第一章 火種22
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息がうまく整わない。触れ合うたびに、心ごと引き寄せられていく感覚があった。
穂高さんの部屋に入った瞬間、背後から抱き寄せられて逃げ場を失う。けれど、その腕の中が嫌じゃないと思ってしまう自分がいる。
今は俺が上になり、彼を見下ろす形にさせられた。視線が絡むたびに、鼓動が勝手に早まる。
「穂高さん……電気、消したほうが……」
「いいだろう。千秋の表情が見たい」
逃げ場のない言い方だった。見つめられているだけで、身体が正直に反応してしまう。
「恥ずかしそうにしてる顔、俺は好きだよ」
腰に添えられた手が、確かめるように動く。くすぐったいような落ち着かないような感覚に、思わず息を詰めた。
「千秋はどうしてそんなに、俺を煽るんだろうな」
「……そんなつもり、ないです」
(本当は、嫌われたくないだけなのに――)
「頑張ったね、千秋」
抱きしめられて、その温もりにほっとする。この腕の中にいられるなら、それでいいと思ってしまう。
次の瞬間、体勢が入れ替わり、ベッドに押し倒された。いつもの優しさとは違う圧に、思わず息を呑む。
「驚いた?」
「うっ……ちょっとだけ」
穂高さんは笑っていた。愉しそうで、どこか満足げな表情で。
「大丈夫。ちゃんと可愛がってる」
その言葉に、拒む理由を失ってしまう。
「千秋は素直だからね……ますます手放せなくなる」
囁かれるたび、胸の奥が締めつけられる。求められていると思うと、安心してしまう自分が怖い。
「待っ……」
「待ったはなしだ、ここから俺に任せて」
抗う言葉は、優しい声に見事に溶かされてしまった。
「可愛いよ。本当に――」
強く抱きしめられると、息が詰まるほどの距離になる。それでも、離れたいとは思えなかった。
「俺のこと、ちゃんと好きだろう?」
「……はい」
考えるより先に、素直に答えていた。以前なら、間違いなく躊躇していた言葉なのに。
「それなら、いい」
穂高さんは優しく笑って、俺の額に軽く口づける。それだけですべてを許されたような気がして、胸が熱くなる。同時に、どこか置いていかれる感覚もあった。
「千秋、愛してる」
強い言葉に包まれ、何も考えられなくなる。その後の記憶は、断片的だった。安心と疲労が入り混じり、意識がどんどん遠のいていく。
「千秋……明日は早いんだろう」
「……はい」
穂高さんは、俺の顔をじっと見つめてから小さく笑った。
「無理させすぎたかな。でも……千秋が悪い」
冗談めかした声なのに、胸がざわつく。
抱き上げられ、浴室へと運ばれながら思う。この人の言う「悪い」は、きっと俺が離れないことだ。
すべてを終えてベッドに戻ると、意識はすぐに沈んだ。隣の温もりに縋るように身を寄せる。安心しているはずなのに、心のどこかで小さな不安が燻っていた――。




