表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残り火  作者: 相沢蒼依
第五章
40/51

第五章 離愁

 どれほど悩んでも、時間は容赦なく過ぎていく。


 答えを出せないまま、二つの仕事を淡々とこなす日々が続いていた。


「今夜もご来店いただき、ありがとうございます」


 常連のお客様に丁寧に頭を下げ、隣に腰を下ろす。ふと目に入ったのは、手首に巻かれた白い包帯だった。


 ――千秋の心にも、こんなふうに見えない包帯が巻かれているのかもしれない。


 いつもならその痛々しさに眉をひそめ、手首にそっと触れて労わる。だが今の俺にはそんな余裕すらなく、わずかに視線を逸らしながら訊ねた。


「……手首、どうかされたんですか?」

「そうなのよぅ。後ろから急に誰かにぶつかられて、転んじゃって。ひどいでしょ?」


 大げさに肩をすくめ、泣き真似をしながら抱きついてくる。反射的に、その頭を撫でて宥めた。


「それは大変でしたね。早く良くなりますように」


 この時は、ただ運の悪い出来事だと思っていた。でもそれだけで終わる話ではなかった。


「今夜で何人目だろうね。穂高さんのお客さん、包帯してるの」

「俺が知ってるだけでも……四人はいるかな」


 柔らかな笑みを浮かべながら答える鳳が、意味ありげな視線を向けて通り過ぎていく。嘲るような足取りに、胸の奥がざわついた。


 大倉さんが顎に手を当て、思案するようにこちらを見る。


「穂高さん。誰かに恨みを買うような覚え、ないかな?」

「……さあ、どうでしょう」


 思い当たる節が多すぎて、曖昧に返すしかなかった。この店だけでも、俺を快く思っていない人間は決して少なくない。


『最近、周りで何か変わったことはないか?』


 以前、義兄さんに言われた言葉が脳裏をよぎる。胸の奥が、ひどく嫌な音を立てた。


「少し席を外します」


 了承を得て店の外に出ると、義兄さんに電話をかける。繋がるかどうかわからないまま――。


『もしもし。どうだい、決断はついた?』


 わずか2コールで繋がり、いきなり核心を突かれた。


「それはまだ。それより聞きたいことがある」

『変化に気づいたってことは、多少は冷静になれたみたいだね』


 からかうような声音に、思わず眉を寄せる。


「俺の客に、立て続けに怪我人が出ている。偶然とは思えない」

『物騒だね。直接的な話じゃないが、こっちで状況は掴んでいる』


 声色が、ほんの少し低くなる。


『問題は、その相手がどこまでお前のことを調べているか、だ』


 ――嫌な予感が、確信に変わる。


「……身内にまで、及ぶ可能性があるってことか」

『さあね。お前に執着する人間なら、可能性は否定できない』


 心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


『一応、店には注意を回しておく。でも――』


 少し間を置いて、義兄さんは続ける。


『お前の存在そのものが、誰かを巻き込む火種になってるのは事実だ』


 その言葉が、重く胸に落ちた。


『穂高に関わったせいで、余計な不安を背負う人もいるかもしれない』


 返す言葉が、見つからなかった。


『穂高、報告ありがとう。あとはお前次第だ』


 一方的に通話が切れる。耳に残る無機質な音に、手から力が抜けた。


(……迷っている場合じゃない)


 もし俺が傍にいなければ……千秋は怯えることも、不安を抱えることもなく穏やかに生きていける。


 たとえホストを辞めたとしても俺の過去を知った彼の心から、不信が完全に消えることはないだろう。


 だから――。


「……俺が身を引けばいい」


 そうすれば、千秋は解放される。俺という不安定な存在から。


 胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。


 それでも決めた、彼を守るために。


――千秋と別れると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ