19 家族
街に着くと入り口にいる警備隊のおじさんが「バルドに聞いたよ。森が元に戻ってよかったね」とホッとした表情をしていた。
「警備隊のみなさんには助けていただいて。ありがとうございます」
「みんなクレアちゃんとバルドが心配だったんだよ」
街の人たちが温かくて、心の奥がじんわりと灯る。
おじさんに頭を下げて別れ、洋菓子店に向かった。
警備隊と研究所はみんなで分けられるように個包装されたクッキーを選ぶ。
薬屋はフルーツがたっぷり入ったゼリーにした。美味しそうで、私が食べたいくらい。
まずは一番近い薬屋に向かった。
店内に入ると、カウンターにおじさんとおばさんがいて、私に気付くと顔を明るくした。
「森が元に戻ってよかったわね」
「はい、おじさんがおばあちゃんのお話を覚えてくれていたおかげです」
「いや、クレアが頑張ったからだよ」
少しお話をして、ゼリーを渡す。二人とも「暑い日にピッタリ」と喜んでくれた。
次は警備隊の詰め所に向かう。
詰め所の敷地にある訓練場で、剣の稽古をしているバルドさんを見つけた。
バルドさんは探さなくてもすぐに見つけることができる。きっと好きって気持ちが強いから。
汗だくになりながら真剣に剣を振るうバルドさんに見惚れていると、バルドさんがこちらに目を向けて視線が絡む。
ハッとして慌てて頭を下げると、詰め所の入り口に急いだ。
もっと見ていたかったけれど、バルドさんの邪魔をしちゃダメだ。
詰め所の扉を開き、受付で消毒液と傷薬とお菓子を渡した。
「助けていただいてありがとうございました」
「また困ったことがあったら、遠慮なく頼ってね」
事務のおばさんが優しく笑いかけてくれた。頭を下げて詰め所を出る。
訓練場の方が気になるけれど、後ろ髪引かれながら離れる。
町外れの研究所へ向かった。
研究所に入り研究者が私に気付くと、勢いよく駆けてきた。
「森が元に戻ったって? 幻の薬草は? どんな風に浄化されたんだ?」
唾を飛ばしながら、興奮を抑えられないと言った様子で大声で捲し立てる。
「あの、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! エテールムを調べたい。残っていないのか?」
「はい、全部使ってしまいました」
「そうか……」
研究者は肩を落とすけれど、すぐに拳を握って気分を浮上させる。
「それなら池を調べよう。以前の腐敗した水とどれほど違うのか。あー、腐敗する前の水もあればよかったのに!」
研究者はこうしちゃいられない、と森に向かう準備を始めた。
「あの、助けてくださりありがとうございました」
お礼を言えていなかったことを思い出し、お菓子をテーブルに置く。
出かける準備ができたようで、ウキウキと足取り軽く外に出る研究者の後を追った。
一緒に森を歩き、エテールムのことを話した。
「取りに行きたいな」
「いえ、危ないです。それに、簡単に入れる場所じゃありません」
森は狼のバルドさんの足だから、半日で抜けられた。
私たちが普通に歩いては、夜を森で越さなければならなくなる。クーニアの花を持っていても、どんどんしおれてしまうから、森を抜けるのに何日もかけていられない。
温室だってバルドさんがいたから入れたし、エテールムを分けてもらうことができた。
やっぱりバルドさんのおかげで、森は浄化できたんだ。
バルドさんのためには何ができるだろう。
バルドさんにもお礼がしたい。
私の家で少し涼んで水分補給をすると、研究者は遠足に向かう子供のようにはしゃいだ様子で池に向かった。
家で一人になり、薬草をゴリゴリ潰しながら考える。
バルドさんのためにできること。
全然いい案が浮かばなくて「うーん」と唸り声を上げた。
私は食事を作ったり、薬を作ったりするのは得意だ。
でもそれはいつもやっていることで、特別感がない。
悩みながら薬を作っていると、研究者が戻って来た。
「早く帰って池の水を調べたい!」
「待ってください。水分補給をしてください」
研究者の顔は真っ赤で、汗が滝のように流れていた。
帰る時に倒れてしまわないか心配になる。
濡らしたタオルと、レモンの蜂蜜漬けを浸した水を差し出す。
顔をタオルで拭いて、水を一気に飲み干した。
「ありがとう」
研究者は知的好奇心を満たすため、すぐに家を飛び出す。
「気をつけて帰ってくださいね」
私の声は届いたかわからない。
薬を作り終わり、夕方になると夕飯の準備を始める。
今日も厳しい暑さだったから、冷たいものが食べたい。
トマトの冷製パスタを作ることにする。具材はエビとアスパラにして、彩りを良くするために薄く切ったレモンを添えた。
「ただいま」
タイミングよくバルドさんが帰って来て、玄関まで出迎えにいく。
「バルドさんおかえりなさい。ちょうど夕飯ができたところですよ」
「食べたい。お腹減った」
バルドさんはお腹をさすって笑う。
テーブルについて、一緒に食事を食べ始める。
「今日は街に用事があったの? 訓練している時に見かけたから」
「はい、私からもお世話になった人にお礼を言いたくて。警備隊の詰め所に行く時に、訓練しているバルドさんを見つけて見入ってしまいました。ジッと見られて気が散りましたよね?」
「いや、そんなことないよ。俺が気付いたら、すぐに歩いて行ったから急いでいるのかなって気になっただけ」
バルドさんはパスタを「美味しい」と褒めてくれて、いっぱい食べてくれた。
食事の片付けを一緒にやって、順番にお風呂に入る。
二人ともお風呂を上がってサッパリすると、ソファに座ってお揃いのグラスで水を飲んだ。
「バルドさんは欲しいものとかありませんか?」
「欲しいもの?」
「はい、みなさんにお礼はしましたが、バルドさんにはできていないな、と思いまして」
バルドさんは首を振る。
「欲しいものはあるけど、お礼としてもらえるようなものじゃない。……俺が今からお願いをするけど、嫌だったら断っていいからね。俺はいつまででも待つから」
真剣な表情で見つめられ、居住まいを正す。
バルドさんが深呼吸を繰り返し、小さく頷いた。
珍しく緊張しているようで、何を言われるのか不安がよぎる。
「俺はクレアと家族になりたい」
バルドさんは私の手にそっと手を重ねた。私の視界は滲み、嬉しくてたまらない気持ちが込み上げる。
「私もバルドさんと家族になりたいです」
私は涙声で叫んだ。
バルドさんの手が脇の下に入って、ヒョイっと持ち上げられる。驚いて目を瞬かせているうちに、バルドさんの足を跨いで座らされた。
ほんの少しだけ私の方が目線が高くて、バルドさんの上目遣いに鼓動が跳ねる。
背中にバルドさんの腕が回り、首元に顔を埋められた。
「すごく嬉しい」
バルドさんはくぐもった声で漏らす。
私は体に力が入り、心音がバルドさんに聞こえてしまうのではないかというほど大きく鳴っていた。
微動だにできずにジッとしていると、バルドさんの心音が私と同じリズムを刻んでいることに気付く。
バルドさんも私と引っ付いて、ドキドキしているのかな。
嬉しくなって、おずおずと私もバルドさんを抱きしめた。
しばらく抱きしめ合って、バルドさんの温もりや匂いにときめくと共に安らぎを感じる。
バルドさんの手が私の肩に添えられ、バルドさんが背中をソファの背もたれに預けることで距離ができた。
バルドさんの瞳に映る私は、とびっきり幸せそうな顔をしていた。
「クレア」
蜜を煮詰めたような甘い声で名前を呼ばれ、バルドさんの顔が近付く。
唇に吐息が触れ、私は瞼を下ろした。
リップ音を鳴らしながら、何度もキスをする。
全神経が唇に集まっているような感覚で、バルドさんを感じる。
唇を離して、額をくっつけた。
「クレア、好きだよ」
「私もバルドさんが好きです」
微笑み合って、またキスを繰り返した。
抱っこされたままハグやキスで愛を確かめ合い、夜も老けた頃に手を繋いで二階に向かう。
「クレアおやすみ」
「おやすみなさい」
バルドさんと手を離して自室に入った。
ベッドに寝転がって、枕を抱きしめる。
人のバルドさんといっぱいキスしちゃった。
夜に続きをしたいと言われたけれど、片時も離れたくないというほど触れ合っていた。
指先で唇にそっと触れる。
キスのしすぎで、いつもより少しぷっくりと腫れていた。
思い出して恥ずかしくて嬉しくて、幸せいっぱいで顔が緩んでしまう。
「興奮しすぎて眠れないかも」
枕に顔を押し付けて、ベッドの上を転がった。




