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写しのきざし

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うむ……今どきは、こうも簡単に写真に残せる機能がある、ということがなんとも不思議に感じるよ。

 手の中におさまるようなスマホでもって、即時その場で画像を確認していける。これ数十年前だったら、考えづらかった現象だよなあ。使い切りのカメラに、フィルムを現像に出す手間に……今どきの若い子たちは想像できるだろうかね?

 我々、一般人は使いこそすれど、その仕組みや流れまで把握していないことがほとんどだ。なぜシャッターを切ったり、スマホのボタンを押したりすれば写真を撮れるのか、それを説明できるのは製作に携わる人か、相応の趣味を持つ人だろう。

 だから、大々的な異常が起こるまではヤバい事態に気づかない。ヤバいと思えないというのもまたよくある話。ささいなことも、どこか「なんとかなるんじゃないか」というバイアスゆえに、素直に受け取りづらい。

 ま、もしかしたら専門家に見てもらっても、判断がつきづらい事態もあるかもだがな……。

 ちょっと前に我が家であった妙な話なんだが、耳に入れてみないか?


 弟もスマホを手に入れてからというもの、写真を撮るのに凝っているそうだ。

 特にSNSをやっているわけでもない。ただ、その日その日の思い出というやつを残したいと思っているらしい。

 妙なやつ、と思うかい? だが、あいつは小さいころに命にかかわる重病をわずらったことがあってね。奇跡的、といわないまでも少し分の悪い賭けに勝って、生きながらえることができている身だ。そう思うと、あいつの好みくらいは寛大な気持ちで見てやらないと、こちらがバチアタリに感じられるんでね。

 で、その弟は料理の写真を撮ることが多かった。たとえ同じお店であろうとも、日によって盛りや味とかが異なるかもだしな。一期一会のような心境だったのだろう。

 いつそれが、自分の最期の食事になるかもわかんねえし。


 弟がそのことに気づいたのは、ほんの1ヵ月くらいまえのことだ。

 昼ご飯をとあるラーメン屋で食べたという。ごくごくシンプルなしょうゆラーメンだったというが、問題はその質朴な盛りのラーメンじゃない。

 撮った写真は、正面からラーメンを移したものでカウンター席ゆえに、背後にはしきりがきっちりと映っている。その山盛りにしたてっぺんにあるにんにくの、ほんの数センチ右あたりに「黒ぽっち」が見られたんだ。

 その黒ぽっち、言うなれば解像度が段違いだ。そこ以外のカウンターも仕切りも、これまでの客の入り具合を暗示するように、油系の汚れが散らばっている。けれどもそれは濃淡、ムラある人為的な気配をふんだんに残していた。

 が、この黒ぽっちはただの汚れとするにははっきりとその場にあった。いや、浮かんでいたといってもいい。画面をひっかけばこそぎ落とせそうな気さえする、店内にあるべきでない異物感。

 弟は翌日、もう一度同じ店に行ってみて黒い点となりそうなものがないのを確認したし、写真を撮っても同じようなものは現れなかったという。

 そのときは、だ。

 一度気づいてしまうと、次回以降の撮影でもついつい気にしてしまう。弟は食事を前に写真をじっと観察するようになった。例の黒点が現れやしないかと、気が気でなかったからだ。

 頻度は時間を追うごとに、どんどんと高まっていく。これまでは30回に1回、紛れ込むかどうかといったところだったのが、一週間も経つと10回に1度は入るように。以降は毎日のように姿を見せたのだとか。

 場所を問わない。どの店で撮った場合でも、この黒点が突然、入り込む。その数も少しずつ増えていったということを、前に聞いた。


 そして、あいつは最近の夕飯時にも写真を撮った。

 家族で卓を囲んだところでご飯の写真を撮るのは、いまや珍しくもなかったし、家族も一枚だけなら撮影を認めている。

 スマホで撮った写真を確かめて、あいつが声をあげたもんでさ。隣に座っていた俺はついあいつの画面をのぞいてしまう。

 そこには座っている俺たちと、背後の食器棚などは鮮明に写りながらも、卓上の料理たちはみじんも見えない、奇妙な写真があったんだ。

 透明になったわけじゃない。例の黒点が無数に身を寄せ合うことで、料理たちをすっかり隠していたんだ。繰り返すが、料理の写っていないところはまったく邪魔されずに、通常通りだったんだよ。


 この気味悪いものを見せられると、俺たち兄弟の食欲はみるみるなくなって、そのぶん父母が食べたんだがな。二人ともその日の晩に腹を壊して、明け方までほぼ眠れずに辛い思いをした。

 そんで一晩明けると、あの弟の撮っていた写真も元通り? というと妙だがちゃんと卓上の料理たちが写っているものになっていたのさ。

 弟もそれから写真を撮り続けているも、例の黒点はすっかり息をひそめてしまったように、姿を消しているようだ。

 あの黒点が移った料理を扱っている店たちでも、不幸な客が出ていなきゃいいけれど、と弟も少し気をもんでいるらしい。

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