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残り火  作者: 相沢蒼依
第一章
22/51

第一章 火種22

***


 息がうまく整わない。触れ合うたびに、心ごと引き寄せられていく感覚があった。


 穂高さんの部屋に入った瞬間、背後から抱き寄せられて逃げ場を失う。けれど、その腕の中が嫌じゃないと思ってしまう自分がいる。


 今は俺が上になり、彼を見下ろす形にさせられた。視線が絡むたびに、鼓動が勝手に早まる。


「穂高さん……電気、消したほうが……」

「いいだろう。千秋の表情が見たい」


 逃げ場のない言い方だった。見つめられているだけで、身体が正直に反応してしまう。


「恥ずかしそうにしてる顔、俺は好きだよ」


 腰に添えられた手が、確かめるように動く。くすぐったいような落ち着かないような感覚に、思わず息を詰めた。


「千秋はどうしてそんなに、俺を煽るんだろうな」

「……そんなつもり、ないです」


(本当は、嫌われたくないだけなのに――)


「頑張ったね、千秋」


 抱きしめられて、その温もりにほっとする。この腕の中にいられるなら、それでいいと思ってしまう。


 次の瞬間、体勢が入れ替わり、ベッドに押し倒された。いつもの優しさとは違う圧に、思わず息を呑む。


「驚いた?」

「うっ……ちょっとだけ」


 穂高さんは笑っていた。愉しそうで、どこか満足げな表情で。


「大丈夫。ちゃんと可愛がってる」


 その言葉に、拒む理由を失ってしまう。


「千秋は素直だからね……ますます手放せなくなる」


 囁かれるたび、胸の奥が締めつけられる。求められていると思うと、安心してしまう自分が怖い。


「待っ……」

「待ったはなしだ、ここから俺に任せて」


 抗う言葉は、優しい声に見事に溶かされてしまった。


「可愛いよ。本当に――」


 強く抱きしめられると、息が詰まるほどの距離になる。それでも、離れたいとは思えなかった。


「俺のこと、ちゃんと好きだろう?」

「……はい」


 考えるより先に、素直に答えていた。以前なら、間違いなく躊躇していた言葉なのに。


「それなら、いい」


 穂高さんは優しく笑って、俺の額に軽く口づける。それだけですべてを許されたような気がして、胸が熱くなる。同時に、どこか置いていかれる感覚もあった。


「千秋、愛してる」


 強い言葉に包まれ、何も考えられなくなる。その後の記憶は、断片的だった。安心と疲労が入り混じり、意識がどんどん遠のいていく。


「千秋……明日は早いんだろう」

「……はい」


 穂高さんは、俺の顔をじっと見つめてから小さく笑った。


「無理させすぎたかな。でも……千秋が悪い」


 冗談めかした声なのに、胸がざわつく。


 抱き上げられ、浴室へと運ばれながら思う。この人の言う「悪い」は、きっと俺が離れないことだ。


 すべてを終えてベッドに戻ると、意識はすぐに沈んだ。隣の温もりに縋るように身を寄せる。安心しているはずなのに、心のどこかで小さな不安が燻っていた――。

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