第四章 守るべきもの2
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「いらっしゃいませ! ようこそシャングリラへ」
開店してまだそれほど時間は経っていないはずなのに、店内はすでに賑わっていて、空いているのはボックス席がひとつだけだった。繁盛しているのは、素直に嬉しい。
「穂高さんが出勤するってわかってたから、そこ空けておいたよ。お客様をお連れしてあげて」
コソッと耳打ちされ、軽く肩を叩かれる。大倉さんに礼を告げてから、彼女をエスコートした。
店内で接客研修を何度か重ねた結果、わずか数日で客足は目に見えて増えた。それに伴って、キャスト同士の連帯感も自然と生まれている。とてもいい雰囲気が漂っていると実感できる。
「新しいお店って、いい感じね。穂高も居心地がよさそう」
「ありがとうございます。お飲み物はいかがなさいますか?」
「聞くだけ野暮よ。一番高いのをちょうだい」
苦笑いした瞬間、頬をムニュッとつねられる。その軽い痛みに耐えつつ、営業用の笑顔を崩さない。
お客様に何をされても、嫌な顔をしない――それは自分の中で決めているポリシーのひとつだった。
「ありがとうございます。少々お待ちください」
きっちり一礼して席を立ち、カウンターへ向かう。歩きながら他のキャストの動きを自然に確認する。
テーブル周りは整理され、灰皿の交換も行き届いている。その様子に、ほっと胸を撫で下ろした。
しばらく和やかに接客を続けていると、大倉さんがこちらへ来て、頭を下げてから大きな身体を小さくしてしゃがみ込んできた。
「お客様、大変申し訳ございません。少しの間、穂鷹が席を外してもよろしいでしょうか?」
「いいわよ。同伴で十分一緒にいるし。それに彼は人気者だもの。仕方ないわね」
「ありがとうございます。その間、華江田 椿が代わりにお相手させていただきますので」
大倉さんは俺に目配せをしてから一礼し、そのまま立ち去る。入れ替わるように、華江田が姿を現した。
「穂鷹さんがいない間、退屈させないように頑張りますねぇ。華江田 椿でぇす」
赤い髪を揺らしながらにこやかに微笑み、彼は席につく。
「すみません、すぐ戻りますので」
「戻ってこなくていいよ。俺がちゃんと彼女のハート掴んであげるからさ」
よろしくお願いします、と一言添えて、その場を後にした。
必死に存在感を示そうとする華江田の背中に、思わず複雑な視線を向けてしまう。
「おい。ぼーっとしてると、足元すくわれるぞ」
通路を歩いてきたレインが、面倒くさそうな声で囁いてきた。
「ご忠告ありがとうございます、レイン先輩」
微笑んで軽く首を傾げると、彼は耳元まで顔を寄せてくる。
「アイツ、何のネタで脅されてるかは知らないけどさ。お互い、気をつけようぜ」
肩をすくめ、そのまま去っていく背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
かつてナンバーツーだった華江田は、今やナンバーフォー。
俺がナンバー入りした影響もあるが、ナンバースリーの鳳が宣言通り“動いた”のは、誰の目にも明らかだった。
「穂鷹さん、二番テーブル! すぐに向かって!」
いつもは温厚な大倉さんが、珍しく険しい表情で声を飛ばしてくる。さっきレインと話していたのが、気に障ったのだろう。
「すみません、大倉さん。レイン先輩が少し意味深なことを仰っていたもので……つい」
「意味深なこと?」
「はい。僕、人の機微に疎いので、何を意味しているのか全然わからなくて。あんなふうに距離を詰められても……」
「えっ――!?」
大きく目を見開いた大倉さんの表情をしっかり確認してから、二番テーブルへと急ぐ。
ラブラブなはずの二人が、このあと無意味な言い争いを始めることを、心の中で静かに嘲笑いながら。




