3 一緒に薬作り
シャツとズボンを持って部屋に戻る。
「これに着替えてください。私は部屋の外で待っています」
バルドさんに服を渡すと、すぐに扉を閉めた。
中からガサゴソと衣擦れの音がして、止むと扉が開く。
今まで座っていたから気付かなかったけれど、立ち上がるとバルドさんは背がとても高かった。
お父さんの服では丈が足りない。
ガッチリとした逞しい肩や腕もキツそうだ。
「明日街に行って服を買ってきますね」
「一緒にいかせてほしい。クレアとデートがしたい」
目線を合わせるように腰を屈めて、バルドさんは私の瞳を覗き込む。
私は頷いた後に「私も着替えてきます」と部屋に逃げ込む。
扉を閉めて扉に背を預けた。
ドキドキしすぎて心臓がいくつあっても足りないよ。
何度か深呼吸を繰り返して、自分を落ち着ける。
長い時間お待たせするわけにはいかないから、紺色のワンピースに着替え、髪を整えて部屋を出た。
バルドさんは部屋の前で待っていてくれて「似合っている」と破顔して私に手を差し出した。
戸惑っていると手を重ねられ「気をつけて」と階段をゆっくりと降りる。
いつも一人で上り下りしている階段だから、落ちることなんてないのに。
紳士的なエスコートに、胸の奥がむず痒くなった。
バルドさんに合う靴はないから、布を足に巻いて外に出る。
ハーブを求めて森の奥へ進んだ。
「明日はまず靴を買いましょう。服も小さくてすみません」
「いや、貸してくれてありがとう。こうしてクレアと一緒に出かけられるんだ。サイズなんて気にしないが、お父様の大事な服なのだろう? 破ってしまわないかの方が不安だ」
バルドさんは少し背を丸めて歩いている。なるべく体を小さくしようと気を遣ってくれているんだ。
お父さんの服はこれしかない。バルドさんのお心遣いが嬉しかった。
しばらく進むと、大きな紫の花がいくつか見えた。
「バルドさん、このお花が結界です。クーニアという名前で、すっごく甘い香りがするんです」
「魔物はこんな匂いが苦手なのか」
「私はいい香りだと思うので不思議ですよね。このお花が至る所に生えているので、魔物はこちら側には近付いてきません」
森の中で紫色の花は目立つ。辺りを見渡すと、いくつも確認できた。
すぐ近くにハーブの群生地があり、すっきりとした爽やかな香りに満ちていた。
「すぐに摘みますね」
しゃがみ込むと、バルドさんも私の隣でしゃがんだ。
「俺も一緒にやりたい」
「はい、お願いします」
二人で瓶がいっぱいになるまで摘んだ。
最近は森では一人で過ごすことが多かった。ハーブを摘むだけでも、人と一緒だとすっごく楽しい。
「バルドさん、ありがとうございます」
「俺よりクレアの方がたくさん摘んでいたと思うけど」
バルドさんは首を傾ける。
「そうではなくて、人と一緒に何かをするのって楽しいなって思ったので」
「俺はクレアと離れたくないから着いてきたのだけれど、クレアと一緒ならなんでも楽しい」
手が頭に伸びてくるけれど、触れる直前で引っ込められた。
私が目を瞬かせると、バルドさんは眉を下げて笑う。
「手が汚れていた」
私の手もハーブの汁で変色してベタついている。
「帰って綺麗に洗いましょう。洗い終わったらおばさんのクッキーを食べましょうね」
私が口元を緩めると、バルドさんは眩しそうに目を細める。
バルドさんがハーブの入った瓶を持ってくれた。
並んで来た道を戻る。
家に着くとハーブを綺麗に洗い、お湯を沸かす。
バルドさんが水気を丁寧に拭き取ってくれた。
カップにハーブを入れてお湯を注ぐ。すぐに蓋をして蒸らした。
待っている間に、余ったハーブを日陰に干す。
蒸らし終わると葉を取り除き、クッキーと一緒にテーブルに運ぶ。
爽やかな香りをいっぱい吸い込むと、体が軽くなったような気になった。
「バルドさん、食べてください。おばさんのクッキーはとっても美味しいんです」
バルドさんはクッキーを摘んで齧る。サクッとしたいい音が聞こえた。
咀嚼して飲み込むと「とても美味しい」と微笑む。
私も口に含んだ。サクサクとした食感と、優しい甘さがたまらない。
落ちそうな頬を押さえて、目を細める。
「クレアは本当に美味しそうに食べるから、ずっと見ていたくなる」
食べているところを凝視されるのは少し恥ずかしい。
「あんまり見ないでください」
「狼の時は見られても平気だったのに?」
バルドさんは口の端を広げて笑う。
狼の時もジッと私を見ていた。懐いてくれて嬉しくて可愛い、と見られることも嬉しかった。
でも今は素敵な男性の姿で、見つめられると体温は上がるし落ち着かない。
「俺のことを意識してくれてるんだって思ってもいい? それなら嬉しいんだけど」
意識するに決まっている。こんなにハンサムな人に好意を伝えられたのだから。
食べ終わると髪を束ね、薬草に水をあげに外へ出る。
バルドさんもついてきて、途中で変わってくれた。
今日は風邪薬を作るための薬草を摘んでいく。
「どれを取ればいいんだい?」
「左端にある二種類の薬草を取ります。濃い緑色をした大きな葉を摘んでください。枯れていたりしおれているのがあれば、それも取り除いて欲しいです」
「わかった」
二人でやると、充分な量を取るのも早い。
綺麗に水洗いをして日陰に干す。
「助かりました、ありがとうございます」
「この後は薬を作るの?」
「はい、今日採ったものは乾燥させてから使います。だからあらかじめ乾燥させてあるもので作ります」
乾燥させた薬草をナイフで刻み、乳鉢に入れた。乳棒で力を込めて擦り潰していく。
二種類の薬草をブレンドするから、もう一方はバルドさんにお任せした。
薬草は乳鉢の中でゴリゴリと音を立てながら細かくなっていく。
細かい網目のふるいにかけて、粗い部分と分ける。粗い部分はまた乳鉢に入れて擦り潰した。それを繰り返して粉末にする。
「かなり力がいるな。クレアの細腕では大変だろう」
「慣れました。私は結構力ありますよ」
腕を曲げて力を込めた。上腕二頭筋にバルドさんの指先が触れて押される。
「柔らかい」
バルドさんが慈しむように目を細めた。
そんな瞳で見つめられると、顔が火照って心臓が跳ねる。
私は薬を作るのに集中することにした。
二種類の粉末を均等に混ぜなければいけないから、バルドさんの乳鉢を受け取って、私の乳鉢に中身を入れた。
丁寧に混ぜ合わせ、薬包紙に一回分ずつを包んでいく。私の真似をしながら、バルドさんも薬包紙を折ってくれた。
薬包紙にウサギやネコなど、動物の絵を描いていく。
「それは何をいているんだ?」
「今日作ったのは、孤児院へ持っていくものなんです。少しでも子供たちの薬への苦手意識をなくせたらいいな、と思って絵を描いています」
「クレアの気持ちは伝わるよ」
バルドさんはすごく優しい微笑みを浮かべる。
自分のしていることを肯定されるのは、こんなに嬉しいことなんだ。
心の奥が灯って、温かいもので満たされた。
夜になり、夕飯とお風呂を済ませて、二階へ上がる。
「バルドさんはこっちの部屋を使ってください」
二階には私の部屋とおばあちゃんの部屋以外に、客室がある。
「もう一緒に寝てくれないのか?」
「ダメです!」
真っ赤な顔で首を振る。
一緒に寝たのは狼だったからであって、獣人だってわかった今は絶対に無理。
バルドさんは口元を隠して、ふふっと笑う。
「すまない。あまりにも可愛らしくて。意識してくれているんだなってわかって嬉しい。クレア、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
私は赤い顔のまま小さく頭を下げる。
自室に入ってベッドにダイブした。
枕を抱きしめてベッドの上をゴロゴロと転がる。
意識するよ。しまくるよ!
急に甘い声や表情を向けてくるし、バルドさんは心臓に悪い。