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8 嫉妬

 バルドさんと出会って一ヶ月が経った。

 一緒に料理をして、バルドさんがお休みの日には薬作りを手伝ってもらったり、街へお出かけしたり楽しい毎日を送っている。


 今日は薬屋のおじさんが来る日だから、朝から納品する薬のチェックをした。

 おじさんは「おーい」と手を振りながらこちらに向かってくる。

 息を切らせ、顔からは汗がダラダラと流れていた。

 私はグラスに冷たい水を注ぎ、タオルと一緒に手渡す。


「ありがとう」


 おじさんは水を一気に飲み干すと、タオルで顔を拭った。


「今年は異常に暑いですよね」

「急に暑くなったから、体調を崩す人も多くて。もしあれば、風邪薬を多めにもらえないか?」

「分かりました、すぐに用意します」


 暑さで免疫力が下がり、風邪を引く人が多いのだろう。次の納品日までに、多めに作ろう。

 薬を保管している部屋から予備の風邪薬を持ってきて渡す。


「ありがとう。今日はここに来るまでに、見回りをしているバルドを見かけたよ」

「バルドさん、毎日楽しそうです。仲良しの人もできたみたいで」


 バルドさんからは、ゼファーさんの話をよく聞く。


「バルドはみんなからも評判いいよ。だから若い女の子たちもバルドに夢中だしね。バルドはスマートに断っているらしいけど、そういう一途なところも魅力なようで虜になるみたいだ」

「そう、なんですか……」


 バルドさんはハンサムだし優しいし、すごく素敵な人だ。女の子たちが惹かれるのも無理はない。

 でも私の心は沈んでいって、それと比例するように視線も下がってしまう。


「あっ、でも大丈夫だよ。バルドは誘いをちゃんと断っているから!」


 おじさんは俯いた私に慌てて、断っていることをもう一度強調した。


「あの、今から街に戻りますよね? 私も一緒に行ってもいいですか?」

「ああ、もちろん!」

「出かける準備をしてきます」


 リュックに水筒とタオルを入れた。

 街に行って何をするという具体的なことは思い浮かばない。でもバルドさんに会えれば、胸のモヤモヤも晴れるような気がして、いてもたってもいられなかった。


「お待たせしました」


 おじさんと一緒にのんびり歩いて街に向かう。





 薬屋の前でおじさんと別れた。

 街に来たはいいけれど、バルドさんはどこにいるんだろう。

 見回りをしていたら、見つけるなんて至難の業だ。

 訓練をしていることを祈って、警備隊の詰め所に向かう。


 大通りを歩いていると、バルドさんが路地から出てくるのが見えた。

 小さな男の子を肩車している。

 男の子は背の高いバルドさんに肩車をされて嬉しそうにはしゃいでいるが、泣いた後なのか顔と目が赤く腫れぼったい。


 バルドさんに女性が近付き、男の子は下ろされてその女性に泣きながらしがみついた。女性は男の子を抱きしめて、バルドさんに何度も頭を下げる。


 バルドさんは迷子の男の子を保護して、お母さんに見つけてもらえるように肩車をしていたんだ。

 男の子とバルドさんが手を振り、男の子はお母さんと手を繋いで歩いて行く。


 ……私、何してるんだろう。

 バルドさんは真面目に仕事をしているのに、不安になったからといってここまで来て。

 仕事の邪魔をしないように、会わずに帰ろう。


 そう思うのも束の間、私と同じ歳くらいの女の子が三人、バルドさんを囲んだ。

 みんな可愛らしい服を着て、髪も綺麗に整えられている。


 私は下に目を向けて、自分の格好を映す。

 薬草を採って薬を作る予定だったから、動きやすくて汚れが目立たないような暗い色のシャツとズボン。靴は歩きやすさ重視で、とってもシンプル。

 髪も邪魔にならないように束ねているだけ。


 もう一度バルドさんの方に目を向ける。

 バルドさんは困ったように眉を下げて笑っていた。

 その表情を見た途端、私の足は勝手に前に進んでいた。

 私が近付くと、バルドさんがこちらに気付いて顔をパッと明るくする。


「クレア、今日は街に来る予定だったの?」


 バルドさんの後ろで女の子たちが、不満そうに眉を顰めていた。

 近くで見るとみんな可愛くて、怖気付きそうになる。

 でもバルドさんは困っていた。

 拳を握って奥歯に力を込めて気張る。


「あの、暑くなってきたので水分をいっぱいとってくださいね。お仕事頑張ってください」


 水筒とタオルを差し出した。

 不安になってここまで来たと言えなくて、必死に考えたけれどそれしか言葉が出てこなかった。


「ありがとう。クレアのおかげで頑張れるよ」


 バルドさんは顔を綻ばせて受け取ってくれた。

 手を振って、バルドさんは見回りに戻る。

 バルドさんが行ってしまって、三人の女の子に無言で冷ややかな目を向けられた。

 居心地が悪くて、頭を小さく下げてから走って逃げ出す。


 私、感じ悪かったよね。

 でも女の子たちがバルドさんに近付くの嫌だったし、バルドさんも困っていたし。どうするのが正解だったんだろう。


 私は走り続けて、メイ家の扉を叩いた。

 扉を開けてくれたメイは、息を切らす私に驚いたけれど、すぐに家へ入れてくれる。

 冷たいお水をグラスに注いでくれて、私は一気に飲み干した。


「慌ててどうしたの?」


 メイがソファに座りながら聞く。隣をポンポンと叩かれて、私はそこに座った。

 先ほどのことを話せば、メイは「よくやった!」と私の背中をさする。


「私だったらはっきりと『近付くな』って言うだろうけど、クレアは無理だよね」


 私は何度も頷いた。そんなこと言えない。


「あのね、メイに聞きたいんだけど、私はどんな服が似合うと思う?」


 仕事の時は今の格好でもいいけれど、バルドさんと街に行く時くらいはおしゃれをしてみたい。


「クレアならなんでも似合うわよ。今から一緒にお買い物に行こうか」

「いいの? メイは体調悪くない?」

「悪くないよ。だいぶ落ち着いた。家に一人でいるより、楽しいことしていた方が調子がいいもの」

「じゃあお願いしようかな」

「任せて!」


 メイと一緒に家を出て、服屋さんに向かう。





 女性向けの服屋さんは、お買い物を楽しむ明るい声が至る所から聞こえてきた。

 いろんな色の服が並んでいて目移りしてしまう。


「クレアはどんな服がいいとかないの?」

「明るい色を着てみたい」


 メイが服を掴むと、次々に私の体に当てていく。


「試着してみて」


 メイに渡されたのは、水色と黄色のワンピース。パフスリーブとスカートの裾についた控えめなレースが可愛らしい。

 両方着てみる。膝が隠れるくらいの丈で、コットン素材は着心地も良かった。


「可愛いじゃない!」


 メイが手をパチンと叩いて、顔を輝かせる。


「本当? どっちが似合う?」

「迷うなー。……黄色、かな?」


 私が身を乗り出すと、メイは首を捻って真剣に考えてくれた。


「じゃあ黄色にする」

「そんな簡単に決めていいの? 自分で好みの服を選んでもいいんだよ?」

「私よりメイの方が私に似合う服をわかってそうだから、メイが選んだ服がいいの」


 私は暗い色で機能性を重視した服に目がいってしまうから。

 支払いを済ませて、メイを家まで送る。


「選んでくれてありがとう。バルドさんと一緒に街に来るときに着てみるね」

「その服を着た時のバルドさんの反応が楽しみね」


 大きく頷いてメイと手を振り別れた。





 すぐに家へ帰り、風邪薬に使う薬草を採った。

 綺麗に洗って日陰に干す。

 風邪薬を次回も多めに納品するかもしれないから、仕事も頑張らなきゃ。





 夕方にバルドさんが帰ってきて「おかえりなさい」と出迎える。バルドさんは「ただいま」と朗らかに笑った。


 バルドさんはいつも笑っているけれど、今日はとっても機嫌が良さそう。軽やかな足取りと弾む声に、私までウキウキとしてしまう。


「いいことがあったんですか?」

「仕事中にクレアに会えたからね。それに、嫉妬してくれたのかなって。そうだったら嬉しいな」


 バルドさんが私と目線を合わせて、至近距離で目を細めた。

 私は視線を泳がせてしまったけれど、メイの言葉が頭をよぎって下唇を噛む。


『自分の素直な気持ちは伝えた方がいいわよ』


 バルドさんを見つめ返す。

 バルドさんにも聞こえてしまうのではないかというほど、心音は大きく鳴っていた。


「あの、……私は女の子たちに嫉妬、しました」


 声が裏返ってしまい格好はつかないけれど、自分の気持ちをきちんと伝えられた。

 バルドさんは目を丸くした後、とびっきりの笑顔を見せる。


 私は急に目線が高くなって目を白黒させた。バルドさんに縦抱っこされて、体が密着してバルドさんを見下ろす形になる。


「えっ? あの、下ろしてください。重いですから」

「クレアは軽すぎるよ。俺、すごく嬉しい!」


 一回転しながら、無邪気な子供のように笑うバルドさんが可愛く見えた。

 今までは狼のバルドさんを可愛いと思っても、人のバルドさんはそんなふうに思ったことはない。

 自然と頬が緩む。


「バルドさん、次のお休みの日は一緒に街へ行きませんか?」

「初めてクレアからデートに誘ってくれたね。次の休みが待ち遠しいよ」


 もう一度くるりと回って、そっと下ろされる。


「私も楽しみです」


 メイのアドバイス通り素直に伝えた結果、バルドさんが喜んでくれた。バルドさんが笑ってくれると、私の心は温かなもので満たされる。伝えて良かった。

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