第四章 守るべきもの
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「昨日は驚いたわ。穂高が、あんな趣味をしていたなんて」
「……すみません」
表の仕事を外回りにして、そのまま直帰扱いにし、昨日のお客様と同伴出勤するためにファミレスで軽い食事を取っていた。目の前のコーヒーに映る自分の顔は、思っていた以上に疲れて見える。
ふたつの仕事を行き来し、外では客として向き合い、その裏で千秋との時間を重ねる。自覚はなかったが、確実に疲労は溜まっているのだろう。
「謝らないで。私としては、穂高の知らなかった一面が見られて、むしろ嬉しかったくらいよ」
「……そうですか」
「ええ。私を見る目とは違う少し力の抜けた眼差しで、彼を見ていたでしょう? あれは正直、ちょっと妬けたわ」
ふふ、と小さく笑いながら、彼女はコーヒーを口に運ぶ。
「……すみません」
「だから、謝らないでって言ってるのに」
そう言いながら彼女は自分の首元に指先を添え、どこか意味ありげに微笑んだ。
「あのコにつけてもらったの?」
「……はい」
頭がいつものように回らない。疲れのせいか、それとも千秋のことを指摘されたせいか。
「前に言ったでしょう? あまり目立つことはしない方がいいって」
「気をつけます」
「私はいいけど。他のお客さんは、そうはいかないかもしれないもの」
そう言って、彼女は軽く肩をすくめる。
「でも、離れたりはしないわ。安心して」
「ありがとうございます」
冗談めかした言い方に救われる。
「それにね」
「?」
「今の穂高、少し雰囲気が違うの。昨日のこともあるんでしょうけど、どこか飾らなくなったというか」
じっと見つめられ、思わず背筋を伸ばす。
「心配してるのよ、一応」
「すみ――……いえ、ありがとうございます」
謝りかけた瞬間、ぴしりと睨まれて慌てて言い直した。
「そう、それでいいの」
「違い……ありますか」
「ええ。今の穂高はね、無理をしていない感じがするわ。だから放っておけなくなる」
(守られる側、か……)
考え込んだ表情を察したのか、彼女はすぐに言葉を足す。
「深い意味じゃないの。ただ、素直で可愛いってだけよ」
「……ありがとうございます」
微笑み返すと彼女もまた、やわらかく笑った。
「応援してあげる。その恋愛」
「本当ですか」
「ええ。穂高にあんな顔をさせる相手なら、きっと大事にしてくれるでしょうし」
一拍置いて、ふと思い出したように問いかける。
「俺も応援しているんですよ。その咬み痕を見て、ご主人は何も言わないんですか?」
「言わないわよ、気づいていないのかも。目の前にある壷を、ひたすら撫でさすって愛でていたわ」
キレイな色をしたくちびるを尖らせて不機嫌になった彼女に、やれやれと溢してしまった。
「壷を撫でている手を取って、自分の方に振り向かせたらいいだけなのに」
「そんなの……面倒くさい」
「恋愛は、素直になったもの勝ちです」
時間が気になり腕時計で確認すると、ちょうど開店の時間に差し掛かっていた。
「それって、素直な穂高が可愛いから?」
伝票を持って立ち上がると、コートを手にし寄り添うように歩く。
「反論はしません。お店にご案内しますね」
にこやかに彼女をエスコートし、ファミレスから店に向かって歩いた。守るべきものが増えた今、自分の立ち位置も、少しずつ変わり始めているのを感じながら。




