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残り火  作者: 相沢蒼依
第一章
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第一章 火種17

***

 その後、一緒に着替えて近所のファミレスに連れて来られた。昼時ということもあり、店内はざわついている。


「二名様ですね。お煙草は吸われますか?」

「はい」


 迷いなくそう答える穂高さんに導かれ、喫煙席へ向かう途中――。


「あ……」


 思わず声が漏れた。


「どうした?」

「モデルの葩御稜が……男の人と食事してます」


 最近よくテレビで見る人だ。ゲイだとカミングアウト後も第一線で活躍し続けている、今話題の存在。近くで見ると、やっぱりどこか現実味がなくて目を奪われた。


 視線に気づいたのか葩御稜はふっとこちらを見て、軽く手を振ってくれる。あまりに自然な仕草に、思わず笑って手を振り返そうとしたその瞬間、手首を強く引かれた。


「行くよ」

「え……」


 有無を言わせない力で向きを変えられる。


「ウェートレスさん、待たせてる」


 低く抑えた声が、耳元に落ちた。


『偏ってるね、あの人――』


 誰に向けた言葉か、確認する余裕もないまま席に着かされる。


 向かい合ってメニューを開いても、さっきの一瞬が頭から離れなかった。


「千秋、決まった?」

「……オムライスとサラダのセットで」


 答えると同時に、穂高さんが呼び出しボタンを押す。俺の分まで当然のように注文してくれた。


「意外だな。君って、ミーハーだったんだ」


 そう言いながら、前髪に触れてくる。人前で――しかも断りにくい距離で。


「違います。ただ、初めて間近で見たから……」


 手を握って離すと、穂高さんは楽しそうに目を細めた。


「表情、くるくる変わるね。見てて飽きない」


 それは褒め言葉のはずなのに、なぜか観察されている気分になる。


 穂高さんは煙草に火を点け、紫煙を吐きながら言われた。


「さっき、考え込んでたね。彼の言葉が気になった?」

「偏ってる人って、何でしょうね」

「きっと俺だろうな。野菜が嫌いだから、偏った食事をしているし」


 穂高さんの言葉に何と返答していいのかわからず、口を引き結んだ。一目見ただけで、食の偏りがわかるワケないだろうに……。それとも葩御稜は、そういうのを見分けることができる能力の持ち主なのか!?


「しかも千秋は俺と一緒にいるというのに、他の男に気をとられるなんて信じられないことをしてくれるんだね」

「それは、さっき言ったように――」

「バツとして帰ったら、股間のモノにお仕置き決定」


 実に美味しそうに煙草を吸いながら、さらりと凄い一言を告げる。思わず周りを、キョロキョロと見渡してしまった。


「ちょっ、何を言い出すんですか。こんなところで、もう」

「口で説教されるのと手で扱かれるの。どっちがいい?」


 臆することなく、畳みかける感じで訊ねてくる。しかも真剣な顔して。そんな恥ずかしい言葉を、公衆の面前では普通言えないよ。


「いい加減、止めて下さいって。場所を考えてください」

「ああ、そうか。千秋はお風呂で泡まみれになりながら――」

「穂高さんっ!」


 昨日の出来事を思い出してしまい、頬が一気に熱くなった。散々焦らされて、いろいろ際どいことを耳元で囁かれ、実際とても大変だったのだ。


「千秋が悪いんだ、他の男に目移りするから」


 灰皿に煙草を押し付けて、目の前に整った顔が迫ってくる。


「……帰ったらしっかりバツ、受けてもらうから覚悟するんだよ」


 身体の芯に響くような低い声色に、ドキドキが止らない――。


「お待たせいたしました。オムライスのセットのお客様は?」


 真っ赤な顔で口を開きかけた時、タイミングよく料理が運ばれてきた。内心、安堵のため息をつく。


 じと目をしながら手を上げて料理を誘導すると、もう少しだったのにと呟き、顔をちょっとだけ歪ませた穂高さん。


(何が、もう少しだったのにだよ。人を散々困らせているというのに……)


 そんなことを考え、オムライスをパクつきながら不機嫌な顔をしてみせると、穂高さんは俺を宥めるように口を開いた。


「そんな顔していると料理に悪いよ。美味しそうに食べなければ」

「そんな顔にさせたのは誰ですか。あんなことを言って、からかっておいて」

「だって千秋が好きなんだ。いろんな顔が見たいって思っちゃ、ダメなのかい?」


 穂高さんは細長い指を使い、くるくるフォークを回してスパゲティを巻きつけ、口に運ぶ。しかも終始笑顔を絶やさない。ここぞとばかりに反撃しようとすると、そのタイミングで好きと言ってくれる。残念なのがそれに対する、反撃の言葉が見つからないこと。


「その気持ち、わからなくはないです。俺も穂高さんが好きですし」


 意味なく、オムライスのご飯と玉子をぐちゃぐちゃに混ぜながら、上目遣いで目の前の人の様子を窺った。


 一瞬動きを止めて、目の下を赤く染めたと思ったら、手早くフォークにハンバーグを一口分突き刺すと、俺の口元に向かって、そっと差し出す。


「ん……」


(食べろということ、だよな。これは―― )


 周りをキョロキョロしてから、ぱくっと口に入れると、えらく嬉しそうな表情を浮かべた。


「穂高さんに、これ……」


 サラダについてるミニトマトを箸で摘み、口元に持っていくと表情は一変。笑顔がピキンと凍りつく。


「千秋ってば、根に持つタイプだったのか。俺の嫌いな野菜を、こんな形で食べさせようだなんて」

「食べてください。栄養が偏りますよ、身体の心配してるんです」


 そう言うと顎に手を当てて、むぅと何か考えはじめた。


「……デジャヴのような夢を見た気がする。こうやって千秋に、身体のことを心配されたのを見た気が」

「ダメですよ。そんなウソを言って、これから逃げようとしても」


 ほらほらとミニトマトを掲げて、さっさと食べるように促した。すると仕方なさそうな顔して、渋々口にする。


 だけどマッハで飲み込んだのを、俺は見逃さなかったぞ。まるで子どもみたいな人だな――。


 そんな穂高さんを見ながら笑っていると、口直しと言わんばかりに、大量のスパゲティを頬張った。


「そんな食べ方をするから、口の端にケチャップ付いちゃってますよ」


 何だか、わざわざ笑いを誘うためにやっているみたいだ。


「……そういう千秋こそ、オムライスのケチャップが付いてる」


 互いに指摘し合い、おしぼりで口を拭う。


 これで大丈夫かなと顔を上げたら、首を横に振る穂高さん。


「拭ったら余計に広がってる。ほら、おいで」


 手招きされたので、さっき穂高さんが顔を寄せたように、自分から顔を近づけてみた。手にはおしぼりが握られていたので、それで拭ってくれると思ったのに――。


 不自然に広げられたおしぼりを横目で確認した途端、上くちびるだけをちゅっと吸われてしまって。


「ふわぁっ!?」


 思わず出てしまった変な声に、ぷぷっと吹き出しながら、ぺろりと下から上に俺のくちびるを舌でなぞった。


「ちょっ、こんなトコで何するんですかっ?」

「別に……。俺は真剣に千秋のくちびるに付いたケチャップを、キレイに取ってあげただけ」


 ――俺よりも穂高さんの方が、根に持つタイプじゃないか!


 顔を真っ赤にしながら椅子に腰かけ直すと、何もなかったようにしれっとして、ハンバーグをぱくぱくと口にした。俺が怒っているというのに、平然とするなんて。


「あの、頼みますからこういう場所で、卑猥な言葉を言ったり、しちゃったりするのを止めてもらえませんか? 結構、人の目が気になるので」

「随分と自意識過剰なんだね。案外、他人は人のことなんて、見てはいないものだよ。そういう君は俺といながら、他人の動きをいちいちチェックしているのかい?」


 確かに……。現在俺たちの周りは、上手いこと店にある小道具で遮られていて、ちょっとした密室になってるから覗き込んで気にしない限り、目には映らない。


「だけどっ、俺はその……」

「周りの人たちに、自分が男とデキてるなんて思われたくない、から?」

「っ……」


 まんま自分の考えていることを指摘されたせいで、言葉に詰まってしまった。


 慌てふためいた俺の顔を見ながら、平然とスパゲティを食べつつ、足を使って器用に太ももへ――


「やっ、だからその、そういうの。……止めて、くださぃ」


 伸ばされている穂高さんの脚を、がしっと掴んで放り投げた。こんなことをしておいて、どうして平然としていられるんだ、この人。そういうことに対して、情けないくらい耐性のない自分。――酷く落ち着かない。


「食欲と性欲は比例しているらしいけど、人は理性があるからね。後者についてはコントロールができると言われてる。けど――」


 さっさと皿の中の物を平らげ、おしぼりで口を拭いながら、瞳を細めてじっと見つめる。


 苦情だけじゃなく、退けた脚がちゃっかり太ももに乗せられ、さわさわしている状態。きっと同じように放り出しても、元に戻されてしまうだろうな。


 ため息をつきながら平然を装い、残っているオムライスを口にした。


「君の存在のせいで、タガが外れてしまうんだ。俺の理性のコントロールが利かない。どんな時でも、千秋に触れていたいって思ってしまうから」

「……ふたりきりの時はいいですけど。こういう場所では、ちょっと……」


 こんなふうに求められたことがないから、どうにも対処に困り果てる。強い口調で、止めてくださいって言えればいいんだろうけど。それを言わせてくれない何かを穂高さんが持っていて、言葉になくなるんだ。


「俺のコレを止めるのは簡単だよ、千秋」


 眉間にシワを寄せて、上目遣いで穂高さんを見つめる俺に、艶っぽい笑みを浮かべ、口に煙草を咥えた。


 キンといい音をたててジッポの蓋を開けて、ゆっくりと火を点ける。美味しそうに吸って煙を吐き出し、外の景色を眺めるべく横を向く。太ももに置かれている穂高さんの脚が更に伸ばされ、つつっと器用に大腿骨を撫であげた。


「うっ……」


 その淫らな行為に、喉に詰まりそうになったオムライスを何とか飲み込み、撫でている穂高さんの脚を掴んで、遠くにぽいっ! 注意した矢先に、堂々としてくれちゃって、もう……。


「穂高さ――」

「止めたければ、千秋が俺を求めればいい」


 文句を開きかけた言葉に被せるように、穂高さんが声を出した。


(求めればいいって、どうやって?)


 きょとんとした俺に視線を移し、ニッコリと柔らかく微笑む。


「俺がさっき、君にしてあげたことを、すればいいだけだよ。簡単だろ」


 それって注意した卑猥なことを、俺が進んでやれって言ってますか? そんなことをしたら負けじと、もっと卑猥な行為を、穂高さんはするような気が激しくする。


 ぐるぐると考えた結果、返事ができず渋い表情を滲ませた俺を、穂高さんは涼しい顔して見つめ、咥えていた煙草の火を消し、頬杖をついた。


 どこか、すっごく楽しそうだ――。


「それよりも昨日の、風呂場で見せてもらった、あの顔。俺に腰を押し付けながら喘いでいた、あの顔をしてくれたら、きっと手が止まるんじゃないかな。今の顔も、悪くはないんだけどね」


 そんなことを言って、更に俺の言葉を奪ってくれたのだった。

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