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残り火  作者: 相沢蒼依
第一章
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第一章 火種26

***


「千秋、……千秋、大丈夫かい?」


 頬に触れられる感触で、ゆっくりと意識が浮上した。


「……あれ?」

「よかった。急に意識を失ったから驚いたよ」


 穂高さんの声は、いつもより少しだけ低くて慎重だった。未だに頭が重く、視界がまだ定まらない。


「俺……意識を……失った、の……?」


 自分の言葉に、胸の奥がじわりと痛んだ。


(そうだ――あの光景を見て、あの言葉を聞いて、心が追いつかなくなって。浮気かもしれないという疑念と、否定したいのに否定しきれない現実をつきつけられたんだった)


 俺の中にいろんな感情が溢れすぎて、身体が先に音を上げただけだった。


 ベッドに横になったままの俺に、穂高さんがそっと腕を回してくる。


「……ごめん。怖がらせるつもりはなかった」


 謝罪の言葉に、胸がちくりとする。でも簡単に許せるほど、心は整理できていなかった。


「……らしくない顔、してますか」

「ああ。いつもの千秋は、もっと柔らかい表情をしてる」


 そう言って、頭を撫でる手つきは優しい。それが余計に俺の胸をかき乱す。迷うことなく、その腕を外して背を向けた。


「……そんな顔にしたの、誰だと思ってるんですか」


 小さく零れた本音に、穂高さんは何も言わなかった。代わりに少し間を置いてから、静かに囁く。


「……俺は千秋が好きだ。君だけだよ」


 いつもなら救いになる言葉。だけど今は、確かめずにはいられない。


「それ……本当に?」


 視線を合わせると穂高さんは一瞬、言葉に詰まったあと、ゆっくり頷いた。


「だから……証が欲しいんだ」

「証?」

「千秋のものだってわかる印、君につけてほしい」


 穂高さんの指が、自分の首筋に触れる。誘導するような仕草だけど、無理やりではなかった。


「……嫌ならやめる。選ぶのは千秋だ」


 その一言に胸がざわついた。毎回穂高さんに選ばされているのに、いつも選んでいる気がしてしまう。


「だったら噛みます……」


 小さく問い返すと、穂高さんは静かに頷く。俺は少しだけ躊躇ってから、目の前にある首元に顔を寄せて歯を立てる。確かに、そこに“自分が選んだ感触”があった。


「……んっ」


 穂高さんの息が詰まる。抱きしめる腕に力がこもった。顔を離すと、そこには赤く残る痕。そっと触れて確かめてしまった。


「……これで、少しは安心できるかい?」


 そう訊ねる穂高さんの声は、どこか不安定に俺の耳に聞こえた。


「……うん」


 答えながら思う。これは安心なんかじゃない。でも今は、これしか縋るものがなかった。


 穂高さんの腕に身を預けながら、胸の奥で静かに芽生える感情を見ないふりをする。


(――離れないためには、どうすればいい)


 その答えを、まだ言葉にはしなかった。

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