第一章 火種13
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「もうすっかり元気そうだね、本当によかったよ」
その日の夜、いつも通り煙草を買いに来た穂高さんの第一声。平常運転みたいな口調が、逆に胸の奥をざわつかせる。
「おかげさまで……これ、お釣りです」
「ん……」
差し出された手に触れられる前に、素早くお釣りを置いた。
(触れられたら困る、絶対に――)
ほんの一瞬でも距離が縮まるのが、怖い。
「じゃあ、待っているから」
当然のように言われて、息が詰まった。
「……もう諦めて帰ってくださいっ!」
思っていたよりも声が大きく出て自分で驚く。穂高さんがわずかに目を見開いたのが見えた。
「昨日だってちゃんと寝ていないだろうし、疲れてるでしょう。それに俺は――」
口元に柔らかい笑みを浮かべて出て行こうとした背中に、思いきって大きな声をかけてみた。他にお客さんがいないのが、助かったというべきだろう。それなのに穂高さんは、俺の言葉を最後まで言わせないように口を開く。
「疲れは君に逢えた瞬間に、全部消え失せてしまったよ。だから待ってる」
断り文句を最初から無効にする言い方に、胸の奥で何かがきしんだ。
「じゃあ、またあとで」
引き止める隙も言い返す余地もない。自動ドアが閉まる音がやけに大きく響いた。
「迷惑の、二文字も言わせてくれないのか」
レジカウンターに手をついて、深く息を吐く。
(――近づかれるほど、逃げ道がなくなる)
寄せられる想いが強すぎて、迫られて優しくされて。強引に近づいたと思ったら、逃げるように身を翻す。強く求められているはずなのに、こちらの気持ちは確認されない。
しかも拒否しようとすれば、笑顔でかわされる。
「どうしていいか、ホントにわからないんだ」
恋愛経験の浅い俺には彼の対処について、本当に困り果ててしまう――。穂高さんの“好意”は、最初から逃がす気のないものだったのか。
レジの向こうに残った、さっきまで彼が立っていた場所を見つめながら、胸の奥に小さな火種が落ちた気がした。
まだ熱くはない。けれど確実に消えない――そんな予感だけが残っていた。




