第一章 火種18
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「あっ、あの……その……」
ファミレスを出てすぐ、意を決して声をかけた。
「股間のモノのお仕置き、についてなんですけど……」
言い終わる前から、穂高さんの口元が楽しそうに歪む。
「改まってどうしたんだい。そんな顔で見上げられたら、今すぐ押し倒したくなる」
「押し倒さないでくださいっ」
「じゃあ百歩譲って、あそこの塀で壁ドンしてキスするのは?」
「全部、人目がありますから!」
必死に否定すると、穂高さんは肩を揺らして笑った。俺のことを困らせている自覚があるのに、それを楽しんでいる顔だ。
(――俺は笑えないのに……)
「そんなに眉間にシワ寄せたら、老けるよ」
そう言って、頭を撫でられる。
拒否するより先に、なだめる動作。その手つきが、妙に慣れていて胸がざわつく。
「お仕置きの件なら、心配しなくていい。ソフトにするから」
その言葉が、かえって想像を掻き立てる。
「……すみません。ソフトでも、もう無理っていうか……」
撫でる手をそっと押し返すと、穂高さんは一瞬だけ目を瞬かせ、それから穏やかに頷いた。
「淡泊なんだね、千秋」
「俺は普通です。穂高さんが……その……」
「変?」
否定の間も与えず、わざと被せてくる。
「千秋違うよ。あれは愛情表現だ」
真顔で言われて、言葉を失う。
「でも、一晩であんな回数――」
「本当は朝までしたかった」
あっさり言われて、背筋が凍る。
「君がもたなさそうだったから、配慮しただけだよ」
「……はい?」
配慮という言葉と内容が、まったく噛み合っていない。
「千秋からもっと触れて、もっと欲しがって――」
「だ、だだ……っ」
慌てて口を塞ぐ。
「穂高さん、お願いですからもう無理です。打ち止めでお願いします」
息を切らしてそう言うと、ようやく穂高さんは一歩引いた。
「わかった。じゃあ別案だ」
そう言って、手首を取られる。
「マッサージしよう。千秋の疲れた身体、ほぐしてあげる」
「い、いりません!」
「職場じゃ“ゴッドハンド”って言われてる」
握られた手に、力がこもる。
「上司も、一瞬で寝るくらいだ」
拒否の言葉より先に、身体が引かれる。
「本当に大丈夫ですから!」
「じゃあ」
一瞬、声のトーンが落ちた。
「股間のほうを、ソフトに――」
「わかりましたっ!」
反射的に叫んでしまった。
「穂高さん……普通の普通のマッサージでお願いします!」
俺からの提案に、穂高さんは満足そうに微笑む。
「そう来なくちゃ」
その表情を見た瞬間、遅れて気づいた。
(……俺、結局断れてない)
選んだつもりで、選ばされている。それでも流されてしまう自分が、何より怖かった。
――けれどその怖さを口に出すことは、どうしてもできない。




