6 初めての料理
メイと夢中になって話していると、扉からノック音が響く。時計に目を向けると、ここに来て二時間が経っていた。話していると、時間が過ぎるのが早い。
「バルドさんかも」
「じゃあ帰るのね。でもバルドさんは一目見たいわ」
メイは玄関まで付いてきてくれた。
扉を開けるとバルドさんがいて、荷物が増えていた。
「初めまして、メイといいます」
「バルドです。よろしくお願いします」
バルドさんが頭を下げると、メイは私に体を寄せて小声で話す。
「イケメンじゃない!」
「でもメイはベイルがいいんでしょ?」
「当たり前よ!」
メイとベイルの仲が良くて顔が緩む。
「また遊びにきてね」
「うん、またね」
扉を閉めてアパートから出る。
「楽しかったかい?」
「はい! バルドさんは何をしていたんですか?」
「ベイルに仕事を募集している人はいないか尋ねたんだ。警備隊なら、街を見回ってそういう人を知っているかもしれないって思って」
「仕事、ですか?」
私は少し驚いて、目を瞬かせた。
「ああ。そうしたらベイルが警備隊は人手不足だと言うから、紹介してもらったんだ。雇ってもらえることになって、制服を渡された」
増えた荷物は、新品の制服だったようだ。
「でもどうして仕事を?」
「クレアに衣食住を世話になっているだろ? 今日だって支払いは全部クレアがしてくれた。俺はクレアに養ってもらいたいんじゃない。支え合って生きていきたいんだ。だから働きたいし、薬を作る手伝いもしたい」
バルドさんはいつもストレートに言葉にしてくれる。その真っ直ぐな言葉が、私の心にじんわりと沁み渡った。
私も素直に気持ちを伝えよう。胸のドキドキを落ち着かせようと、ゆっくり息を吐き出した。
「バルドさんの気持ちが嬉しいです。ありがとうございます。でも、薬のことは無理しないでください。仕事もしてだと疲れてしまいます」
「クレアと一緒に何かをするのが俺の楽しみなんだ。その楽しみを取り上げないで欲しいな」
バルドさんは腰を屈めて、私と視線を合わせる。顔が近くて、思わず俯いてしまった。
嬉しい気持ちを全部伝えるのはまだ難しい。
それができるメイもバルドさんもすごいんだって改めて感じた。
「えっと、お願いします」
そう絞り出すと、バルドさんが「こちらこそ」と声を弾ませる。
顔を上げれば、バルドさんは背筋を伸ばして私を見下ろしていた。やっぱりこれくらいの距離がないと落ち着けない。
「この後は食材を買うだけか?」
「はい、明るいうちに帰りましょう」
街の出入り口の方へ足を進め、食材屋に入る。
大きなキャベツが安い。今日の夕飯はキャベツを使う料理にしようかな。
野菜とお肉と調味料を、リュックに入りきらないほどたくさん買った。
バルドさんはリュックを背負い、手には服と食材の入った袋を持っている。
「あの、私も持ちますよ」
「そんなに重くないから気にしなくて大丈夫だ」
重くないわけがない。
バルドさんをジッと見つめると、バルドさんは口元を緩めて眉を下げる。
「それならこれを持ってくれるか?」
差し出されたのは、荷物の中で一番軽いであろう警備隊の制服が入った袋。
それを受け取れば、バルドさんが優しく目を細めて「帰ろう」と微笑んだ。
家に帰って食材をしまい、夕飯を作る。
バルドさんが手伝ってくれると言うので、キャベツを一枚ずつ剥いてもらう。
バルドさんは破れないように慎重な手つきだった。
その間にお湯を沸かし、肉だねを作る。
今日のメインはロールキャベツ。
茹でたキャベツで肉だねを巻き、バルドさんは私の手元を見ながら真似をする。
「お上手ですね」
「良かった。料理なんて初めてだけれど、やっぱりクレアと一緒にやるのは楽しいね」
顔も声も本当に楽しそうで、私も嬉しくなる。
「私も楽しいです。バルドさんが初めて巻いたロールキャベツは私が食べてもいいですか?」
「もちろんいいけど、クレアの作った方が綺麗だけどいいの?」
「これがいいんです!」
わかりやすいように、鍋に敷き詰めるときに一番上に入れた。
ロールキャベツを煮込んでいる間に、野菜を切ってサラダを作り、紅茶を淹れてソファで寛ぐ。
「今日街に行きましたが、どうでしたか? バルドさんの住んでいた獣人の国と違いましたか?」
「そうだね。獣人の国は人と動物が一緒になって生活しているね。動物はみんな人に憧れる。俺もそうだった」
狼の姿は凛々しくてかっこよくて、でも仕草は可愛くて癒やされるのに。人の姿も素敵だけど、狼のバルドさんだって魅力に溢れている。
「どうして人になりたかったんですか?」
「俺たちは愛する人のキスで人になれる。動物はそういう相手に出会えていないってことなんだ。人の獣人はみんな愛する人と幸せそうに笑っているから、羨ましかった。クレアと出会って、人になれる獣人の気持ちがわかった」
バルドさんが私を見つめる瞳はいつも愛情に満ち溢れていて、胸がキュッと切なく疼いた。
「商店も住宅地もあって、街の感じは結構似ているかな」
顔を輝かせて語るバルドさんは、獣人の国が大好きなのだろう。
「国を出たことを後悔していませんか?」
お兄さんを推している人に襲われたと言っていたが、お兄さんに助けられてその人たちは捕まった。
バルドさんは同じことが起こることを懸念して国を出たと言っていたが、これ以上問題が起きないように周りに気を遣って国を出たんじゃないかと思った。
「後悔なんてしていないよ。国を出なければ、俺は人になることなんてなかっただろうし」
バルドさんの澄んだ瞳が、彼の言葉が本心であることを伝えていた。
話していると時間はあっという間に過ぎて、ロールキャベツもいい具合に食べごろになる。
パンを焼いてロールキャベツとサラダをテーブルに並べた。
バルドさんが初めて作ったものは、私のお皿に盛り付けた。
揃って手を合わせて「いただきます」と食べ始める。
最初に食べるのは、バルドさんが巻いたロールキャベツ。
とろとろになるまで煮込んだキャベツは、じんわりとした甘味が口に広がった。
ひき肉は噛むたびに肉汁がじゅわっと溢れ、キャベツとの絶妙なハーモニーを奏でている。
「すっごく美味しいです!」
「クレアが味付けをしてくれたからね」
バルドさんも「美味しい」と言いながら頬張る。
確かに私が味付けをしたけれど、いつもより美味しく感じられたのは、バルドさんが作ってくれたから。一緒に食べてくれるから。
食べていると、心の中まで温かくなる。
楽しく話しながら完食して、お腹がいっぱいで動きたくない。
ソファでお腹が落ち着くまでのんびりして、片付けとお風呂を済ませる。
「すみません、今日は早めに休みますね」
「いっぱい歩いたから疲れたよね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
バルドさんに軽く頭を下げて自室に入る。
ベッドに入ると、瞼を開けていられず、すぐに眠りに落ちた。