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20 エピローグ

『コンコン』


 扉をノックされて目が覚めた。

 眠い目を擦りながら起き上がる。外はすでに明るい。

 時計に目を向けると、いつも朝ごはんを食べる時間だった。

 昨日は遅くまで眠れずにいて、寝坊してしまった。


「クレア? 起きてる?」


 扉越しにバルドさんが声をかけてくれた。


「今起きました、ごめんなさい」


 飛び起きて扉に向かって声をかけ、すぐに着替える。

 あれ? バルドさんはなんで人になってるの? 眠っていないの?

 勢いよく扉を開けると「おはよう」と輝く笑顔を向けてくれた。


「おはようございます。バルドさんは寝ていないんですか?」

「寝たよ。朝食を作る時間になってもクレアが起きてこなくて、部屋をノックしたんだ。返事がないから開けさせてもらった。クレアは幸せそうに眠っていたから、もう少し眠ってもらおうとキスさせてもらった。朝食ができたから呼びに来たんだ」

「ごめんなさい!」


 勢いよく頭を下げると、バルドさんは私の肩にポンと優しく触れる。


「俺は嬉しかったよ。クレアが寝坊するくらい俺に心を許してくれているんだって」


 寝坊の理由はキスを思い出して目が冴えてしまったからなんだけど……。でもバルドさんといて安心し切っているのは本当で。


「朝食を食べよう。お弁当もあるよ」

「何から何まですみません」

「俺が好きでやってることだから気にしないで欲しい。謝られるより、ありがとうの方が嬉しいな」

「バルドさん、ありがとうございます」


 バルドさんは満足そうに頬骨を上げる。

 手を繋いで階段を降り、席に着いて朝食を食べる。

 バルドさんはレタスとトマトとチーズでオープンサンドを作ってくれた。

 バジルソースの爽やかな風味がアクセントになっていて食が進む。


「美味しいです」

「よかった。初めて一人で作ったけど、食べてくれる人のことを考えながら作るのは楽しいね」


 バルドさんが本当に楽しそうに笑うから、私は「ありがとうございます」と温かくなった心でお礼を告げる。

 食事を終えると、バルドさんが立ち上がって玄関に向かった。


「いってきます」

「バルドさんいってらっしゃい」


 バルドさんが腰を屈めて、チュッとキスをした。すぐに離れていき、手を振って出ていく。

 閉められた扉に向かって手を振り、顔がにやけてしまうのを止められない。


 私は麦わら帽子を被ると、薬草畑に水を撒いた。

 ハーブを取りにいくため、森の奥に進む。

 クーニアの花を見つけるたびに、しおれていないか確認した。瑞々しい花が咲き誇っていて安心する。


「私がバルドさんのためにできること……。クーニアの花がいいかも!」


 急いでハーブの群生地に行って摘み、すぐに家へ引き返す。

 荷物を置くと、街へ急いだ。





 街に着くとお花屋さんに向かう。

 クーニアの苗をあるだけ買った。二十株くらいある。

 袋に入れてもらい、両手で抱えながら持ち帰った。


 バルドさんの作ったお弁当に舌鼓を打ち、お腹と心を満たす。


 スコップを持って、森の奥に進んだ。

 獣人の国までの道にクーニアの花を植えたい。

 バルドさんが安全に里帰りできるように。


 切り花を持っていっても、帰る頃にはしおれたり枯れたりしてしまうから効果がなくなってしまう。

 クーニアの花がなくなる場所まで来ると、スコップで穴を掘る。

 一株取って植えた。


 ある程度進んでもう一株植える。さらに進んでもう一株。

 日が傾き始めて、作業を中断した。半分も植えることができなかった。


 遠くまで来たから、歩くだけで時間がかかった。

 来た道を戻り、家の前でバルドさんが「クレア!」と叫んでこちらに駆け寄る。思いっきり抱きしめられた。


「バルドさん、どうしましたか?」

「帰ってきたらクレアがいないし、すごく心配した」


 いつも夕飯を作って家でバルドさんの帰りを待っているから、不安にさせてしまって反省した。

 バルドさんより早く帰ってこられると思っていたから、書き置きなども残していなかった。


「すみません。森の奥に行っていて、帰りが遅くなりました」

「森の奥?」


 バルドさんが手を緩めた。私の顔をジッと見つめる。


「はい、クーニアの花を植えていました」


 残っているクーニアの花を見せる。


「獣人の国までの道に植えられたら、安全に里帰りができると思って」

「クレアは優しいね。ありがとう。でも一人じゃ大変だろ? 休みの日に俺も一緒に植えるよ。今度獣人の国に行った時に、向こうからも植えてって頼もうか。みんなで植えれば、安全な道が早くできるよ」

「そうですね。一人では難しくても、みんなでやればすぐですね!」


 花を植える約束をして、次の休みが待ち遠しい。

 私もバルドさんと一緒になにかをするのが楽しいから。





 花の苗には毎日数回水をやり、買ってから三日後に植えに行く。


 朝起きて狼のバルドさんの背に乗り、苗は箱に入れてリュックにしまった。バルドさんの首にしがみつくと、森を疾走する。


 前回最後に植えた辺りを過ぎると、首元をタップして止まってもらった。

 体勢が低くなると飛び降りる。


「ここに植えましょう」


 リュックを下ろしてスコップを探している間に、バルドさんが前足で充分な穴を掘ってくれた。


「速いですね。すごいです!」


 バルドさんのあごを撫でると、気持ちよさそうに目を細めてズボンの中で尻尾が暴れていた。私はその愛らしい姿にメロメロだ。


 苗を穴に置くと、一緒に土を被せた。

 一つを植え終わると、隣のバルドさんに目を向ける。


「楽しいですね」

「わふっ」


 笑いかけると、バルドさんは上を向いて吠えた。肯定してくれたのかな。

 狼のバルドさんとも、一緒に作業ができるのが嬉しい。


 バルドさんが体勢を低くすると、また背中に跨った。

 森の中を突き進み、花を植えていく。

 十株以上残っていた苗は、お昼前に全て植え終えた。





 帰宅すると、タオルを濡らした。いっぱい頑張って穴を掘ってくれたから、前足が土だらけ。

 家の前で座って、膝の上でタオルを広げる。


「バルドさん、足を乗せてください」


 体重をかけないように、バルドさんの右前足が乗せられた。普通に乗せてくれてもいいのに。

 前足をタオルで包み、汚れを拭っていく。右が綺麗になったら、左も同じように拭った。

 後ろ足も拭き終わると、バルドさんがこちらに身を乗り出して唇が触れ合う。

 慣れ親しんだ狼の薄くて少し硬い唇の感触だ。


 人になったバルドさんは私の隣に腰掛けて、指を絡めて頭をこちらに寄せる。私もバルドさんの方に首を傾けた。


「また獣人の国に行きたいですね」

「故郷を気に入ってくれるのは嬉しいね」


 バルドさんの穏やかな声が心地いい。


「王妃様とイヴリン様とお約束をしているので、食事も観光もすっごく楽しみなんです」

「近いうちに行こうか。まだクーニアの花を植えきれていないから、前みたいに切り花を持って。その時に花を植えるのを手伝って欲しいと頼もう」

「はい。みんなで安全な道を作りましょう!」


 バルドさんの体が離れる。首をこちらに向けて、至近距離で見つめられた。


「クレアと家族になったと伝えたいんだ。役場に行って、結婚の手続きをしたい」


 私は何度も頷いた。


「バルドさん、今から役場に行きましょう!」

「今から? 疲れていないの?」


 バルドさんが私の顔を観察するようにマジマジと見る。


「だって、バルドさんと早く家族になりたいから」


 性急だと思われたかな? でも、バルドさんと早く家族になることを望んでいるのは本当だから。


「よし! すぐに行こう」


 私の言葉で、バルドさんは力強く頷く。

 バルドさんが素早く立ち上がり、私も手を引かれて腰を上げた。

 優しく抱きしめられる。


「俺もクレアと一秒でも早く家族になりたい」


 耳元で囁かれた声に応えるよう、私はバルドさんを力いっぱい抱きしめる。

 バルドさんの腕の中は幸福で満たされていて、私は二人で歩む未来に期待を膨らませた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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