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残り火  作者: 相沢蒼依
第三章
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第三章 偽りだらけの恋愛4

***


「穂高さん、指名入ったから五番テーブル任せるよ!」


 お通しがなくなりかけたので厨房に戻ろうとしたら、大倉さんが右手をブンブン振ってアピールしてきた。


(――初日から指名が入ることは、かなり珍しい。いったい、どんなお客様だろうか?)


 訝しく思いつつも指定されたテーブルに、笑みを浮かべながら足を進める。


「本日は、指名戴きましてありがとうございます。穂鷹です」


 ゆっくりと四十五度頭を下げ、背筋を伸ばすように直立しながらお客様を見つめた。年齢は、二十代前半でスレンダーな美人。値踏みするような視線で見つめ返してくる。


 直ぐさまソファの隅に置いてあるトーション(ひざ掛け)を手に取り、失礼いたしますと言いながら、そっとかけてあげた。


「当店をいつもご利用戴き、ありがとうございます」


 テーブルの上に置かれたキープボトルに、『華ちゃん』という名札が付けられている。残りは半分くらい、か……。


「新人が入ったっていうから楽しみにして来たのに、穂鷹って全然新人臭さがないよね」

「年季が入っているせいでしょうか。こちらは、僕が作ったチャームになります。お客様には、特別に二種類ご用意いたしました」


 新人いびりに来た、イヤなお客様といったところなのかもな。俺の一挙手一投足を穴が開く勢いで、じっと観察している。


「なになに~? いきなり居酒屋メニューを作ったの?」

「ご来店戴く、お客様のお口に合えばと思い作ってみました。左が通常お出ししている物で、ごま油を使って味付けしております。右はオリーブオイルで味付けした、特注品でございます」


 初回は、テーブルを挟んで接客をするのがルールとなっている。ゆえに、目の前で失敗するわけにはいかない。


 口を動かしながら一緒にお酒も作り、きちんと水滴を拭いてコースターの上に置いた。


「一緒に乾杯しましょうよ、どうぞ」

「ありがとうございます。戴きます」


 一回り小ぶりのグラスに手早くお酒を作り、グラスを両手で持って、お客様のグラスより自分のグラスを下にして、乾杯するグラスを鳴らす。


「僕たちの出逢いに、乾杯!」


 にこやかに微笑み合い、お酒を呑む。口の中に広がるお酒の余韻に浸りながら、ふと千秋のことを考えてしまう。


 目の前のお客様が、もしも千秋だったら――彼が呑むなら、ビールあたりかな。おどおどしながら周りを見渡して、窺うように俺を見つめるだろう。


『こんなところで働いているんですね。何か、ムダに緊張しちゃう……』

「今は、俺だけを見ていて。そうすれば緊張せずに済むから。はい、乾杯」


 恐るおそるといった感じで両手で持ってる千秋のグラスに、カチンと自分のグラスを当てて勝手に乾杯。


『あっ、か、乾杯っ』


 小さな声で言って、ぐびぐびと勢いよくビールを口にする千秋を見ながら、俺も一口呑むだろう。


「可愛いね。ビールの泡、口の端に付いてるよ」


 耳元にそっと告げると身体をビクつかせながら、慌てて右手で拭おうとする。タイミングよくその手首を掴み、首を横に振っておしぼりを手にした。


「大丈夫。俺がしてあげる」


 おしぼりへと千秋の視線が釘付けになっているのをいいことに、ぺろりと舌で舐めとってやるんだ。


『ちょっ!?』

「キレイにとれたよ」

『もぅ……こんな場所でそんなこと、止めてくださぃ……』


 頬を赤く染めて、じろりと睨まれても全然怖くない。


「千秋が可愛らしいことをするのが悪いんだ。さぁ次は俺が作ったコレ、食べて」


 本当は手料理を披露したいのだが、作る時間よりも一緒にべったりしていたい時間を優先しているため、未だに作ってあげていない。


『穂高さん、料理するんだ。すごいですね』


 目を細めて嬉しそうにしている姿に、ますますイジワルをしたくなり、箸で摘んだキャベツを自分の口に挟む。


「ん……」

『ゲッ……口うつし、ですか?』


 わざとしんなりしたキャベツの葉を選んだので、食べるのには相当苦労すると思われる。


「ん……」


 強引に食べろと顔を寄せたら仕方なさそうな顔をし、掬い取るように葉を食い千切った。


 上目遣いで恨めしそうにする、そんな顔もたまらなく好き。


『……おいひぃです……』

「ん……」


 まだ残っているキャベツの葉を、更に顔を寄せてアピールしてみる。じと目をしながら食べろと暗に示したら、俺の頬を包んで隠すようにかぶりついてきた。一瞬触れたくちびるを感じ、キャベツの葉を離して、逃げかけるそれを追いかける。


 困り果てる千秋を尻目に、もう一歩踏み込んでしまいそうになる――。


「ご馳走様でした、美味しかったよ」


 ――って千秋がお客様になったら、時間制限延長しまくって、もっと困らせることをしてしまうだろうな。


「何を考えてるの? やけに嬉しそうな感じ、だけど」


 その声で頭の中から千秋がふっと消えて、目の前のお客様へと意識が移った。


「華さんと呑むお酒は、とても美味しいなぁと。つい、噛みしめてしまいました」


 誤魔化すべくニッコリと微笑んだら、華さんは「ふぅん」と生返事をしてバックから煙草を取り出す。


 スーツの袖に仕込んである手製のポケットから、広告など宣伝が書いてない安いライターを素早く取り出して、自分の手元で一回火をつけてから席を軽く立ち、お客様の近くで両手を使って差し出した。


 安全のため、火力はバッチリ最小限。こういう細かい気遣いは当然なれど――ふと周りのホストたちの動向をちゃっかり観察してみると、それが全然できていない。


(――あ~あ。お客様のテーブル前が、グチャグチャになっているじゃないか)


「穂鷹って、恋人いるでしょ?」


 片付けたい気持ちをぐっと堪えていると、聞かれたくない質問が投げかけられた。


「仕事が忙しくて、作ってる暇すらありません」

「絶対にウソだぁ。いい寄って来る女、吐いて捨てるほどいるんじゃないの?」

「あはは、吐いて捨てるほどいたら、かなり騒がしそうですね。そういう華さんはステキな人がいるんでしょうねぇ」


 質問を曖昧に回避しつつ箸でキャベツを摘み、唐突に華さんの口へ突っ込んでやった。


「ちょっ……美味しいっ!」

「こちらは通常メニューです。華さんのお酒に合うのは、特注品かもしれませんね」


 口の中の物がなくなるのを見はかり、オリーブオイルとミックススパイスで味付けしたキャベツを、同じように口に運んであげる。


「ホントだ。こっちの方がお酒に合う!」

「良かったです。同業者のお客様に、そんなふうに褒めてもらえて」


 華さんの使っているグラスに水滴がついたので、持ち上げてキレイに拭き上げて様子を窺った。俺の放った言葉に一瞬だけ目を見開いて、あ~あと呟く。


「何でわかったのよ? 大倉さんに聞いたとか?」

「いえ……。正面で接客させていただいたからこそ、それに気がつきました。普通のお客様は、そんなふうに座りませんから」

「そんなふう?」

「はい。常に自分をキレイに見せるべく、背もたれにもたれずに背筋を伸ばして、ちょっとした角度をキープし続けるのは、大変そうだなぁと」


 こんな感じですねと真似をしてあげたら、途端に顔を曇らせた。


「やだぁ、もうバレちゃった……。もっと苛めてやろうと思っていたのに」

「遠慮せずに苛めてください。華さんのような可愛いお客様に苛められるのは、イヤじゃないですよ」


 少しだけ小首を傾げニッコリ微笑むと、ふてくされた顔でグラスのお酒を煽るように飲み干す。


「とっても可愛くない新人の相手を渋々しているんだから、穂鷹も付き合いなさいよね」

「ご馳走になります。どうぞ」


 空になったグラスに新しくお酒を作って、コースターの上に置いた。作りたてのお酒を一口だけ呑み、諦めた表情を浮かべて天井を仰ぎ見る華さん。


「せっかく仕事を貰えたから完璧にこなしてそれをエサに、彼女になってやろうと思ったのになぁ」

「計画には、誤算がつきものです」


 自分のグラスに入ってる酒を飲み干し、お言葉に甘えて新しいのを注ぎ足す。


「ホント、色恋ごとは厄介よね。ちょっと、隣に来て話を聞いて!」


 右手で、おいでおいでと呼ばれたので、ゆっくり立ち上がってから失礼しますと呟き、隣に腰を下ろした。


「華さんのようなプロを手玉に取るなんて、お相手の方は相当な手練なんですね」


 そういう俺も、千秋に翻弄されてばかりいる。気がついたら目で追っていて、あっという間にどっぷりとハマってしまった。彼を自分のものにしたくて毎日コンビニに足繁く通い、接客している笑顔を垣間見ることができるだけで、すごく嬉しくて――。


 ほっこりした気持ちを抱えながら隣にいる華さんに視線を向けると、手に持っているグラスの中の氷を弄りながら、寂しげに微笑んだ姿が目に映った。


「仕事はプロかもしれないけど、恋愛に関してはホント駄目なのよね私。昇ちゃんの恋人になりたくて、一生懸命になればなるほど、いい雰囲気になった途端に離れちゃうんだ」


 昇ちゃんというワードに、眉をひそめるしかない。


「……もしかして、藤田昇ですか?」


 俺がその名前を口にすると、驚いた顔をしてじっと見つめてきた。


「ちょっと何それ、知り合いだったっていうの?」

「義理の兄なんです」


 ――義兄さん、相変わらず人が悪すぎる――


「それってもしかして、昇ちゃんの顔にキズをつけた弟って、穂鷹だったんだ。ねぇねぇ、お兄さんに恋人はいるの?」


 いきなり腕を絡めてきて、縋りながら身体を揺さぶってきた。


「すみません。義兄さんのことはさっぱりわからないんです」


 今回もどうして知り合いである彼女に、俺を指名させたんだか。腕が落ちてるとでも思われたのか?


「だけど、昇ちゃんの好みくらいわかるでしょ? どんなコがタイプなの?」

「タイプ、ですか……」


(まさか男に抱かれるのが趣味なんですと、口が裂けても言えない――)


「僕たち仲のいい兄弟じゃなくて、一緒に住んでいたときも今も、仕事以外の話をしたことがないんです。なので義兄さんの好みも、まったくわかりません」


 心を闇に閉ざしている人で、俺自身も義兄さんをあまりよく思ってはいない。


 昔は兄弟になろうと頑張ってみたことがあったけど、それすらもあっさりとかわされ続けたので、興味すら感じなくなってしまった。好みのタイプなんて知ったこっちゃない。


「義理の兄って、血の繋がりは全然ないの?」

「ええ。僕は母の連れ子だったので」

「そうなんだ。でも似てるところ、あるけどな」


 華さんは俺の頬を右手人差し指でつんつん突いてから、美味しそうにグラスの酒を呑む。


 どこら辺が似ているんだろうと、ふと考えたときだった。


「穂鷹ってば、似てるって言った瞬間、イヤだっていうのが目に表れていたよ。顔にキズをつけちゃうくらい、昇ちゃんのことが嫌いなんだね」


 ガマンしたつもりでいたことを、あっさりと見透かされ困ってしまう。


「確かに顔にキズをつけたときは、傷つくことを言われたから、やってしまったんですけど。それ程、嫌いというワケでは……」

「ううん、目は口ほどにものを言うの。誤魔化しが全然、きかないんだからね。なのに、変に誤魔化そうとするところが、昇ちゃんとおんなじ」


 わざわざ指を差して、おかしいと言わんばかりに笑う。


「あとねぇ、目の輝き方が一緒。仕事の話をしてるときの昇ちゃんの目と今の穂鷹の目、同じようにキラキラしてる」

「それなら僕も華さんに好かれてしまう、可能性があるってことですね?」


 耳元に顔を寄せながら低い声で告げてみたら、首根っこをぎゅっと掴まれてしまった。


「残念ね。こう見えても私、一途なんだから」

「なるほど、ね。一途な人はちゃっかりこんなトコ、お触りしちゃうクセがあるんですか」


 片腕は俺の腕に絡めつつ、反対の手でさりげなく、微妙な位置を撫で擦っている。


「義兄さんと比べてみてるでしょ? しっかりした人ですね」


 ナニを触って、何がわかるんだか――。


「んもっ、そんな。比べてないってば!!」

「じゃあ、どうして触ったんです? ここは、お触りバーじゃないですよ」


 口で指摘しても止めなかったので優しく握りしめてから、人差し指の爪にそっと口づけを落としてあげた。


「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」

「――と華さんが言いながら大事なところを触ったって、義兄さんに報告させていただきます」

「きゃあっ!! それだけは勘弁してっ! ゴメンゴメン、どうしても気になっちゃったんだってば」


 両手を合わせて謝り倒す姿に、苦笑を浮かべるしかない。


「わかりました。義兄さんには報告しませんからボトル、新しいのを入れてくださいね」

「穂鷹ってば商売上手ね。新しいの入れてあげるから手伝ってよ」

「喜んで……」


 華さんのグラスに手にしていたグラスを当てて、一気に飲み干した。ボトル半分くらいなら、軽くこなせそうだ。


「穂鷹、ドンペリ好き?」

「高いボトル、入れてくれるんですか?」


 何かを窺うような視線に、警戒心を隠しながら微笑む。


「穂鷹の答え方次第で、考えてあげてもいいわよ」

「じゃあ僕からも質問。この店に来て、誰に接客をしてもらったか」


 俺の切り返しに、華さんはきょとんとした表情をしてから店内に視線を彷徨わせ、目当てのキャストたちに指を差していく。


「はじめては、あの人。淳くん。二回目は、あの隅っこにいる人」


 ナンバースリーと下っ端の先輩か――。


「このふたりにも同じ質問をして、華さんが気に入る答え方をしていないから、ドンペリが入っていない、と」


 なくなりかけの安いボトルを手に取り、目の前に掲げながらニッコリと笑いかけた。


「そうね。ほらほら、どうする?」

「僕はドンペリ、あまり好きではありません。どちらかといえば華さんと一緒に飲んでいる、コチラのお酒が口に合います」

「へぇ、思い切ったことを言っちゃうのね。それじゃあ高いボトル、入れられないな」


 艶っぽい笑みで俺を見つめる視線をワザと絡ませ、視線を逃がさないようにぐっと距離を詰めた。


「素直に答えたのに冷たいお客様ですね。別に、高いボトルを入れなくてもいいですよ」

「強がり……」


 その言葉を鼻で笑って一蹴し、くちびるギリギリまで顔を近づける。


「高いお酒よりも毎回僕を指名して、このお酒をたくさん飲めばいいだけですから」

「昇ちゃんの恋人情報、穂鷹がくれるならね」

「指名しないとあげられませんよ。もちろん、僕以外の指名はありえない」


 喉で低く笑いながら告げてグラスを手に取り、ゆっくりと飲み干した。


「んもうぅ! 面倒くさい駆け引きが苦手なのに。わかったわよっ、指名してあげるから昇ちゃんの件、ヨロシク頼むからね」


 こうして確実な指名客をゲットし、幸先のいいスタートをした。


 何回か店に通い、店内の状況を入念に把握。操りやすそうなナンバーワンに、ターゲットを絞ったのだった。

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