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7 お弁当

 次の日の朝になり、伸びをして起き上がる。

 早めに眠ったから、いつもよりも早い時間に目覚めた。

 まだ日は登っていない。


 部屋を出て階段を下り、リビングに入る。

 薄暗い室内は静寂に包まれていた。

 キッチンで食事の準備をする。


 バルドさんは初出勤の日だから、頑張ってください、と気持ちを込めてお弁当を作ることにした。

 卵と鶏肉を焼き、野菜と一緒にパンで挟んでサンドウィッチにした。


 朝食は野菜とチーズでオープンサンドを作ろう。

 階段を軽やかに降りる足音が聞こえた。

 扉に目を向けると、パジャマを着た狼のバルドさんが入ってくる。


「バルドさん、おはようございます」


 私が挨拶をすれば、耳がピクリと愛らしく動き、ズボンの中で尻尾が窮屈そうに揺れていた。

 思わず両手で口元を押さえる。服を着ている狼ってだけでも癒されるのに、嬉しそうな仕草に胸をキュンと鷲掴みにされた。


「可愛いです」


 無意識に口からでてしまう。

 バルドさんは私の前で座り、頭を少し下げてジッとしている。

 撫でてもいいってことかな?


 床に膝をついて、そっと頭に触れる。ゆっくり撫でて硬くて温かい毛並みを堪能していると、気持ちよさそうに目を細めながらバルドさんが顔を上げた。


 鼻先を突き出して呼気が唇に触れると、薄くて硬い唇にキスをされる。

 狼から人になったバルドさんが私の頭を撫でた。


「クレアの方が可愛い」


 朝からバルドさんは眩しいほど輝いていて、胸が早鐘を打ち、体温がぐんぐん上がる。


「あっ、あの、ご飯を作らないと」


 視線を忙しなく彷徨わせる私に、バルドさんは「そうだね」と甘い声で囁く。

 バルドさんが先に立ち上がって、私に手を差し出した。

 おずおずと重ねると、優しく引かれて立ち上がる補助をしてくれる。


「何を作るんだい? 俺にできることはある?」

「オープンサンドを作るので、パンを焼いてください」


 今日も一緒にキッチンに立ち、楽しく食事の準備ができた。

 オープンサンドと紅茶をテーブルに乗せ、一緒に食べた。


 食事を終えたバルドさんは、警備隊の制服に着替える。

 ポーッと見惚れていると、バルドさんは眉を下げて後頭部を掻いた。


「似合わないだろうか?」


 ハッとして、両手と首を振って全力で否定する。


「すごくお似合いです!」


 カーキ色の制服は動きやすさを重視しているようで、腕と足にゆとりがある。高い位置で巻かれた太いベルトが、足の長さを強調していた。


「クレアにそう言ってもらえてよかった」


 バルドさんはホッと体から力を抜く。


「もう出るんですか?」

「ああ、初日だから余裕をもって着きたいから」


 私はキッチンに行き、お弁当をとってくる。

 バルドさんに差し出すと、目を大きく開きながらも受け取ってくれた。


「お弁当を作ってくれたの?」

「はい、頑張ってくださいね」

「ありがとう!」


 バルドさんは顔を輝かせて、私をギュッと抱きしめる。

 バルドさんの広い胸に顔を埋めて、私の頭は真っ白になった。

 私の肩にバルドさんが手を置き、バルドさんの腕の長さだけ体が離れる。


「初出勤だから少し不安はあったんだ。でもそんなの、クレアの優しさでどこかにいった。頑張ってくるよ。いってきます」


 バルドさんが家を出ていくと、ヘナヘナとその場に座り込んだ。

 バルドさんに抱きしめられて、ガッチリとした体に閉じ込められているみたいだった。温もりや香りを思い出して、クラクラするほどの熱を帯びる。

 自分の体を抱いて落ち着こうとして、はたと気付く。


「私、いってらっしゃいって言えなかった」


 悔やむ気持ちから、ため息が漏れる。

 突然のスキンシップに動揺しすぎて、初出勤のバルドさんに大事な言葉を言えなかった。

 のろのろと立ち上がって、片付けをする。


「明日は絶対に、いってらっしゃいって言うぞ!」


 拳を握って意気込んだ。





 毎朝の日課である薬草の水やりをして、薬草を摘んでいく。

 今日は消毒薬を作ることにする。

 薄緑色の綺麗な葉を摘み、枯れてしまった葉は取り除いた。


 警備隊は街の見回りの他に、何か起こった時のために戦闘の訓練もする。

 怪我はしてほしくないけれど、バルドさんにできることを考えたら、治療のお手伝いをすることだった。


 薬草を綺麗に洗い、沸騰した鍋で煮詰める。

 徐々に葉が白くなっていった。

 火を止めて葉を取り除く。

 冷めたら瓶に移し替えるから、その間に家の掃除をした。


 部屋を綺麗にして、薬草畑で草むしりをすれば、お腹が『ぐぅ』と鳴る。

 手を綺麗にして、キッチンからお弁当を持ってくる。バルドさんのと一緒に自分のお弁当も作った。今日はお外で食べよう。

 家の前にシートを敷いて座った。

 サンドウィッチを齧る。


「バルドさんも今頃食べているのかな?」


 街の方に続く道へ目を向ける。

 美味しそうにサンドウィッチを食べるバルドさんを想像したら、胸の奥が温かくなった。

 私はそれだけで午後も頑張れそうだ。


 全てを食べ終えると、キッチンに戻って消毒液を瓶に移し替える。

 午後は途中になっていた草むしりの続きをして、乾燥させていた薬草を取り込んだ。





 西陽が辺りをオレンジ色に染める頃、玄関の扉が開く音がした。すぐに出迎えにいく。


「バルドさん、おかえりなさい」

「ただいま」


 バルドさんは晴々とした表情で笑う。


「お仕事はいかがですか?」

「覚えることがいっぱいで疲れたよ。でもみんな親切で、丁寧に教えてくれる」


 バルドさんからお弁当箱を受け取った。それをキッチンに置きにいき、食事を運ぶ。

 バルドさんは疲れたと言っていたけれど、明るい声や表情で、仕事が楽しかったんだろうな、と私まで嬉しくなった。

 手を合わせて、一緒に食べ始める。


「クレアのお弁当おいしかったよ。ありがとう」

「いえ、また作りますね」


 バルドさんが「ふふっ」と笑い、私は目を瞬かせた。


「すまない、ちょっと思い出して。クレアの作ったお弁当だと言えば、みんなに羨ましがられてね。『欲しい』とねだられた」

「それならもう少し多く作ればよかったですね」


 バルドさんは首を振る。


「そうではなく、俺は遠慮をせずに接してくれるのが嬉しかったんだ。獣人の国では家族ぐらいしか、そういう相手はいなかったから」


 バルドさんは少し寂しそうに笑う。

 王子様は毎日美味しいものを食べて、大きなお城に住んで、と煌びやかな生活で幸せいっぱいなんだと思っていた。

 その立場のせいで、孤独を感じていたなんて。


「欲しいと言われても、全部一人で食べきったけどね。俺と同じ歳のゼファーという男がいるんだが『俺の父親が作った、おっさんの愛情たっぷり弁当と交換してくれ』と言われても断った。クレアの愛情たっぷり弁当がよかったから」


 バルドさんはおかしそうに話してくれる。

 警備隊の仕事に就いて、バルドさんの弾んだ気持ちが伝わってくる。


「やっぱり明日はもっといっぱい作りますね。みんなと分けて食べるのも楽しいですよ」

「いや、いい。クレアのお弁当を食べるのは俺だけがいい」


 バルドさんは拗ねたように口を尖らす。


「じゃあ明日もバルドさんに、あ……愛情たっぷりのお弁当を作ります!」


 少しどもってしまったけれど、言い切れてホッと息を吐く。

 バルドさんは目を瞬かせて破顔した。

 素直な気持ちを伝えてよかった。


「俺もクレアの分を一緒に作りたい」

「……愛情たっぷりのお弁当ですか?」

「もちろん!」


 蜜を煮詰めたように甘い表情で頷かれて、恥ずかしさと嬉しさが混ざり合って心の中が温かくなった。


「楽しみです」


 話しながら食べて、頬骨は上がりっぱなし。

 バルドさんと一緒にいるのは、すごく楽しい。

 おばあちゃんが亡くなってから、この家でずっと一人だった。

 寂しい気持ちは常にあったけれど、狼のバルドさんを介抱してからは、そんなこと思うこともなかった。

 バルドさんと出会えて、私は幸せだ。





 翌朝はバルドさんの方が早く起きていて、私がリビングに入るとズボンの中で尻尾がもぞもぞと動いていて胸がときめいた。

 顔がニヤけてしまう。


「おはようございます」


 挨拶をすると、私の前に座ってこちらを見上げてくる。

 綺麗な金眼に吸い込まれるよう、私はしゃがんだ。

 すぐに唇が触れ、バルドさんが狼から人になる。


「クレアおはよう」


 手を取られて、一緒に立ち上がる。

 キスをしているのは狼だけど、無意識にバルドさんの唇に目がいってしまう。


「クレア? どうかしたのか?」


 バルドさんが腰を屈めて、私と目線を合わせる。

 私は「なんでもありません」と首を振った。

 顔は熱いし汗ばむ。

 一緒にお弁当を作って朝食を食べ、玄関でバルドさんを見送る。


「バルドさん、いってらっしゃい」


 バルドさんは扉を開ける前に振り返って「いってきます」と片手を上げた。私が顔の横で手を振ると、バルドさんは穏やかに笑って家を出た。


 昨日言えなかったけれど、今日はいってらっしゃいと言えた。

 バルドさんとの何気ないやりとりが、私の心をこんなにも震わせる。

 両手で胸を押さえて、大きく息を吐き出した。


「私も頑張ろう!」


 薬草のお世話の合間に家事をして、お昼にはバルドさんの作ってくれたお弁当を食べる。

 バルドさんの愛情がたっぷり入ったお弁当は、一口食べるごとに心が満たされ、完食する頃には全身に幸福感が満ちわたっていた。


 元気がみなぎって、やる気に溢れる。

 午後は乾燥した薬草を擦り潰して、風邪薬を作った。

 




「ただいま」

「おかえりなさい。お弁当、すごく美味しかったです」


 玄関まで出迎えに行き、興奮のままに話せば、バルドさんは優しく目を細める。


「俺も美味しかった」


 明日も一緒に作ることを約束した。

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