5 相談
「クレアは街の人たちと仲が良いんだな」
「そうですね。みんな優しい人ばかりで、良くしてもらっています」
街に来れば挨拶をしてくれたり、世間話をしてくれる人もいる。温かい街で、私はこの街の人たちが大好きだ。
「次は孤児院に向かってもいいですか?」
「ああ、クレアの可愛い絵が描かれた薬を届けよう」
孤児院は街の外れにある。
バルドさんに街を案内しながら歩いた。
孤児院は少し古いが趣のある大きなレンガ作りの建物で、広い敷地にある大木にはブランコがぶら下がっている。院長の手作りだ。
院長夫婦が子供たちを実子のように大切にしているから、子供たちの笑い声が絶えない明るく温かい場所になっている。
扉を開けて「こんにちは」と声をかけると、ドタドタと複数の足音を響かせながら、こちらに向かってくる。
「クレアちゃんこんにちは」
「僕、お薬飲めたよ」
「ネコちゃんの描いてある薬を作って」
子供たちが元気に話しかけてくれるが、私の後ろにいるバルドさんに気付くと、全員が大きく首を逸らしてバルドさんを見上げる。
バルドさんはしゃがんで子供たちと目線を合わせた。
「こんにちは。俺はバルドだよ。俺とも仲良くしてね」
優しく微笑むと、子供たちが騒ぎ出す。
「ママー、クレアちゃんが王子様を連れてきた」
院長の奥さんを呼ぶ声に、パタパタと控えめな足音が近付いてくる。
奥さんが顔を覗かせると、みんながバルドさんを「絵本の王子様みたい」と教えていた。
奥さんはバルドさんに頭を下げて、子供たちを部屋の奥へ行くように促す。
「ごめんなさいね、うるさかったでしょう」
バルドさんは立ち上がって小さく首を振った。
「子供が元気なのは良いことです」
奥さんは「そうね」と口元を綻ばせた。
バルドさんにリュックから薬を出してもらい、それを差し出す。
「いつもありがとう。薬を作るだけでも大変なのに、絵まで描いてくれて」
「いえ、楽しんで描いているので」
廊下に続く扉の隙間から、子供たちがこちらを伺うように見ていた。
奥さんが気付いて苦笑する。
「みんなクレアちゃんが好きなのよね」
奥さんの言葉に、そうだろう、とでもいうように、バルドさんが大きく頷いた。
照れくさくて首をすくめる。
「デートの時間が短くなっちゃうわ。また今度ゆっくり遊びにきてね」
奥さんに見送られて孤児院を出た。
「子供たちに王子様だと言われた時は驚いたよ。なんで知っているんだって」
「絵本の王子様みたいだって言っていましたね」
バルドさんはただそこにいるだけで、キラキラと輝いているように見える。ハンサムで優しくて、子供たちが王子様と表現するのも頷ける。
「お腹が減りましたね。レストランに行きましょう」
来た道を戻り、大きなレストランに入る。
お昼時なだけあって、店内は賑わっていた。
私はオムライスを、バルドさんはトマトパスタを選ぶ。
料理が運ばれてきてからは、小皿に少し取り分けて交換した。どっちも美味しい。
支払いを済ませてレストランを出ると「クレア」と声をかけられる。
「ベイル、久しぶり」
同じ学校に通っていたベイルに手を振ると、バルドさんが私の袖をクッと掴んだ。バルドさんの顔を見上げると、無表情でベイルを見つめている。
そんなバルドさんに、ベイルは困ったように苦笑した。
「こんにちは、俺はベイル。クレアとはただの友達だから。俺、新婚だし」
「すまない。態度が悪かった。俺はバルド。よろしく頼む」
ベイルとバルドさんは握手をした。
「街を見回っていたら、入り口にいるおっさんにクレアが彼氏を連れてきたって聞いて驚いたよ」
ベイルは警備隊の制服を着ていて、今は仕事中なのだろう。
否定すると、バルドさんが「まだ違う」とまた私をからかうような発言をする。
「よくわかんねーけど、今日は彼氏を見ることが目的だったから、会えて良かった。もし時間があったらうちに寄ってメイにも会ってやってよ。最近体調が悪そうだけど、クレアに会って話せば少しは良くなるんじゃねーかな?」
「体調が悪そうって病気なの?」
メイも同じ学校に通っていた友達だ。心配で胸を押さえる。
ベイルは視線を彷徨わせて少し悩んだ後、声を顰めて教えてくれた。
「実は子供ができたんだ。まだ安定期じゃないから内緒にしろよ」
私は叫び出しそうになるのを、口を手で押さえて耐えた。落ち着いてから「おめでとう」と小声で述べる。ベイルは表情を緩めた。
「そんなわけで俺は稼がなくちゃいけねーの」
「今から家に行ってきたらどうだ? 俺は彼に話があるから、家の場所を聞いて後で向かう」
会ったばかりのベイルにどんな話があるんだろう? 不思議に思ったけれど、バルドさんの表情が真剣だったから頷いた。
バルドさんとベイルと別れて、ベイルの家に向かう。
住宅街にあるアパートの二階へ上がり、一番手前の扉をノックする。
すぐに扉が開き、メイが顔を覗かせた。少し顔色が悪い気がする。
「メイ、久しぶり」
私が声をかけると、メイの頬が緩む。
「遊びに来てくれて嬉しいわ。入って」
メイの後について廊下を歩く。
リビングに入ると、ソファの上にブランケットが丸まって置かれていた。メイは横になっていたのだろうか。
メイがキッチンでお茶を入れてくれようとしたから、私が変わった。
並んでソファに腰掛ける。
「体調はどう? さっきベイルに会って、子供ができたって聞いたの。おめでとう」
「ありがとう。あんまり食欲がないのよね。ずっと胸焼けしているみたいな感じなの。クレアの作る薬で、症状を緩和できるようなものはある?」
「吐き気止めとかはあるけど、お医者様に相談した方がいいよ。食事も三食きっちり食べるんじゃなくて、少量ずつで回数を多くしたりとか」
メイは小さく頷いた。その表情には、まだ不安の色が滲んでいる。
「体調が悪いのも今だけよね。クレアは最近どうなの?」
「私は元気だよ。いつも通り森で薬を作って、週に一回街で買い物をして。あっ、でも……」
「どうしたの?」
バルドさんのことを相談してみようか。
恋愛経験のない私にとってこの感情は初めてで、どう扱えばいいのかわからずにいた。
メイは結婚もしていて、子供の頃からずっとベイルと仲が良い。なにかアドバイスが貰えないかと期待する。
「あのね、好意を伝えてくれる男性がいて、どうしたらいいのかわからないの」
メイが心配そうに眉を下げる。
「嫌なら嫌って言わなきゃダメよ」
「嫌なんじゃないよ。ただ慣れていなくて、嬉しいけど恥ずかしいが勝ってどうしたらいいのかわからなくて」
「それが答えなんじゃないの? 嫌じゃなくて嬉しいんでしょ? クレアもその人が好きなんじゃない?」
好きか嫌いかで言うと好きだけど、これは恋愛感情なんだろうか?
「でも男性からのアプローチに慣れていなさすぎて、ドキドキしているだけってことはないかな?」
メイは「んー」と悩み声をあげて瞼を下ろす。すぐに目を開けてイタズラっぽく笑った。
「想像してみて。他の人に同じことを言われてどう思うか」
「他の人?」
「知らない誰かで想像できないなら、うちのベイルでもいいわ」
ベイルがバルドさんみたいなことを言う? 首を捻って眉間に皺を刻む。
「どう思った?」
メイは私の答えを瞳を輝かせながら待つ。
「不倫はダメだよって思った」
「そうじゃなくて、ベイルと好きだって言ってくれる人に違いはあったのかってこと!」
メイは「もう!」と口を尖らせる。
私は口を押さえて「ふふっ」と笑った。
メイは片眉を上げる。なんで笑っているの、とじと目を向ける。
「メイが元気になって良かったなって」
「あら、本当。喋っていたら気持ち悪いのなんて気にならなくなっていたわ。気持ち悪いと思い込んでいたから、余計に辛くなっていたのかもしれないわね」
メイが笑ってくれて嬉しい。
「で? クレアの答えを聞いてないけど?」
「うん、違うかもしれない。でも出会ったばかりなんだよ」
「そんなの関係ないわよ。私なんて自分でも覚えていないけど、初めて会った時にはベイルに『大きくなったら結婚して』って言っていたらしいから」
「積極的だね」
子供の頃に自分からプロポーズをして、本当にそれが叶っているからすごい。
「当たり前よ。迷っていたら、横からかっさらわれちゃうわよ」
「……それは困るかも」
「でしょ! 慣れなくて恥ずかしいかもしれないけど、自分の素直な気持ちは伝えた方がいいわよ」
「ありがとう、相談して良かった」
それからはバルドさんのことを根掘り葉掘り聞かれ、獣人であることは伏せていっぱい話した。