第三章 偽りだらけの恋愛2
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新人の仕事をこなしながら、簡単なお通しを作る。まずは店内の清掃から。
机にかじりついて数字を追っているよりも、こうやって身体を動かした方が自分に合っていると思う。何も考えずに黙々と作業をしていと、気持ちが楽だから。そして目の前がキレイになっていくのは、達成感がある。
赤絨毯の掃除機をかけ終わり、額の汗を拭って、テーブルの上やあちこちを拭き掃除する。それが終わったらトイレ掃除や店の外の掃き掃除をし、グラスやコースター、灰皿などの備品準備をする。
「くそっ、ここにいる新人は、あまりキレイな仕事をしていないな。店の中が狭いのに、パラダイスと同じ時間がかかるって適当すぎるだろ……」
カウンターにある時計に目をやり、はーっとため息をついた。だけどもうすぐ、千秋がコンビニで働く時間帯に入る。場所が違っていても同じ時間に働けるという、小さな幸せを噛みしめずにはいられなかった。
「千秋……頑張ろうな」
自分を奮い起こすべく呟きながら、拳を握りしめる。
「さて、と。お通しでも作るか」
キャベツを洗って一口大に切り、ビニール袋に入れて、ゴマ油と塩少々に白ゴマを適当に入れてシャカシャカ振っていると、店の扉が音を立てて開いた。
「おっはよ~ございまぁす! って、あれあれ、今日から新人くんが来ることになってたの?」
「おはようございます。今日からお世話になる、穂鷹と言います」
洗い場に顔を出した先輩に、ペコリと頭を下げる。
(この先輩の適当仕事のせいで、今まで時間がかかったんだな……)
「アンタ結構、年いってんじゃない? ホストよりも内勤の方がいいんじゃないの?」
確かに年齢よりも老け顔だが、こうもズバッと言うことないだろう……。
「こう見えて、まだ二十代なんですよ」
(ギリギリですけど、ね――)
ニコニコしつつビニール袋からキャベツの葉を取り出し、酷いことを言った先輩の口に突っ込んでやった。
「ふぐっ!?」
「塩加減、いかがでしょうか?」
酒の肴になるので、少しだけ多めに味付けしてある。目指したのは、某社のポテトチップスのうす塩味程度。
「……うめぇ。葉がシャキシャキしてて塩味が利いててほのかに甘いし、ゴマの香りが口の中に広がってく」
「そうですか、良かったです。お通しで出そうと思って作りました」
「オッサン、もう一枚ちょうだい」
(オッサン――!?)
内心湧き上がってくる怒りを何とか押し殺し、もう一枚強引に口に突っ込んだ。
「サンキュ~! オッサンのおかげで、楽しく営業に取り掛かれるわ」
営業とはお客さんにメールしたり、電話して店に促すことを言う。
草を食べる牛のように口元を動かしながら、ロッカールームに消えた先輩の後ろ姿に、大きなため息をついてガックリとうな垂れた。
「あれが千秋と同年齢なんて考えたくないな。可愛らしさのカケラもない」
従業員のプロフィールは頭の中に叩き込んでいるので、顔を見たら名前と年齢と店の順位がパッと出てくるようにしている。
「想像したくないが間違いなくナンバーたちも、ああいう横柄な態度をしているんだろう。……嘆かわしい」
互いがライバルなれど、店を盛り上げないと売り上げに繋がらないのだから、表面上だけでも仲間意識がないといけないと思うんだ。
こっそりとスペシャルメニューを作りながら、これからの対策を考える。
(客に接待させてるホストたちの教育……とりあえず今日は様子見で、酷さを確認してから押さえ込むヤツを決めようか――)
本当はやりたくない仕事だけど千秋のためだ、致し方ない。
その後、メンバーが集まったからミーティングをするという大倉さんに呼ばれ、フロアに顔を出した。
「今日からお世話になります、穂鷹です。ヨロシクお願いします」
目の前にいるホストたちに、ペコリと頭を下げた。
「この間、辞めていったコと正反対だね」
耳にかかる髪の毛を弄りながら、じっと見つめてきた相手は、ナンバースリーの鳳 敦。パッと見は柔らかい印象を受ける人柄だが、裏で何をやっているかわからないと義兄さんの資料には書いてあった。
「正反対って、年齢のことを言ってたりするのか?」
ソファに深く腰掛け、隣で呟く鳳に茶化すような口調で話しかける華江田 椿、店のナンバーツーである。誰にでも気さくに話しかける人懐っこさと、政治経済から芸能ネタまで幅広い話が面白いらしい。
「ウチの店の平均年齢、一気に上がっちゃったよなぁ」
お腹を押さえて笑いながら斜め前に視線を飛ばした華江田に、感情を押し殺してニッコリと微笑み返してやる。
(ホストとしては、まだ働ける年齢なんだが――)
今日はやけに、年齢という言葉が刺さる日ということにしておこう。
華江田の斜め前にいるのは、シャングリラでナンバーワンホストの北条レイン。
「若いのが使えないって俺が言ったから、次は年寄りを入れたのか?」
華江田の言葉に軽くため息をつき、俺を無視して大倉さんに話しかけた。北条の衝撃発言に固まる俺と、あたふたする大倉さんの温度差が激しい。
「レインくん、そんなことを言っちゃあダメだって。彼はパラダイスで――」
「そうなんです。パラダイスでも働いていたので、ド新人ではないんですよ、ハハハ……」
大倉さんが俺の素性を明かしかけたので、慌てて打ち消した。隣にいる大倉さんの背広を引っ張り、視線で抗議すると目礼する。
「昼間も仕事をしている関係で週三くらいの出勤になりますが、どうぞヨロシクお願いします!」
再び自己紹介をし、しつこく頭を下げるしかできない自分。お客よりも、厄介なキャストばかりだ。
「さぁさぁ、今夜も張り切ってお仕事しましょうねっ! みんな、がんばろ~!!」
大倉さんが場の雰囲気を盛り上げようと右腕を突き上げながら言った言葉に、「ヘーイ……」なんて気の抜けた返事をし、散り散りにその場を去って行く。
「穂高さん、気分を害したでしょう? すまないねぇ、君のようなイケメンすぎるライバルの登場に、みんなの気が立ってしまったんだよ」
「いえ……」
大倉さん、口調は謝っているのに言ってる内容が残念すぎる。しかもそれだけじゃなく、店長とキャストの間柄も随分と悪そうだな。これじゃあ店が、どんどん盛り下がっていくのがわかる気がした。
みんなが方々に去って行く中、ひとりソファに座って真剣にスマホを弄るナンバースリーの鳳と目が合う。
「君、パラダイスにいたときと、源氏名は同じなのかい?」
持ち前のふんわりとした雰囲気を生かし、柔らかく微笑みながら訊ねてきたが、目がまったく笑っていなかった。
「仲良くしてね、穂高さん」
こそっと耳打ちし、店の奥に去って行く大倉さんの背中を見送り、鳳に対峙する。仲良くなれなさそうな感じが、ひしひしと漂っていた。
「僕の名前が、何か?」
鳳の真似をしてにこやかに微笑むと、スマホをテーブルに置き、じっとこっちを見上げてくる。
「パラダイスの穂鷹っていう名前、どこかで聞いたことがあったなぁと思って、知り合いのホストに聞いてみたんだ。君、やり手だったそうじゃないか」
「そんなの、ただの噂話ですよ。他人の空似かもしれません」
「何をしにここに来たのかは知らないけど、俺に手を出さないでくれよ。椿さんあたりなら悦んで、身体を差し出すかもね。ふふふ……」
さも可笑しそうに笑うその姿は、悪代官の笑顔そのもの。
(――タチの悪い男だな)
「すみません、僕は雑食じゃないので、食べられる人を選んでます。もちろん、鳳先輩は大丈夫ですよ。お腹を壊しそうですし」
「……へぇ、言ってくれるね。新人の君がしてくれる丁寧な仕事ぶり、結構好きなのにな」
「お褒めに預かり光栄です。いつまでも新人の仕事をするつもりはないですけど」
柔和な笑みが崩れていき、刺すような視線に変わった。
「君、パラダイス同様に、ここでもナンバー目指すんでしょ? 悪いけど三番はあげられないからね。俺のラッキーナンバーだから」
「いりませんよ、そんな番号」
はーっとわざとらしくため息を吐いてやり、首を傾げてみる。
「何だい、その白々しい演技は」
「すみません。だって僕がナンバーワンになったら鳳先輩は必然的に、四番になっちゃうなぁと思いまして」
「ご心配なく。上のどちらかを俺の足元へご案内すれば、いいだけの話だから」
先程の厳しい表情を一変させ、口元に嫌な笑みを浮かべた。この人のことだ。きっと弱みか何かを握って脅した上で、蹴落とすに決まっている。
「トップを目指さない人がトップを維持している人と互角に渡り合えるとは、どうしても思えないんですけどね」
上のふたりは、同じような目の色をしていた。きっと自分の実力で、順位をキープしているに違いない。
「まるで俺に実力がないと言ってるみたいだけど、それなりに人気はあるんだからね」
音をたてずに立ち上がり、目の前を去って行く。
「それなりに、ですか……」
「君、俺のテーブルに来なくていい。他の人のヘルプにまわって」
付け足すように言い放ち、店から出て行った。
(――やれやれ。ひとつ仕事は減ったがお客様を奪う機会を失った)
「鳳は敵に回すと面倒だし、味方にする価値もない。目の端に映して、注意をしておく必要があるな」
弱みを握られたら即アウトなのが、会話でわかった。
「手を出すなとも言われたし、残るふたりの内、どちらかにアクセスしてみるか」
ナンバーツーの華江田と協力してナンバーワンを落とすか、あるいは――。
「そろそろ開店するよ。穂高さん、店内の最終チェック、お願いしていいかい?」
ぼんやりと立ち尽くし、考え込んでいるところに大倉さんが声をかけてきた。
「わかりました」
「いやぁ、君のようなしっかり者がいると、安心して店を任せられるよ」
開店の札を店の扉にかけて、店内に戻ってきた大倉さんが、ニコニコしながら肩を叩く。しっかりしなきゃならないのは、むしろ店長のアナタなのに、ね。
「キャッチに行ったコは、しばらく戻らないと思うけど、レインくんや椿くんがお客様を連れて来るから、ヨロシクね」
「はい。早くお店に馴染めるように頑張ります」
大倉さんと一緒にカウンターに入り、グラスの曇りをチェックしたり、細かい開店準備をする。程なくして、有線から流れるムード漂うジャズが店内に流れ始めたとき、甲高い笑い声と一緒にお客様が来店した。




