額に軽く触れられる。


「ちゃんと話を聞くから」


 耳元で囁かれただけなのに、体が強張る。


「この状態……穂高とは聞く気、あります?」

「あるよ」


 ただしと言いたげな視線が、ゆっくりと俺をなぞった。


「穂高さん、離れてください。話が――」

「千秋」


 名前を呼ばれただけで、言葉が止まるのが悔しい。


「君がここにいるだけで、理性が試されてる」


 そのまま静かに体勢を入れ替えられ、背中が畳に触れた。


「っ……」

「大丈夫。ちゃんと止まる」


 そう言いながら、止まる気がないのがわかる。


「千秋、泣きそうな顔をしないでくれ」

「……嬉しいだけです」


 本当のことを言うと穂高さんは小さく息を吐き、そっと頭を撫でた。


「風呂、沸かそう。落ち着こう」


 その言葉に、ようやく力が抜ける。


 薄暗い廊下を通って風呂場へ向かいながら、説明が始まった。


「前の家より狭いし、浴槽も小さい」

「見ればわかります」

「でも工夫すれば……」

「工夫しなくていいです」


 蛇口をひねりながら、穂高さんは楽しそうに笑う。


「島に来てから自分で楽しみを見つけないと、笑えないから」

「……今の楽しみ、俺ですか」

「そう」


 即答だった。ぎゅっと抱き寄せられ、息が詰まる。


「俺の中に、ラテンの血もあるしね」

「納得できません」

「残念」


 軽く口づけられ、反論の機会を奪われる。


「服は自分で脱ぎます」

「そうして」


 けれど視線は逸らさない。


「あ、それと千秋」

「何ですか」

「前みたいにはいかないけど……全力は尽くす」

「尽くさなくていいです」

「声、抑えられる?」

「……努力します」

「いいね、可愛い」

「それ、褒めてませんよね」


 結局、主導権は最後まで戻らなかった。


 大胆さに磨きがかかった穂高さんに、これからどう振り回されるのか。


 俺は静かに、深いため息をついた。

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